暗闇の中の光
前の二部とは違う視点の話。重複する箇所あり、読まなくても可
さて、続編というわけではないが前の二部がイジメの実体験やそれによる私の精神や肉体の荒廃がメインだったので、ちょっと違う目線の話を書いてみようと思った。
幼稚園・小学校・中学・高校・大学の間にといろんな体験をしてきたわけだが、荒んでいく精神とそのバランスを失った心からリストカットやオーバードーズ・・・睡眠薬の大量服用、合計四回の飛び降り自殺未遂で、ボロボロになった身体でなおもまだ生きていようと思えたその動機の話だ。
幼稚園・小学生の頃には残念ながら人間不信で、何を楽しみにしていたかというと、もう本読むことしかなった。
この本を読む・・・読書という現在まで続く趣味は、ある意味三つ子の魂百までというやつだろう。
まだ字も読めない頃から、小児喘息で入退院を繰り返した私に、母がお見舞いに来るたびに絵本を読み聞かせてしてくれていた。
ここまでならまぁ普通だが、私の恐ろしき本への好奇心は、字も読めないその絵本を絵と母が読んでくれた内容を何度も聞き見る内に、幼児言葉でその絵本のあらすじを暗唱して、母を驚かせたということからして、本当に生来本が好きだったのだろう。
困ったことにその絵本・・・あの有名なパンのヒーローの話なのだが、十年以上たつ今でもおぼろげ絵とあらすじが言える。
パンのヒーローとそのライバルの誕生から初対決の話。おでんのお寺の話。カレーが初登場した話。
おいおい、どんだけ脳内にとどまってるんですかと自分でツッコミたくなります。
母曰く「あの頃は賢かったのよ」と、まるで今が馬鹿ですと言わんばかりにからかわれるが、本に関しては一度読んだらそうそう内容を忘れたりはしない。
今でも読んだことのある本ならタイトルを言ってもらえれば、ざっとあらすじが言える。
小学生の時には、図書室に入り浸ってどんな本を読んでいたかというと、人間嫌いを反映して、ファーブル昆虫記やシートン動物記など動物や昆虫植物の生態を書いた本や、今現在は生きていない偉人の伝記・・・ライト兄弟やらナイチンゲール。
そして、中でも一番のお気に入りで、今でもその図書室の間取りのどこに置いてあったか、はっきりと覚えているのが星座誕生の神話シリーズだ。
ギリシャ神話だということは後で知ったことだが、その神話の世界に深くのめりこみ、これも現在まで至る読書から発生したもう一つの趣味、物書きに繋がる。
中学生になると図書室で借りた大量の本を読んで、学校の憂鬱な時間を乗り切り、家に帰ればつたない文章で、自分の思い描くストーリーをノートに書くのが楽しみだった。
中学三年と高校三年の合計六年の間に、書き捨てた小説はそれこそ集計不能。手元に残っている過去にノートの記述を元にすればナンバー28まであることから、完結した話だけで28作あったらしい。
当時のその28の小説は、今の私にとって風変わりな日記のようなものだ。中でも印象的で異作なのがその最後のナンバー28「人界・妖魔伝」である。
主人公は中学二年の美少年で、実は人間でないというありがちな設定だが、なんといじめを苦にして自殺した少女がでてきたり、そのクラスメートのいじめっ子が、当時実際に私をいじめていた男子の名前そのままだったりと内容的に小説の中でいじめの復讐をしている。
まぁ、復讐といっても主人公が異界・・・多分魔界と直結させちゃって、学校の中で悪魔やら妖怪やらが、そのクラスメートを襲うけどちゃんと主人公が助けてるところからして、怖がらせてはいるけど、誰一人して死んではいない。
ただ一人、主人公が転校してくる一ヶ月前に少女が飛び降り自殺していて、主人公とその少女の霊は仲間という設定から、その死んだ少女は当時の私が物語の中で描いた自分の姿だったのだろう。
この小説を書いた時期が初めての飛び降り自殺未遂の前だったのか、後だったのか分からないが、前だとするなら本当に死んで呪ってやるというメッセージが、後だとすると死に切れなかったが決して許さないという怨恨が見え隠れする作品だ。
ともかく、ナンバー28は異色だが、他のファンタジーはまったく異世界で楽しい内容なので28が例外的なのでしょう。
中学時代にはそれなりに友人もいなくはなかったが、イジメによって自分の死さえ願っていることを言うなんて絶対になかった。
言ったとしても帰ってくるのは口先だけのなぐさめ。悪くすれば尾ひれのついた噂になるのは小学校の時に互いの秘密ごとを言い合って、結局クラス中に吹聴された経験からそう決めかかっていた。
二年生の時の飛び降り未遂も、両親から担任へ連絡はあったものの両親から口止めされていた。
学校や家で心のよりどころがなかった当時の私の安らぎは、なんと週二回の塾であった。
塾といっても理系大卒の男性が夫婦でやっていた個人塾で、単に私の家から一番近かったというでそこへ通わされていた。
最初は同学年の子達と一緒に勉強し始めたか、私があまりにも基礎ができていなかったのと、指されて黒板に数式の答えを書けなくて泣きそうになったのを見て、その塾のA先生は最初の授業の後、私を教室ではなく自分の書斎というか個室によんで、私に学校で何があったか話してみろと言ったのだ。
てっきり数学があまりにできないので、学校でちゃんと授業を受けていると話出そうとしたら、先生はこう言ったのだ。
「授業をちゃんと聞く子で、しかも他の子の前で問題が解けなくて泣きそうになる。学校で何かあったんだろう?数式の解き方より君にはもっと大事なことを教えたい」
一言もイジメられているんだろうとかなかったが、先生は分かっていたのだろう。泣きながら全部話した。
授業をちゃんと聞きたくても、ごみを投げつけられて集中して聞けない。ノートをとっても落書きされる。国語と違って数学はノート提出がないから、数学のノートはもうほとんど読めないありさまであること。
「よし、今度から一対一で分からなくなった所からやり直そう。今からやれば絶対に分かるようになる。俺がそうさせる。後、学校で何か嫌なことがあったらここで好きなだけ言っていい。君の中で溜め込むより、俺に言えって大丈夫。俺はそういうこと聞くのが好きなおせっかいだから聞いてこうしろと言うかもしれないが、他の誰にも言わない。他の人の言ったって思ったらここ辞めていいぞ?俺が授業料全額返して辞めていいからな?」
最後の方は冗談まじりだったような気がするが、先生のご好意でそれからは一対一で基礎から着々と積み重ねていって、遅れも取り戻した。おまけに一対一でも、授業料は一切上がったりしなかった。
先生に嫌がらせの話をすると、まるで自分の事のように憤慨してよくこう言ったものだ。
「確かに酷いことするやつらだから、今は憎いと思ってもいい。けど、後のこと・・・将来とかのことを考えるとそいつらのほうが、今自分達がしていることがそのまま返ってくるより酷い仕返しをくらう可哀相な奴らだと同情してやれ」
当時はよく分からなかったが、確かに私をイジメていた人達の将来が今明るいかと言えばそうとは思えない。
二年の時に入院したせいで、ギリギリで公立高校にいけた私だが高校進学できずに族の世界へ行ったイジメっ子もいたし、別の高校で麻薬で捕まったという噂も聞いた。
学校のT先生が母親のような感じで、塾のA先生が父親のような感じを当時は抱いていた。
実際の父母は、中学二年に私が突然起こした大惨事にパニック状態で、私は家族の絆を壊す爆弾だった。
実の娘にそんな行動をされると、親としてどう対処していいか分からなくなってしまったのも今ならとてもよく分かるし申し訳なく思っている。
ただ、何があっても家族がバラバラになることはなかった。母も父も私や妹の問題行動に凄く悩んではいたが、絶対に握った手を離すことはなかった。
私の生きがいの読書と小説を書くきっかけ。そして、最大の恩師のお話でした。




