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ステラセイド  作者: うつつ戯言


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ダンジョン攻略で修行せよ①

 ――温かいスープの匂いがした。


 カチャカチャと鳴る食器の音。エルマさんたちの底抜けに明るい笑い声と、「お兄ちゃん!」と俺を呼ぶルミナの弾むような声。


 どこまでも穏やかで、幸せな日常。


 だが、その景色は唐突に赤黒い炎に包まれ、無惨な悲鳴と共に灰となって崩れ落ちていく。待ってくれと手を伸ばしても、炎は全てを焼き尽くし――。


「……っ」


 ハッと息を呑んで目を覚ますと、視界いっぱいに澄み切った青空が広がっていた。


 ひどく霞む頭を働かせ、瞬きを繰り返す。


 俺は……どうしたんだっけ。


 肺に吸い込んだ空気から、微かに焦げた木の匂いがした瞬間、脳髄を殴られたかのようにすべての記憶が蘇った。


 白銀の騎士団による虐殺。魔女たちの死。攫われたルミナ。


 そして、黒の魔女との契約。星が作り出した結界の中で戦いを繰り広げ、忌まわしき騎士団長を斬り捨てたこと。


 そうだ。俺は決着の直後、極限状態のまま糸が切れたように意識を失って――。


 ふと、自分の後頭部に『柔らかい感触』があることに気がついた。


 冷たい土の上ではない。滑らかな布地の感触と、かすかに漂う甘く神秘的な香り。


 見上げると、透き通るような銀色の髪がサラサラと風に揺れていた。


 静かな瞳で俺を見下ろしていたのは、漆黒のローブを纏った黒の魔女――イヴミラだった。


「うおっ!?」


 驚きのあまり、俺は弾かれたように身をよじって距離を取った。


 全身の筋肉が軋むような激痛が走り、「痛ッ」と呻いてしまう。


「イ、イヴミラ……!? なんでカードから出て、実体化してるんだ!?」


「騒々しいやつだ。お前が満身創痍で倒れたから、身体を癒やすために直接治癒魔法をかけてやってたのだ」


 俺の頭が乗っていた自身の太ももをポンポンと払いながら、イヴミラは呆れたように息を吐く。


「それに、お前がうなされて子供のように暴れるからな。頭を押さえてやらねばならなかった」


「……俺、もしかして膝枕してもらってたのか?」


 まだ小さかった頃はよくルミナに膝枕をしてもらっていたが、ある時期から恥ずかしくなって、誘われてもずっと断り続けていたんだ。


 ルミナ以外の女性に、それもこんな無防備な姿を晒していたのかと思うと、一気に顔へ熱が集まる。


「不可抗力だ。……まあいい。丸三日も寝込んでいたが、ようやく目が覚めたようだな」


 三日。その単語に俺は絶句した。


 ――丸三日も、俺は気を失っていたのか。あの激闘を戦い抜いた代償とはいえ、俺の身体はとうに限界を超えていたというのか。


「さて、私もずっと座りっぱなしだったからな。そろそろ立たせてもら――あぁっ……!」


「えっ?」


 優雅に立ち上がろうとした魔女は、生まれたての子鹿のように足首をガクンと震わせ、そのままペタンと情けない音を立てて地面に座り込んでしまった。


「お、おい! 大丈夫かイヴミラ!? もしかして、敵の残党か何かに怪我でも……!」


「ち、違う! 見るな!近寄るなっ……!」


 俺が慌てて手を伸ばそうとすると、彼女は顔をほんのりと赤く染め、ローブの裾をギュッと握りしめた。


「……あ、足が……」


「足?」


「痺れたのだ……っ。びりびりして、力が入らん……!」


 威厳たっぷりに語る大魔女の、あまりにも人間らしくてどんくさい言葉。


 俺はポカンとした後、ズキズキと痛む体を抱えながら、思わず小さく吹き出してしまった。


「っ、笑うな! 誰のせいでこんな目に遭っていると思っているのだ!」


「悪かったよ。でも、三日間もずっとその体勢だったのか?」


「馬鹿を言え。今朝方、お前が悪夢を見て酷くうなされ始めたから、少しの間だけ貸してやっただけだ。私は大魔女であって、クッションではないぞ」


 むすっと顔を逸らすイヴミラ。その態度の裏にある不器用な優しさに、俺は自然と口元を緩めた。


「そっか。……看病してくれてたんだな。ありがとう、イヴミラ」


 俺が素直に礼を言うと、イヴミラは気まずそうに視線を泳がせ、「……契約者の肉体が滅んでは、私の願いも叶わんからな」と、ぽつりと呟いた。


 少しの静寂の後。俺は痺れと戦うイヴミラの隣に座り直し、焼け落ちた村の跡地を見渡した。


 焦げた匂いが風に流され、ただ静かな廃墟がそこにあるだけだった。村のみんなの亡骸は、俺が眠っている間にイヴミラが魔法で土に還してくれたのだろう。


「……ルミナを、助けに行かないと」


 あいつらに攫われた、たった一人の妹。俺がここで三日も眠っている間に、あの子がどれほど恐ろしい思いをしているか。


「あいつらが掲げていた旗の紋章、本で見たことがある。恐らく王都の騎士団だ」


「ああ、あの紋章か。……王都『エルシオン』のものだな。場所の方角なら分かるが……」


 イヴミラの言葉に、俺は弾かれたように顔を上げた。


「本当か! なら、今すぐ王都エルシオンへ向かって、ルミナを……!」


「やめておけ」


 静かに、だがはっきりと、イヴミラの声が俺を引き留めた。


「今の状態のお前が王都へ乗り込んだところで、待っているのは犬死にだ。絶対に妹を連れ戻せない」


「なんだと……? だけど、俺はお前と契約して力を手に入れた! 現に、あの団長だって倒せたじゃないか!」


「あれは、お前の怒りに呼応して力が暴発しただけに過ぎん。……自分の手を見てみろ、アルス」


 言われて、俺は自分の両手を見下ろした。


 小刻みに震えている。剣を握るどころか、まともに拳を握り込むことすら難しい。


「お前は確かに強大な力を得た。だが、器がそれに全く追いついていない。あのたった一戦で、お前の肉体は悲鳴を上げ、三日も意識を失うほど消耗したのだ」


 イヴミラの静かな指摘に、反論しようとした口が悔しさに閉じた。


 彼女の言う通りだ。力の反動で三日も目を覚まさず、今もまともに立てないのがその証拠だった。こんな状態で王都に乗り込んでも、ルミナを助けるどころか返り討ちに遭うだけだ。


それは分かった。だけど……


「でも、ルミナが……ッ! だいたい、なんであいつらはルミナを攫ったんだ? 早く助けないと、殺されるかもしれないだろ!」


「それはない。お前の妹は、しばらくは確実に生かされる」


「……どうして言い切れるんだ。あいつらの目的は何なんだよ」


「王都の連中にとって、お前の妹には大掛かりな『利用価値』がある。そういうことだ」


 イヴミラは目を伏せ、核心をはぐらかすように言葉を濁した。


 何かを知っているようだが、今は話す気がないらしい。俺が食い下がろうとするのを手で制し、彼女は言葉を続ける。


「目的が何であれ、単なる殺戮が目的なら、この村で真っ先に始末されている。生きたまま連れ去ったということは、彼女の存在そのものに価値があるということだ。少なくとも用済みになるまでは、決して手荒な真似はされないはずだ」


 その事実に、俺はほんの少しだけ安堵の息を漏らした。だが、焦りが消えたわけじゃない。


「なら、どうすればいい。このままじゃ、アイツらからルミナを奪い返すことなんてできない」


「わかっているではないか。――なら強くなればいいのだ」


 足の痺れが取れたらしいイヴミラが、ゆっくりと立ち上がり、漆黒のローブを翻した。


「肉体、技術、そして精神力。その全てを格段に鍛え上げる必要がある。私の授けた圧倒的な力を自分の手足として完璧に使いこなせるようにならねば、今後の戦いには絶対に勝てない」


「それはわかってる。でも、そんな都合よく鍛えられる場所なんて……」


「あるぞ。死と隣り合わせの極限の戦いを、嫌というほど味わえる場所がな」


 イヴミラは、村からほど近い、森の奥にある険しい山を指差した。


「あの山の麓に、『ダンジョン』がある。内部には凶悪な魔獣が棲み着いており、最下層のボスを倒すことでダンジョンは消滅し、攻略完了となる」


 ダンジョン。


 その響きを聞いて、俺の胸の奥がギュッと締め付けられた。


(『――ダメよアルス! あのダンジョンだけは危険すぎるわ! 今のあんたじゃ絶対に行っちゃダメ!』)


(『――俺だって、いつかは村を出て旅をするんだ! だから、まずはあのダンジョンを攻略できるくらい強くなって……』)


 俺は、外の世界へ旅に出る条件として、あのダンジョンを攻略できるくらい強くなることを目標にしていた。


 エルマさんやマルゴさんたちには、いつも「命を落とす」と俺を心配して、口うるさく止められていたっけ。


 ……もう、止めてくれる人達はいない。


「最低でも、あのダンジョンを一人で攻略できるようにならなければ、王都の精鋭たち相手には太刀打ちできないだろう」


「……わかった。行こう」


 俺は震える膝に力を込め、痛む体を無理やり奮い立たせて、両足で大地に立った。


「まずは、あのダンジョンを攻略する。俺の肉体、技術、精神力も……全部鍛え直す。そして、ルミナを取り戻せるくらいに強くなってみせる」


 俺の真っ直ぐな瞳を見て、イヴミラは満足そうに口角を上げた。


「いい目だ。ならば行こう、私の契約者。たとえ身体がボロボロになっても、治療くらいはしてやる」


 灰燼に帰した村を背に、俺は歩き出した。


 全てを奪われた復讐者としての、果てしない旅の第一歩だった。


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