ダンジョン攻略で修行せよ③
第一階層の最奥で発見した青黒い渦のゲートを抜けると、空気が一変した。
じめじめとした土と血の匂いが漂う洞窟から一転、足元には硬く冷たい石畳が広がっていた。
「ここは……?」
第二階層は、見渡す限りの広大な『一部屋』だった。
空間全体は暗闇に包まれているが、ドーム状になった壁に沿って等間隔に配置された松明が、静かに炎を揺らして視界を確保している。
そして、その広大な部屋のちょうど中心部。
そこには、俺の身長の倍くらい……高さ三メートルはあろうかという、ひどくゴツい岩で構成された『巨像』が静かに鎮座していた。
「急に雰囲気が変わったな。さっきまではただの洞窟だったのに……ダンジョンって、こういうもんなのか?」
警戒しながら周囲を見渡し、俺は隣を歩くイヴミラに尋ねた。
「ああ。ダンジョンと一口に言っても、内部の環境は千差万別だ。鬱蒼とした森のエリアもあれば、灼熱のマグマが煮えたぎる火の海、あるいは致死のトラップが張り巡らされた迷宮など、様々なタイプが存在する」
イヴミラは松明の炎を一瞥し、事も無げに解説を続ける。
「ダンジョンの形式も様々だ。広大なエリアをしらみつぶしに進む『探索型』、次々と襲い来る敵から生き延びる『生存型』、ギミックを解き明かす『解明型』。それらが複雑に絡み合った『複合型』もある」
「なるほど……。じゃあ、ここは?」
「恐らく『試練型』だな。第一階層もエリア自体は広くなかったが、あの素早い魔獣を一定数討伐したことで、この階層へのゲートが開いた。つまり、このダンジョンは特定の条件を満たして敵を倒すことで先に進める形式だろう」
イヴミラの言葉を聞きながら、俺は胸の奥で奇妙な高鳴りを感じていた。
燃え盛る火の海、トラップの迷宮。どれも危険極まりない死地だというのに。
(世界には、俺の知らない場所がこんなにも広がっているんだな……)
俺の戦う理由は明確だ。
攫われたルミナを連れ戻すこと。そして、魔女たちを理不尽に虐殺することを指示した王都の連中を叩き潰し、二度とあんな悲劇が起きないよう狂った世界を壊すこと。
でも――もしも。
そのすべてが片付いた後、俺が望む世界になった後で、世界の未知を探求するためにダンジョンを巡る旅に出るのも……悪くないかもしれない。
そんな、未来へのささやかな希望を思い描いた、その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴォォォッ!!
突如として、広大な部屋全体を揺るがすような重低音と振動が響き渡った。
音の出処は、部屋の中央。沈黙していた『巨像』の頭部と、丸みを帯びた巨大な両肩が、不気味な『赤色』に発光し始めたのだ。
「……どうやら、こいつを倒すのがこの階層の試練らしいな」
俺は思考を戦闘モードに切り替え、腰の狩猟剣を引き抜いた。
『巨像』が地響きを立てながら、ゆっくりと立ち上がる。
俺はすぐには踏み込まず、剣を構えたままじっと敵の出方を窺った。第一階層で痛いほど学んだ教訓だ。未知の敵相手に、初手から自分から飛び込むような真似はしない。
『ガガォォォォォンッ!!』
次の瞬間、『巨像』が放つ赤いランプが激しく点滅し、俺に向かって突進してきた。
第一階層の魔獣ほどではないにせよ、岩の塊という鈍重そうな見た目からは到底想像できないスピードのタックル。
「ッ!」
俺は反射的に横へ跳び退いた。
顔のすぐ横を、凄まじい風圧と共に巨像が通り過ぎていく。紙一重での回避。巨像はそのまま止まりきれず、背後の石壁に激突した。
ズドォォォォンッ!!
部屋全体が大きく揺れ、強固な石壁に巨大なクレーターのような跡が穿たれた。
「マジかよ……。あんなの、直撃したら一発で肉片になるぞ」
冷や汗が頬を伝う。だが、感心している暇はない。
壁にぶつかった巨像は、素早く赤い眼光で俺を捉え直し、再び爆発的なスピードでタックルを繰り出してきた。
俺は再びそれを紙一重で回避する。
突進、壁への激突、方向転換、再突進。
巨像がひたすら繰り出す単調な、しかし致死の威力を持ったタックルを何度も躱し続けるうちに、俺の目は完全に奴の動きを捉え始めていた。
(直線的な動きだ。予備動作も大きい。……これなら、いける!)
俺は剣に魔力を流し込み、漆黒の刃――『魔装剣』を発動させた。
向かってくる巨像の突進。そのタイミングを完璧に見切り、身を沈めて突進をやり過ごした直後、カウンターで巨像の太い胴体めがけて渾身の斬撃を振り抜く!
「もらったァッ!!」
ガキィィィィィンッッ!!!
「なっ……!?」
凄まじい反発音。
魔装剣の刃が胴体に直撃した瞬間、ありえないほどの硬さに弾き返され、両手が痺れて剣を取り落としてしまった。
「くそっ!」
俺は地面を転がるようにして剣を拾い上げ、距離を取る。
魔装剣で傷一つつけられないだと?
「言ったはずだぞ、アルス。ここは『試練型』のダンジョンだ」
背後から、イヴミラの冷静な声が飛んだ。
「単純に戦っただけで勝てる相手ではない。この巨像に『通用する攻撃』は何か、それを見極めろ」
「通用する攻撃……」
俺は弾かれた狩猟剣の刃と、無傷の巨像を交互に見つめた。
『魔装剣』が無効化されるほどの硬度。なら、剣が通じないのは明らかだ。
(だったら……この三ヶ月で身につけた『アレ』を試すしかない!)
巨像が再び赤い光を瞬かせ、俺めがけて猛烈な突進を開始する。
俺は剣を構えるのをやめ、空いた左手を巨像へと突き出した。そして、巨像が最初の突進で破壊した複数の『壁の破片』を足元から蹴り上げ、魔力で空中に固定する。
岩石の破片に、極限まで圧縮した禍々しい黒い魔力を纏わせる。
修行の中で編み出した、俺の新しい技。
「ぶち抜け――『魔装弾』ッ!!」
左手から放たれたのは、漆黒の魔力を纏い、銃の弾丸のような速度まで引き上げられた高硬度の破片群だ。
ズダダダダンッ!!!
『ガ、ガガ……ピピピッ……!』
放たれた一撃が、突進してくる巨像に正面から直撃する。
斬撃を弾き返した硬質な岩の装甲が、超高圧の貫通攻撃に耐えきれず、蜂の巣のように抉られ、貫かれていく。
胴体こそ貫けなかったものの、両腕や脚部などの関節を撃ち抜かれた巨像は、バランスを崩して轟音と共に地に伏せた。
「よし……! 斬撃はダメでも、銃撃のような貫通攻撃なら通るってことか!」
三ヶ月間、ただがむしゃらに剣を振るだけでなく、自分の魔力の性質を理解し、遠距離攻撃の技を開発しておいて本当に良かった。
新技が通用したことで、俺は安堵の息を吐き、肩の力を抜いた。
だが……。
数秒経っても、俺の直感が警鐘を鳴らし続けていた。
「……一体、どうなってるんだ!?」
異変に気づく。
魔獣を倒したのに、体が魔石に変わらない。それどころか、次の階層へ進むためのゲートすら開く気配がなかった。
その異変の理由は、すぐに現実となって現れた。
『ガガ……ピピピピピ……』
機械的な音声のようなものが響いたかと思うと、魔装弾によって粉砕され、床に散らばっていた岩の破片が、巨像の本体へと集まり始めたのだ。
砕けた腕が、脚が、瞬く間に元通りに再生していく。
「嘘だろ……。再生持ちかよ……!」
「どうやら、この階層の『試練』はまだ終わっていないようだな」
イヴミラが険しい顔で呟く。
完全に再生を果たし、再び赤い眼光を輝かせた巨像が、重々しく立ち上がる。
ただ単に貫くだけでは倒せない。本当の試練は、ここからだった。




