2、ゴブリンの群れとオーク
一頻り泣いた僕は泣きはらした目をごしごしと擦り、今後の事を考える事にした。
取り合えず頭の中の地図を広げ、考え込む。現在地は村の裏山。そんなに高くなく、危険も少ない事から村の子供達の遊び場にもなっている。
土地神の加護に守られている為、この山には滅多に魔物は寄り付かないのだ。その為、村の子供達も安心して山で遊ぶのである。土地神も、たまに子供に混ざって遊んでいるくらいだ。安心安全。
さて、それはともかく。これからどうするか・・・?そんな事を考えていた時。
ガサッ‼
「・・・・・・ん?っ‼」
振り返った、その瞬間・・・。僕に石の礫が飛んできた。って、危ねえっ‼
飛んできた礫を、ぎりぎりの所で躱す。躱した勢いと身体のバネを利用して、僕は起き上がる。要はバク転の要領だ。そして、僕は石を投げた奴を咄嗟に睨み付けた。
・・・其処に居たのは、緑色の肌に腰に布を巻き付けただけの簡易な衣服。ぼろぼろの剣と盾。そして子供のように小柄な体格をした人型の魔物。魔物の中では、メジャーな存在だろう。
「・・・ゴブリンか」
それは、ゴブリンの群れだった。ゴブリンが群れで僕を取り囲んでいる。数は、大体50匹か。
ゴブリン達は僕を指さして、あぎゃあぎゃと笑っていた。どうやら既に勝った気でいるらしい。
・・・しかし。変だな?
何故、此処にゴブリンの群れが?僕は怪訝に思う。
この山は魔物が出るような場所じゃあ無かった筈だ。それも、この辺りにゴブリンは一匹も生息していない筈なのに。何故?どういうことだ?
この山は土地神の加護で守られている。それ故、弱い魔物はこの山に近寄れない。それに、強い魔物もこの近辺には生息してはいない筈。だからこそ、子供達も安心して遊ぶ事が出来た筈だ。
それも、群れで現れるなど異常に過ぎるだろう。ありえないと言っても良い。
「ぐぎゃぎゃっ‼‼‼」
ゴブリンが何かを喚き、僕に襲い掛かる。ぎりぎりの所で躱した僕は、ゴブリンから刃こぼれだらけの剣を奪い取り斬り付けた。ゴブリンの血が、僕の身体を汚す。かなり臭う。
ゴブリンは身体を洗わない。故に、常に不衛生だ。
「ぐぎゃっ‼?」
「まあ、此処は無理矢理押し通ろうか・・・」
僕は剣をゴブリンの群れへと向け、周囲に魔力弾を形成した。光の玉が、周囲に浮かび上がる。それは光の乱舞となり、ゴブリンの群れへと襲い掛かった。母さんから授かった魔術の知識の賜物だ。
一匹、二匹・・・
十匹、十二匹・・・
次から次へと、ゴブリンの群れが魔力弾によって駆逐されていく。そして、そろそろゴブリンの群れが全滅しそうな頃になり、僕の背後に気配を感知した。気配感知の魔法だ。
背後から襲ってきたゴブリンを、僕は振り返りざまに剣で切りつけた。これで五十匹。
魔力の消費により、少しだけ疲労感を覚えて近くの木に寄り掛かる。これが、魔法か・・・
・・・しかし。僕は思う。
魔物とはいえ、生き物を殺せば少なからず何かしら感じる物があると思っていたんだけど。思ったよりも何も感じる物は無かった。無感動、無関心、無感情・・・
初めて殺したというのに、何の感傷も無いのはやはり僕なりに・・・
特に思う事は無いな。やはり、何も感じない。
「・・・・・・・・・・・・」
軽く、自己嫌悪に陥りそうになった。やはり、僕は根本的に異質なのか?僕は、他の人間とは違う存在なのだろうか?解らない、解らなくなってくる。
・・・少し考えて、僕は頭を左右に振る。
「・・・少し、頭を冷やそう」
そう言うと、僕は山を登っていった。確か、この先に川が流れていた筈だ。
・・・・・・・・・
同時刻、裏山の近くの森にて・・・。其処に、複数人の人が集まっていた。
柄の悪い男達が、一人の青年と話をしている。青年の隣には、黒いスーツ姿の男が居た。柄の悪い男と話をしているのは、にやにやと胡散臭い笑みを張り付けた細身の青年の方だ。スーツの男は、終始悪魔的な笑みで男達を見ている。かなり不気味だ。
青年は細身であまり強そうには見えない。しかし、その胡散臭い笑みは他に何かあるのではと勘繰りたくなる独特な不気味さがあった。かなり危険な香りが漂っている。
「旦那に言われた通り、村の裏山にゴブリンの群れを50匹、オークを1匹放ちやした」
「それはそれは、ご苦労さん」
細身の青年は相変わらずにやにやと笑っている。それが、かなり不気味だ。
その不気味さに、屈強な筈の男達も呑まれていく。
「っ、じゃあな。俺達はもう帰るからよ‼」
「ああ、その前に君達に言っておく事があったんだ」
「あ?」
瞬間、細身の青年の背後で名状しがたい闇が広がり始めた。その闇には、ぎょろりとした数多の瞳と鋭い牙が生えた顎があった。
その闇のおぞましさに、思わず屈強な男達も背筋をゾッとさせる。
「っ、ひぃ‼」
「君たちもお疲れさん。じゃあ、僕の腹の中でゆっくりと休んでね。・・・永遠に」
「う、うわあああああああああああああああああああああああああっっ‼‼‼」
響く断末魔の叫び。ごりごりと、咀嚼する音が森の中に響き渡る。
男達は瞬く間に闇に呑み込まれて消えてゆく。その肉体も、魂すらも・・・
細身の青年は尚もにやにやと笑っている。スーツの男も笑っている。
「ふぅっ、やっぱりこいつ等まずいな」
まずいと言いながら細身の青年は満足そうに笑う。そのまま彼らは何事も無かったように去った。
その場には、何も残されてはいなかった。
・・・・・・・・・
そろそろ朝日が昇る時間帯。空がやや白み始めた。
「・・・・・・・・・・・・何故だ?」
呆然と呟く。何故だ?
僕は今、川辺に居た。その目の前には、巨大なオークが棍棒を構えて僕を睨んでいる。
体のサイズは五メートルくらいはあるだろう。かなりデカい。
いや、この裏山って魔物が出ないんじゃなかったっけ?僕は軽く混乱した。いや、もうかなり混乱していたと思うけど。僕の中の常識を疑う。
それにオークって、この辺りの魔物じゃ絶対ねえよ。おかしいだろう?
何故だ?一体何がいけなかったんだ?そんなに僕が家出したのがいけなかったのか?これも親不孝の結果なのだろうか?解らない。
「プギャ!プギィーーーーーーーーーッッ‼‼‼」
絶叫を上げ、僕を威嚇するオーク。棍棒を振り上げ、僕に向けてそのまま振り下ろす。僕はそのまま背後に跳んで避けた。バックステップの要領だ。
ドゴオッ‼‼‼地面が思い切り陥没した。当たったら只では済むまい。
間違いなく、ひき肉どころかぺちゃんこだろう。ミンチだミンチ。僕は冷や汗を流す。
オークは再び棍棒を振り上げて、僕に襲い掛かろうとする。しかし、その前に僕が動いた。
「エクスプロージョン‼」
「ブギャアアッ‼?」
オークの頭が爆ぜた。爆破魔法だ。
魔力量を調節し、威力を最小に設定した爆破魔法。それをオークの頭に当てる。思わずオークがたたらを踏んだ所で、僕がそのまま前へ踏み込んだ。その手には、短剣。
突進の威力を乗せて、オークの腹部に短剣の刃を突き刺す。しかし、それでもオークは倒れず。痛みに絶叫を上げて投げ飛ばされた。そのままの勢いで、木にぶつかる。
「ぐあっ⁉」
痛みに頭をふらつかせ、しかしそれでも僕は立ち上がる。オークは怒りに僕を睨み付けた。
「ブゴフゥーッ!ブフゥーッ!」
僕はその手に短剣を握り直し、オークに突き付けた。そして・・・
「アクセス・・・ファイアウィンド」
接続魔法、ファイアウィンド。要するに、炎を巻き上げた突風だ。
それをまともに食らったオークは、火だるまになって転がり回る。そんなオークに僕はゆっくりと近付いていき短剣を頭部に振り下ろした。今度こそ、止めを刺す為に。
確かな手ごたえを感じ、そのままオークは動かなくなった。
僕はそのままオークの隣に倒れこみ、やがて眠気に抗う間も無く意識を手放した。暗転。




