魔女と契約した日⑤
この超越宣言に全てを賭ける。
この絶望的な状況を引っくり返すには、俺を星命者として目覚めさせたあのカードを引くしかない。
「ドロー……!」
擦り切れた神経を集中させ、カードを引き抜く。だが……手の中にあるのは、ただの魔法カードだった。
(……違う、このカードじゃない)
視界が明滅し、心臓が早鐘を打つ。焦燥で喉が干からび、鉄の味が広がっていく。
残るは、超越宣言による追加の1ドロー。これが正真正銘、最後のチャンスだ。ここで引けなければ、次のターンで俺は確実に仕留められる。
――限界を超えた身体が、もう諦めろと悲鳴を上げている。
だが、俺はデッキの一番上に震える指を押し当て、全身全霊の祈りと、ドス黒い殺意を込めた。
「俺の声に……応えてくれぇぇぇッ!!」
魂をすり減らすような絶叫と共に、最後の一枚を引き抜く。
その瞬間だった。
指先から全身の血管を逆流するかのように、全身が焼け焦げるような圧倒的なマナが流れ込んできた。
間違いない。これだ。
この絶体絶命な状況をぶち壊す絶対的な力が、今、俺の右手の中にある。
「召喚!クラス7! 『黒の大魔女 イヴミラ』!!」
右手のカードを盤面に叩きつけた瞬間、フィールドには巨大な漆黒の魔法陣が展開された。
吹き荒れる暴風と、息をするのも苦しいほどの闇の波動。その中心から、美しい銀髪と漆黒のローブを纏った魔女がゆっくりとフィールドに降り立つ。
あの時、絶望の底で俺と盟約を結び、この理不尽な世界に抗う力を与えてくれた魔女が、確かな実体を持って現れたのだ。
周囲の空気を完全に凍りつかせるほどの威厳を放ちながら、銀髪の魔女が口を開く。
「私は、驚いている……」
その低く澄んだ声に、場がシンと静まり返る
「ん?」
驚いている?もしかしてライフ1、ユニット0体であるこの絶体絶命の状況のことだろうか?
あるいは、この絶体絶命の状況でこの魔女を引けた運命力ということにだろうか?
「私と盟約を結んだのにもかかわらず……切札たるこの私を盟約エリアにセットせず、そのままデッキの束に放り込んでしまうとは……」
「あ……」
先程まで神々しいほどのプレッシャーを放っていた美しい魔女が、急にこの世の終わりみたいな顔をして、深く息を吐き、これ見よがしに肩を落とした。
「悪かったよ!俺もさっき初めて知ったんだよ……」
死闘の最中だというのに、彼女の態度はあまりにも場違いだ。だが、そのマイペースさこそが、彼女の底知れない「強者の余裕」を物語っていた。
「ふふっ。しかし、この土壇場で私を引き当てたその強運と執念は見事だ。私を召喚したからには必ず勝たせてやる」
イヴミラは妖艶な微笑みを浮かべ、俺を見た。
「ああ、頼むぞイヴミラ……!」
空間を歪ませるほどのイヴミラの魔力を前に、余裕の表情を浮かべていた団長がひっそりと息を呑む。
「それが貴様の切札か……! だが、いかにクラス7と言えど、私の絶対防壁を突破することはできない!」
「突破できるかできないか、これから見せてやるよ!」
俺は反撃の号令を下す。
「『黒の大魔女イヴミラ』のオーバースキルを発動! デッキから黒魔法を1枚手札に加える!」
「コストも無しに、好きな魔法を加えられるだと!?」
団長の驚愕をよそに、俺は迷いなくデッキから1枚のカードを抜き出した。
「俺が選ぶのは『黒の魔法弾』だ」
団長の盤面には、ブロッカーを持ち、貫通を無効化する上に破壊されればライフを回復する厄介な「白銀のトークン兵」が3体も並んでいる。普通に攻撃したのでは、ダメージが通らないどころか回復されてしまう。あの邪魔な壁を排除するために『黒の魔法弾』を手札にくわえた。
「さらにクラス6『黒の魔導士』を召喚!」
フィールドに禍々しい魔導書を持った顔のない魔導士が実体化する。
「黒の魔導士の召喚時効果。1コストと手札を1枚捨てることで、アナザーフィールドの『黒の魔法弾』の効果を発動し、お前のトークン兵を破壊する!」
魔導書から放たれた黒炎の弾丸が、一体目のトークン兵の胸を貫き、爆散させた。
「それがどうした! トークン兵が破壊されたことで、私のライフは回復する!」
【エネミー:5】
「バトルだ!『黒の魔導士』でガーディアンユニットのヴァイスハイトにアタック!」
「馬鹿め!ヴァイスハイトのBPは9!BP7の『黒の魔導士』では倒すことはできない!」
「『黒の魔導士』は、アナザーフィールドにある黒魔法1枚につきBPが+1される!今のBPは合計10だ!」
アナザーフィールドには、『黒の奔流』、『黒の魔法弾』、『黒の盾』の3枚の黒魔法が滞留している。その魔力を吸い上げ、漆黒のオーラを纏った『黒の魔導士』がヴァイスハイトに向けて業火を放つ。
「ならば! トークン兵でブロック!」
二体目のトークンがヴァイスハイトの身代わりになって、炎に飲まれ灰と化す。団長のライフがさらに回復した。
【エネミー:6】
着実にトークン兵の数を減らせている。ここで一気に畳み掛ける。
「『黒の大魔女イヴミラ』でガーディアンユニットのヴァイスハイトにアタック!」
「任せておけ」
イヴミラが漆黒のローブを翻し、手持ちの禍々しい剣を構え、ヴァイスハイトに向けて優雅に走り出す。
「イヴミラのアタック時効果!手札の『黒の魔法弾』をコスト無しで使用し、最後のトークン兵を破壊する」
「なっ、また魔法弾だと!?」
イヴミラの手から放たれた黒炎の弾丸が、最後のトークン兵の頭部を容易に消し飛ばした。
団長のライフは7まで回復したが、これで奴を守る盾は完全に消え失せた。
イヴミラはそのまま、ガーディアンユニットのヴァイスハイトのもとへ向かう!
イヴミラもヴァイスハイトも同じBP9。相打ちになってしまうが、邪魔なガーディアンユニットを破壊することが俺の狙いだ。
イヴミラの放つ漆黒の斬撃が、大騎士の鎧を両断する――かに見えた。
「甘いわ! ヴァイスハイトのガーディアンスキル発動! 盤面の弓兵と騎兵を犠牲にし、その攻撃を無効化する!!」
ヴァイスハイトが、あろうことか味方の兵士たちを強引に見えない魔力で引き寄せ、イヴミラの斬撃の盾にしたのだ。弓兵と騎兵は悲鳴を上げる間もなく真っ二つに裂け、消滅する。
「なっ……!?」
俺は目を見開いた。
味方を犠牲にして自分の命を守るその光景は、俺が団長に剣を振り下ろした時、奴が部下2人を強制的に肉の盾にしたあの瞬間と全く同じだった。
「フハハハハ! 終わりだ小僧! 貴様にはもう攻撃できるユニットはいない!打てる手立てはないだろう!!」
俺の盤面が沈黙したのを見て、団長が勝利を確信し、下劣な笑い声を上げる。
だが。俺の口角は、自然と吊り上がっていた。
「……何がおかしい!」
「いや。これでお前を倒すための勝利条件が、すべて整ったと思ってな」
「なに……?」
「イヴミラの効果発動! バトル終了時、アナザーフィールドの黒魔法『黒の魔法弾』を指定し――『魔装召喚』を行う!!」
「魔装召喚だと!?」
『――黒の魔力よ、我が装いとなれ』
フィールドにイヴミラの凛とした声が響く。
『魔装召喚』はアナザーフィールドの黒魔法を選択し、その属性を条件とするユニットをアナザーデッキから召喚できる能力。
今回は弾丸属性を持つ『黒の魔法弾』を選択したため、イヴミラ×弾丸属性が条件のユニットを召喚できる。
本来ならマナコストを支払う必要があるが、超越宣言中のみコスト無しで召喚が可能となる!
指定した黒魔法を触媒に、濃密な闇の魔力がイヴミラを包み込み、漆黒のドレスを纏った全く別の戦闘形態へと変貌させる。
「魔装召喚! 『黒魔装イヴミラ・魔弾』!!」
『黒の大魔女イヴミラ』の上に重ねて、新たなイヴミラを召喚した。
「姿を、変えただと……!?」
団長は未知の効果を前に、完全に顔を引き攣らせている。
「いくぞ! 『黒魔装イヴミラ・魔弾』で『白銀の騎士団長ヴァイスハイト』にアタック!!」
魔装を纏ったイヴミラが空を蹴る。
「攻撃時効果! ヴァイスハイトに4ダメージを与える!」
イヴミラが両手に持つ二丁の銃の切っ先から、幾重もの巨大な魔法陣が展開される。彼女が冷酷に引き金を引いた瞬間、魔法陣から数百もの漆黒の弾丸が掃射され、ヴァイスハイトに容赦なく降り注いだ。
「『魔弾の雨』(バレット・レイン)」
圧倒的な弾幕が、ヴァイスハイトの強固な白銀の鎧を紙切れのように貫き、粉砕していく。
「ば、馬鹿な! ヴァイスハイトのBPが……!」
装甲を剥がされ、ボロボロになった大騎士はBP9から5まで削り落とされた。もはや、BP9の黒魔装イヴミラの敵ではない。
盤面を揺るがす勢いで黒き魔女が放つ魔弾の雨に、団長の絶対の剣たるヴァイスハイトは為す術もなく粉砕され、光の粒子となって完全に消え去った。
「私の軍勢が……たった1ターンで全滅させられた、だと!?」
団長が信じられないものを見るように、震える声で後ずさる。
「だが、貴様の攻撃はここで終わりだ!私のユニットを全て破壊できても、ライフを削ることはできなかったな!」
団長が息を吹き返すかの様に立ち直り、ガーディアンユニットが破壊されたことでエクストラマナを獲得した。
「なぁ……この光景に、見覚えはないか?」
「な、何を言っていている……?」
「部下が全員殺され、残ったのはただ殺されるのを待つしかない、無様な自分一人」
俺の極寒の殺意がこもった声に、団長の顔からスッと血の気が引くのが見えた。
「それがどうした!?ユニットを全滅させて勢いづいているようだが、貴様のターンはもう終わる!そして!次のターンで貴様は確実に終わりなんだよ!」
俺は静かに宣言する。
「フィナーレフェイズ」
この凄惨な復讐劇の、幕を引くための合図を。
「奥義――『黒の魔装大剣』ッ!!」
俺の右手にある剣に、アナザーフィールドに溜まり続けたすべての黒魔法が凄まじい勢いで逆流し、吸収されていく。
「この奥義は、アナザーフィールドの黒魔法をすべて消滅させ、元の3APに消滅させた枚数分+したAPを俺は得る!」
「なにぃぃぃい!」
アナザーフィールドには、『黒の魔法弾』が2枚、『黒の盾』が1枚。そして、最初のターンに使用した『黒の奔流』が1枚ある。
消滅した黒魔法の数は4枚。
合計7APもの超ダメージを宿した、見上げるほど巨大で禍々しい漆黒の大剣が、俺の手の中で形成された。
「こ、この戦い……勝つのは私だぁ! スキル『ライトシールド』発動! 受けるダメージを2減らす!」
死の恐怖に顔を醜く歪ませながら、団長が必死に最後の一手を切ってくる。
「無駄だ! 黒魔法を3枚以上消滅させた『黒の魔装大剣』の攻撃は、いかなる効果でもダメージは減らされず、無効化されない!!」
「ば、ばかなぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
俺は、マルゴさんやエルマさん達、そして奪われた俺の日常すべての怒りを込め、禍々しい漆黒の大剣を振り下ろした。
「俺の家族達を、殺した報いを受けろ!」
逃げ惑う無防備な団長を、頭上から真っ二つに叩き斬る。
7点もの超ダメージが、団長を守っていたライフガードを粉々に砕き割り、空間を揺るがすほどの振動を起こした。
【エネミー:0】
「星の聖戦の終了を確認。勝者、アルス。」
機械的で冷たい星の意志の声が響き渡る。
同時に、ガラスが割れるような甲高い音と共に神聖なる結界が崩れ落ち、俺の意識は再び、燃え盛る村へと引き戻された。
勝った……。
俺は、勝ったんだ……。
村のみんなが殺され、絶望的な状況が続く中で掴み取った、奇跡のような勝利。
これで……みんなの仇が取れる……。
極度の疲労と痛みに耐えきれず、膝から崩れ落ちそうになった瞬間。
十数メートル先で倒れ伏していた団長が、ボロボロの身体を引きずりながら立ち上がるのが見えた。
「わ、私が死ぬ訳には……いかない……。私が死ねば……この世界から邪悪を消すことができなくなる……国を……家族を、守れなくなる」
団長は狂ったように瞳を血走らせ、口から血を吐きながら俺の方に近づいてくる。
「この世界のために……死ぬべきは……害悪である、貴様の方なんだぁぁぁぁぁあ!」
団長は折れた剣に無理やり魔力を込め、悪鬼の形相で俺に襲いかかってきた。
俺は迎撃するために、鉛のように重い腕を上げて剣を構える。
だが、折れた剣が俺に届くより早く――団長の身体がガクンと跳ね、急に糸が切れたように前のめりに地面に倒れ伏した。
「……あ?」
団長の姿を見て、俺は息を呑む。
奴の足先から、不気味な紫色の炎が燃え上がっていたのだ。熱も煙も発しない呪いのようなその炎は、じわじわと団長の肉体を燃やし尽くしていく。既に団長の膝から下は、ボロボロと崩れる炭に変わっていた。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 痛いっ、あついぃぃぃっ!」
絶叫し、のたうち回る団長。星の聖戦の勝利報酬――「敗者の死」が、肉体に対して強制的に執行されている。
団長の瞳から急速に生気が失われる。焦点の合わない虚ろな目からは涙が流れている。喉の奥で血を泡立てながら、彼は何かにすがりつくような必死の声を絞り出した。
「し、死にたくない……!……ルイス……マリアナ……」
……ルイス? ……マリアナ?
その単語を聞いた瞬間、俺の頭の中で張り詰めていた糸が、プツンと切れた。
……こいつの家族か? あるいは、大切な人の名前だろうか。
許せない。
ふざけるな。
俺の大事な人たちを、虫ケラのように笑いながら惨殺していった奴が。
何の罪もない優しかった魔女たちを皆殺しにした挙句、自分が死ぬ間際になって、被害者ヅラをして大切な人を想って涙を流すのか。
どす黒い怒りが、腹の底からマグマのようにせり上がってくる。吐き気がするほどの憎悪だった。
俺は、震える手で強く剣の柄を握り直した。
「……魔装剣」
ポツリと呟き、なまくらな剣に黒いマナを流し込む。
もはや奴に星の加護は無い。勝手に燃え尽きるのを待つまでもなく、この刃で、肉を断ち切り、殺すことができる。
既に下半身が炭になり、生きているかどうかも分からない団長の首元に、俺は黒い刃を振り上げた。
(俺の家族を奪っておいて、自分の家族の心配だと? ふざけんな。お前は殺す。俺のこの手で、確実に地獄に落としてやる)
ズバァンッ!!!
一切の躊躇なく振り下ろした刃が、重い肉を断ち、硬い骨を叩き割る生々しい感触と共に、男の首を刎ね飛ばした。
地面を転がり、虚空を見つめるその顔から、恐怖と絶望の色が静かに失われていった。
……戦いは、終わった。
パチパチと燃え盛る炎の音だけが響く広場。残っているのは、騎士団の残骸と、俺を愛してくれた家族たちの、冷たくなった血の海だけ。
仇は取った。団長も、騎士団も皆殺しにした。
だが、どれだけ憎い相手を殺したところで、俺の大切な人も、穏やかだった日常も、二度と還ってはこない。
ぽっかりと胸に空いた穴には、ひたすらに冷たい虚無の風が吹き抜けているだけだった。
……奪いすぎた。いや、奪われすぎたんだ。
こんな結末を望んでいたわけじゃない。血を流さず、誰も犠牲にならない別の未来が、どこかにあったはずだ。
……いや、違うな。それはただの言い訳だ。
俺は今まで逃げていたんだ。
魔女を虐げるこの世界を許せないと憤りながら、世界を変える手段を知りながら。自分には力が無いからと目を背け、でも「いつか必ず」なんて都合のいい奇跡を待っていた。
だけど、世界は待ってくれなかった。圧倒的な暴力の前では屈するしかなく、大事な人は理不尽に殺されていく。
だが……手に入れてしまった。世界の理をねじ伏せる力を。
だから……俺は!




