3、少女との出会い
とある山道、其処で馬車が山賊達に襲われていた。馬車に乗っていたのは、初老の執事と彼が仕える幼い貴族の少女の二人のみ。馬車の御者をしていた男は、山賊により早々に害された。
御者をしていた男は鍛え上げられた優秀な男だったが、咄嗟の事で判断が鈍ったのだろう。或いは時間帯が深夜だったことも災いしたのかもしれない。判断能力が低下していたのだ。
そんな中、馬車は山賊に襲われて瞬く間に少女と執事は馬車から降ろされた。
・・・・・・・・・
どうして、こうなったのだろう?どうして、こうなってしまったのだろうか?
「いや、放して‼」
「へへっ、放すかよ!」
私は絶望の淵に居た。山賊に襲われ、もはや囚われの身に堕ちるしかないのだろうか?そんな事を頭の片隅で覚悟した。しかし、それでも怖いものは怖い。身体が震え上がる。
そんな私を爺やが庇う。庇われるだけの私。どうしようもなく情けないけど、震えが止まない。
「くっ、お嬢様を放せ!わしはどうなっても構わん。・・・お嬢様だけは」
「るっせえよっ‼」
「ガッ‼」
「爺やっ⁉」
私を助けるよう懇願する爺やが蹴り付けられ、血を吐いた。私は思わず悲鳴を上げる。山賊達が品も無く嘲笑を上げる。私に何も出来ないのがとても悔しい。もう、駄目なのか?
そう、私が諦めかけた。その時———
「お前等、全員動くなっ‼‼‼」
瞬間、その言葉一つで山賊達が嘲笑を止めてぴたりと止まった。何が起きたのか?そんな事を考えていると再び声が聞こえてくる。聞こえたのは、少年の声だった。
「バインドっ‼‼‼」
その言葉と共に、何処からともなく紐が魔法のように飛んできて、山賊達を拘束していった。それはまさしく一瞬の出来事だったと思う。私は思わずぼうっとその光景を見ていた。
すると、木陰の奥から一人の少年が出てきた。黒髪に、きれいな青い瞳の少年。
恐らく、まだ10歳くらいだろう。そう、まだ少年だった。
私は、胸が大きく高鳴るのを感じた。この感覚は一体何なのか?このときはまだ解らないけど、それでもこれだけは理解出来た。これはきっと、運命の出会いだったのだと。
・・・この時の出会いを、私はきっと何時までも忘れないだろう。いや、絶対に忘れない。
そう、私は誰ともなしに誓った・・・
・・・・・・・・・
・・・僕は今、裏山を越えて険しい山道を歩いている。この山道を越えれば、その先にエルピス伯爵の治める街があるはずだから。現在、僕の目的地は其処だ。
その街にあるギルドで冒険者の登録をしようと思っている。冒険者とは即ち、一定の土地に定住せずに探索と魔物の討伐を生業とする者達の事だ。
彼等は基本的に、ギルドに所属して組織の斡旋する仕事で食い繋いでいるという。
ならず者の吹き溜まりと揶揄される事もあるが、中々自由度の高い職業らしい。
冒険に魅力を覚えた者のたまり場ともされるのが証拠だろう。まあ、他に行き場を失ったならず者も確かに集まるようだが。それでも冒険者になる旨味も確かに存在する。
ギルドの発行するカードは身分証明書にもなり、この世界全土で有効となる。
以前、会った冒険者の男が言っていた。ギルドカードは魔術により偽造が不可能になっている。それ故にそのギルドカードは金貨千枚に匹敵する価値があるとか。その為、ギルドカードは冒険者にとって誇りと同じ意味があるとか。
・・・話が逸れた。
山道を歩いていると、ふと何か鉄臭い香りが鼻を突いた。・・・これは、血の臭い?
どうも面倒な予感がするな。そっと木陰に隠れて様子を見る。気配遮断の魔法を、二重に掛けた。
其処には、半ば僕の予想通りの光景が広がっていた。其処では、貴族の物と思われる馬車が山賊の集団に襲われていた。馬車の御者と思われる死体もある。
山賊に襲われているのは、貴族と思われる少女と初老の執事だ。
「いや、放して‼」
「へへっ、放すかよ!」
貴族らしい身なりの良い少女が、山賊に捕まり必死にもがいている。執事がその少女を開放しろと喚き山賊に蹴り付けられた。執事が血を吐き、少女の悲鳴が上がる。
山賊の嘲笑が響き渡る。僕の胸の奥がざわつく。どうも嫌な気分だ。見ていて、気分の良い物では断じてないだろうけれど。それでも、それでも僕は・・・
黒い感情が、僕の胸の奥を焦がしてゆく。しかし、だとしても僕に何が出来る?どうせ、あんな奴等何とも思わないくせに?あんな奴等の事なんか、本当は何とも思っていないくせに。
ああ、そうさ。僕はあんな奴等、どうなろうと知った事ではない。知った事では無いんだ。
・・・それなのに。その筈なのに。ちくしょう。
「・・・・・・・・・・・・っ」
その、筈なのに。何故こうも僕は迷っている?何故こうも胸がざわつく?嫌な気分だ。本当に、どうしようもなく嫌な気分だ。
ああ、ちくしょうっ‼
「お前等、全員動くなっ‼‼‼」
言霊。言葉に魔力を籠め、人心を操る魔法。
気付けば、僕は動いていた。何故この時動いていたのかは後になっても解らない。只、衝動的にとしか言いようがないだろう。そうとしか解らない。
・・・そう、本当に解らないんだ。
「バインドっ‼‼‼」
動きを止めた山賊達を、魔法の紐で拘束していく。やがて、山賊達は全員拘束された。
そっと、僕は木陰から出る。少女は僕を呆然と見ている。けど、知らない。僕はそれを無視して初老の執事に近付いてゆく。執事が、警戒した瞳で見ているけど。それも知った事か。
そっと手を執事の腹部にかざす。先程、蹴り付けられた所だ。
「ヒール」
淡い光が執事の怪我を癒してゆく。その光を見て、少女と執事が驚いた目で僕を見る。そして、執事は僕の顔を凝視するように見詰めた。一体何だよ?
「その黒髪に、青い瞳。それに・・・その魔法の才はまさか?」
「・・・?っ、ぐあっ‼」
「きゃあっ‼」
瞬間、木陰の奥から一本の矢が飛んできた。矢は、僕の肩に命中する。少女が悲鳴を上げた。
どうやら、隠れていた奴が居たらしい。くそっ、油断した。周囲にも気を付けるべきだった。
木陰の奥から山賊の男が現れる。その男は、怒りに肩を震わせている。その瞳は、僕を真っ直ぐに見詰めて睨み付ける。どうやら、僕は失敗したらしい。
「よくも、よくもやってくれたな。クソガキがっ‼‼‼」
「ファイ・・・がっ‼?」
魔法を唱えようとした瞬間、僕は距離を詰めた山賊の男に腹部を蹴り上げられた。鈍い痛みが、腹部を駆け抜けるように奔る。くそっ、一瞬意識が跳んだ。
そんな僕に、暗い愉悦を灯した瞳で山賊の男が睨み付けた。僕は、男の瞳を真っ直ぐ睨む。
「気に食わねえ。気に食わねえぜ、その瞳・・・」
そう言って、男はナイフを振り上げる。しかし、直後僕と山賊の二人共に予想外な事が起きた。
「駄目っ‼」
「何・・・?」
「今の内に逃げて、早くっ‼」
少女が、僕を庇うように僕の前に割り込んだ。その光景に、思わず僕も山賊もぎょっとする。少女は怯えを宿した瞳で、しかしそれでも覚悟を決めて僕の前に割り込んだのだろう。
しかし、その行動が山賊の怒りに火を注いだらしい。瞳を獰猛にぎらつかせた。
「そうかよ、ならお前から死ねガキがっ‼‼‼」
「っ、ファイア‼」
山賊がナイフを振り上げた瞬間、僕は少女の間に更に割り込んで魔法を唱えた。結果、山賊のナイフが僕の肩に深く食い込む。しかし、代わりに僕の放った炎が山賊を燃やした。
火だるまになった山賊が、地面にのたうち回る。
「ぐっ、ぎゃあああああああああああああああっっ‼‼‼」
山賊が炎に包まれ、そしてやがて焼け死ぬ頃になって・・・僕は痛みに耐えかねて意識を失った。
何か、直前に僕を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど。多分気のせいだろうな。でなければ、こんなに僕を心配してくれるような。こんな泣きそうな声をしている筈がないんだ。
そんな事を思いながら、僕は意識を手放して闇の中に・・・




