第121話『瘴気酒と平和の杯』
カイルの手によって差し出された、魔王領の象徴“瘴気酒”。
それは戦の前に必ず飲まれる、不穏な祝杯だった。
レンは机の上に置かれた赤黒い瓶を見つめた。
液体の中で、まるで生き物のように泡がゆらめき、かすかに甘い香りと鉄の匂いが混じる。
「……これを料理に使ったら?」
レンの口から出た言葉に、カイルと赤い瞳の男が同時に眉をひそめる。
「人間がこれを飲めば、命を落とすこともあるんだぞ」
「だから、加熱して、香りだけを生かすんだ」
レンは真剣な目で答えた。
彼の頭の中には、すでにレシピが組み上がっていた。
――瘴気酒を煮詰め、甘味を引き出し、黒燻香草と合わせたソース。
それを肉厚の魔獣ステーキに絡め、ピザの具材として焼き上げる。
味は濃厚、だが毒性は消す。
戦の象徴を、平和の食卓に変えるのだ。
赤い瞳の男はレンを試すように見ていたが、やがて薄く笑った。
「面白い……人間の料理人が、我らの血の酒を甘味に変えるか」
その声には、わずかな興味と期待が混ざっていた。
カイルは肩をすくめる。
「お前、昔からそうだったな……危ない橋を渡るほど、目が輝く」
「橋じゃないよ、これはピザ窯への道だ」
レンは冗談めかしながらも、手はすでに瓶を持ち上げていた。
取引は成立した。
だが条件が一つ――このピザは、次の満月の夜、魔王領とセリュードの代表者たちの前で振る舞うこと。
それは一歩間違えれば戦火を広げ、一歩成功すれば和平の扉を開く舞台だった。
“瘴気酒”を使ったピザ――それは戦と和平、どちらにも転ぶ危険な賭け。
レンは、料理人としての腕と覚悟を試されることになる。




