第120話『影の取引』
魔王領の香りを活かしたピザで客を驚かせたレン。
だがその素材は、裏の市場――闇市の取引網に深く関わっていた。
セリュードの夜は、昼間の喧騒とは別の顔を見せる。
路地の奥で灯る赤い提灯、その光の下では、酒や香辛料、宝石の取引が密かに行われていた。
リリアはフードを深く被り、レンと共に狭い石畳を歩く。
「黒燻香草は、正式な市場にはほとんど出回らない……闇市の仲介人を通すしかないわ」
「まあ、違法じゃなければいいけどな」
レンは苦笑しながらも、商人としての好奇心を抑えられなかった。
路地裏の奥にある木製の扉をノックすると、小さな覗き窓が開く。
目の奥まで油断のない男の視線がレンたちをなぞった。
「合言葉は?」
「……“石窯の熱は永遠に”」
リリアが小声で告げると、重い錠が外され、薄暗い室内へと通された。
中は、香辛料の粉や乾燥肉の匂いが混じる空間だった。
机の上には珍しい果実や、魔法陣が刻まれた樽。
だが、その中央に立っていた人物を見て、レンは思わず息を呑む。
「……カイル?」
そこにいたのは、かつて港町フェルナンドで一緒に行商をした青年――カイルだった。
彼は笑みを浮かべ、黒い外套を翻す。
「よぉ、レン。あの時のピザ、今でも忘れられねぇ……だが、俺はもう、人間の商人じゃない」
カイルは机の上の包みを開く。
中には大量の黒燻香草と、血のように赤い液体が詰まった小瓶。
「これは“瘴気酒”だ。魔王領では祝祭や戦の前に必ず飲む。
……これをセリュードに広めるのが、今の俺の仕事さ」
「戦を広めるつもりか?」
レンの声に、カイルは肩をすくめた。
「戦なんざもう始まってる。お前のピザも、いずれその火種になる」
その時、背後の扉が乱暴に開いた。
現れたのは、先日レンの店でピザを食べた赤い瞳の男――。
「取引を続けろ、カイル。……人間の料理人も、こちら側に引き込む」
赤い瞳がレンを射抜く。
その視線は、ただの脅しではなく、何か試すような光を宿していた。
かつての仲間カイルの登場、そして再び現れた謎の男。
レンのピザは、知らず知らずのうちに戦の渦へと巻き込まれていく。




