魔女と契約した日④
俺のターン。黒のマナを追加し、先ほど獲得したエクストラマナを加えた合計9マナで反撃に出る
「クラス3『黒の魔剣士』を召喚。さらに、クラス4『黒の盾兵』をガーディアンゾーンに召喚する」
「小賢しい壁を並べたところで無駄だ」
鼻で嗤う団長の目には、明確な侮蔑の色が浮かんでいた。俺の足掻きなど、赤子の泣き声程度にしか思っていない。己の絶対的な勝利を露ほども疑っていないのだ。
「無駄かどうかこれから分かるさ。黒魔法、クラス4『黒の魔法弾』を使用」
俺がカードを突きつけ、盤面に黒炎を纏った弾丸を生成すると、団長がわずかに警戒の色を見せた。
「お前の『白銀の盾兵』に4ダメージを与え、破壊する」
「チィッ……忌々しい魔法を!」
黒炎の弾丸が白銀の盾兵の分厚い盾ごと貫き、粉砕する。使用した『黒の魔法弾』は墓地ではなく、アナザーフィールドへと送られ、俺の周囲を漂う黒い魔力残滓に加わった。
これで奴の壁はいなくなった。一気に盤面を制圧する。
「バトルだ! 『黒の盾兵』で、ガーディアンユニット『白銀の支援兵』にアタック!」
『黒の盾兵』が、放たれる魔法攻撃を黒い盾で弾き飛ばしながら突進していく。
『黒の盾兵』は『黒の巨兵』と同様、自身がガーディアンゾーンにいればBP+2される。さらに、アナザーフィールドに黒魔法があれば追加でBP+1だ。
合計BP8にまで膨れ上がった『黒の盾兵』の一撃が、BP6の『白銀の支援兵』を無残に叩き潰した。
「倒されたか。だが、支援兵は破壊された時の効果でエクストラマナを一つ生み出す。さらに、ガーディアンが破壊されたことでエクストラマナを獲得する。」
団長はユニットの効果とガーディアンゾーンから、一気に2枚のエクストラマナを獲得した。恐らく、次のターンで確実に俺の息の根を止めるため、クラスが高いカードを使う準備を整えているのだろう。
このターンで俺が勝つことは不可能だ。ならば、次の団長の猛攻を耐え凌ぐため、俺は敵ユニットを全滅させることを選択した。
「お前のガーディアンがいなくなったことで、『白銀の突撃兵』のBPは元に戻っている。『黒の魔剣士』で『白銀の突撃兵』にアタック!」
『黒の魔剣士』は、このターンに黒魔法を使用していればBP+2され、合計BP6となる。さっきまで『白銀の突撃兵』は自身の効果でBP7に達していたが、団長のガーディアンゾーンが空になったことでその効果を失い、素のBP5に戻っている。
『黒の魔剣士』の凶刃が、『白銀の突撃兵』を白銀の鎧ごと両断した。これで、団長の盤面は完全に空になった。
「ほう……初心者にしては、中々堅実な選択をするではないか」
団長は全てのユニットを失っても、依然として余裕の表情を崩さない。俺をひどく舐めているのか、あるいは次のターンのアクションに余程の自信があるのだろう。
その腐った余裕を削り落としてやる。
「これだけで終わると思うなよ。プレイヤースキル……発動」
プレイヤースキルは事前にスキルエリア(最大5枚)にカードをセットし、他のカード同様にコストを支払ってプレイヤー自身がアクションする。
俺自身がマナを練り上げ、腰に差していた狩猟剣を引き抜く。禍々しい漆黒のマナが刀身を覆い尽くし、巨大な黒の刃と化したそれを、団長へ向けて渾身の力で振り下ろした。
「――『魔装剣』!」
空間ごと断ち切るような勢いで放たれた黒の刃が、団長に直撃する。ライフガードの力によって現実の肉体に外傷こそないが、実際に身体を両断されたかのような壮絶な痛みが団長の脳髄を焼くはずだ。
「ぐおぉぉッ……!? 馬鹿な!? ガキ風情が、これほどの威力を持つスキルを……!」
俺のスキル『魔装剣』は、奴の『ライトソード』と同じく、AP2のダメージをプレイヤーに直接与えるスキルだ。だが、もう一つ追加の効果がある。アナザーフィールドに黒魔法があればAP+1される。
「コストはお前と同じだが、どうやら俺の方が威力は高かったようだな。騎士団長と言っても、その辺で死体になってる下級騎士と何も変わらないか」
俺は団長を見下ろし、俺とお前では格が違うと冷たく煽りを入れた。
【プレイヤー:5】
【エネミー:4】
団長のユニットを全滅させ、『魔装剣』で一気に3ダメージ与えた。状況は俺の方に傾いている。
そして何より、同コストのスキルで大きいライフダメージと強烈な痛みを与えたことで、奴の余裕と腐ったプライドをへし折った。
膝をついた団長が、身体を震わせながら血走った目で俺を睨み上げている。
それでいい。怒りで奴の冷静な判断力が少しでも鈍れば、俺は確実に勝利へ近づく。
「この私を貴様のような世界のゴミが侮辱したこと……絶対に許さん。貴様はここで、確実に殺す!」
どうやら俺の煽りは、完璧に効いたらしい。
「俺はお前に殺された家族たちの仇を取る!どちらが世界のゴミかその身に刻んでやるよ!」
「ならば、私と貴様の圧倒的な格の違いを教えてやる! 超越宣言!!」
(やはり、ここで仕掛けてくるか!?)
超越宣言は、1度だけ宣言できる最強のターン。通常の1ドローとマナ獲得に加え、追加の1ドローとエクストラマナを1つ獲得できる。手札とマナを一気に補充する強力なアクションだが――真に恐ろしいところは他にある。
元々の8マナに、先程のターンと超越宣言で獲得したエクストラマナ3枚。団長の周囲で、膨大な魔力が暴風のように弾けている。
「絶望をその身に刻め! 盟約エリアより、クラス7『白銀の騎士団長ヴァイスハイト』をガーディアンゾーンに召喚!!」
(!?)
盤面に巨大な光の柱が立ち昇り、重厚かつ神々しい装飾が施された白銀の鎧を纏う、威風堂々たる大騎士が降り立った。
それまでのユニットとは次元の違う、圧倒的な「強者」のオーラが盤面を重く支配する。
クラス7。数あるユニットの中でも上位に位置する存在……間違いなく団長のエースユニットだ。
(……だが、盟約エリアからの召喚だと?)
俺は息を呑んだ。召喚されたヴァイスハイトは、団長の手札から召喚されたわけではない。ゲーム開始時から、盤面の脇に伏せられていた未知のエリアから直接呼び出されたのだ。
『我が主、レオンハルトよ。共にあの邪悪を討たん』
「頼むぞ、ヴァイスハイト! 奴の魂に圧倒的敗北を刻み込め!」
背筋に冷たい汗が流れた。
召喚されたヴァイスハイトが、静かで重みのある声で団長――レオンハルトに語りかけている。カードのユニットが、意志を持ってプレイヤーと会話するなどあり得るのか?
ただでさえ相手の超越宣言を警戒しきっている極限状態の中、俺の知らない情報が次々と展開され、思考が追いつかない。
「ヴァイスハイトの効果発動! 山札の上から5枚を確認し、その中からクラス4『白銀の弓兵』をコスト無しで召喚する!」
「コスト無しだと……!?」
クラス7のユニットを召喚した上で、さらに手札もマナも消費せずに後続を呼び出す。これが、上位クラスのユニットの力か。
「さらに手札から、クラス6『白銀の騎兵』を召喚!」
怒涛の連続展開。盤面には冷酷に矢をつがえる弓兵、巨大な槍を構える騎兵、そして一際存在感を放つ大騎士ヴァイスハイト。
たった今空にしたはずの盤面が、一瞬にして絶望的な威圧感を放つ強固な白銀の軍勢によって埋め尽くされた。
「これが盟約を結び、星の加護を得た『星命者』の真の戦い方だ」
団長が、失いかけた冷静さを取り戻して俺を見下ろす。
「貴様、星命者であるにも関わらず、盟約エリアにカードをセットしていないとは。愚かさが服を着て歩いているようなものだな」
(盟約エリア……)
俺の脳裏に、力を与えてくれたあの「御守り」のカードがよぎる。まさか、ゲーム開始時にあの盟約エリアとかいうのにセットしておけば、手札に引けなくてもユニットを召喚することができたとでもいうのか。
「冥土の土産に、良いことを教えてやろう」
団長が残忍な笑みを浮かべる。
「貴様は星の聖戦の勝利報酬を私の死に設定したが、そもそも勝負で敗北した者は、星の加護を失う。つまり、死をわざわざ勝利報酬に設定せずとも、勝負に勝ちさえすれば、相手を無抵抗な肉塊として一方的に惨殺することが可能なのだよ!」
「なっ……!」
ずっと疑問に思っていた。なぜこいつは俺の命ではなく、俺の持っている『カード』を勝利報酬にしたのか。
その答えは単純かつ残酷だった。ステラセイドで勝ちさえすれば、敗者の星の加護は消滅し、肉弾戦で容易に殺せるようになるからだ。
だから勝利報酬を俺の命ではなく、戦利品として村の御守りである貴重なカードにしたのだろう。
(こいつが俺を初心者扱いして舐めきっていたのは、俺がこの星の聖戦の本質を理解していなかったからか……)
後悔に唇を噛む俺をよそに、無慈悲な号令が下される。
「バトルだ! 『白銀の騎兵』で、貴様のガーディアンユニットに攻撃!」
騎兵の巨大な槍が、凄まじい推進力と共に俺のガーディアンユニットへ突進してくる。
「『白銀の騎兵』は私のユニットが3体以上いれば貫通攻撃ができる!」
貫通攻撃――ガーディアンを破壊した上で、AP分のダメージをプレイヤーに与える凶悪な能力だ。
(この攻撃を受けるわけにはいかない!)
「黒魔法、クラス5『黒の盾』を使用!」
「クラス5だと? 虚勢を張るな、貴様には使い捨てのエクストラマナ1つしか残っていない!」
「『黒の盾』は、アナザーフィールドに黒魔法が2枚以上存在する場合、エクストラマナを1つ消費するだけで発動できる!」
「なにぃッ!?」
団長の顔が驚愕に歪む。
展開された禍々しい黒の障壁がガーディアンユニットの前に立ち塞がり、騎兵の必殺の槍撃を完全に弾き返した。
「『黒の盾』は相手の攻撃を無効にする! さらに、アナザーフィールドに黒魔法が2枚以上あるため、俺のライフを2回復する!」
黒いマナの粒子が俺の身体を包み込み、引き裂かれるような痛みを和らげてライフを回復させる。使用済みの『黒の盾』は、アナザーフィールドへと送られた。
【プレイヤー:7】
「小賢しい足掻きを……ならば我が剣、ヴァイスハイトでその壁ごと粉々に切り裂いてくれる!」
団長は、エースたるヴァイスハイトでガーディアンユニットへの攻撃を宣言した。
「ヴァイスハイトは、私の盤面に3体以上ユニットがいる時、効果でAP+1される!」
大騎士のAPが合計4へと上昇する。強力なダメージ量だが、俺への直接攻撃でない限り、ガーディアンが破壊されるだけで済む。
「さらにオーバースキル発動!ヴァイスハイトは 『貫通』を得て、貴様をガーディアンごと叩き斬る!!」
「なんだと!?」
オーバースキル……超越宣言中にのみ発動できる最強の能力。その恐ろしい効果が俺に牙を剥く。
まさか、APを上げるだけでなく貫通攻撃までできるとは!?
ヴァイスハイトの巨大な白銀の剣が、神々しく眩い光を帯びる。
「栄光の剣!」
大騎士の凄まじい一撃が、俺のガーディアンユニットを紙切れのように粉砕し、余波の斬撃が俺のライフを正面から打ち据えた。
「がぁぁぁぁぁぁッ!!」
全身が切り裂かれるかのような絶大な激痛が肉体を駆け抜け、既にボロボロの俺は大量の血を吐いて膝をついた。
あまりの痛みに視界が激しく点滅する中、俺は破壊されたガーディアンゾーンのカードを、震える手でエクストラマナへと変換する。
【プレイヤー:3】
「まだだ! 『白銀の弓兵』で攻撃! 手札を1枚捨て、1コストを支払うことで、貴様の『黒の魔剣士』に4ダメージを与えて破壊する!」
弓兵の放った無慈悲な光の矢が『黒の魔剣士』を貫き、そのまま俺のライフを射抜いた。
「が、はァッ……!!」
【プレイヤー:1】
あと一撃。あとわずかでもダメージを受ければ俺は敗北し、星の加護を失った後に殺される。
絶体絶命の淵で、俺は朦朧とする意識を必死に繋ぎ止め、団長の追撃に備えた。攻撃可能なユニットはもういない。だが、魔法やスキルを発動してダメージを与える手段はいくらでもある。あれだけマナを展開した奴だ。このターンで俺を仕留める手段を持っているはずだ。
俺が次の一手に身構えていたその時。団長は何かを考え込むように、一瞬だけピタリと動きを止めた。
「……貴様に絶対的敗北を与えてやる! フィナーレフェイズ!奥義『白銀の絶対防壁』!!」
フィナーレフェイズ。バトルフェイズの後に訪れる幕引きの必殺フェイズだ。このフェイズでは通常のプレイヤースキルとは異なる、奥義と呼ばれるスキルを使用することができる。
団長の足元から、巨大な白銀の魔法陣が盤面を侵食するように広がっていく。
直後、ゴボァ……と、泥が煮え滾るような重い音が響いた。
魔法陣の中心。そこからせり上がってきたのは、ドロドロに溶けた水銀のような流体だった。それは自ら意志を持つようにうねり、やがて巨大な重装甲のゴーレムへと形を成していく。
のっぺりとした顔。感情の欠片もない双眸が、ただ機械的にこちらを見下ろしている。
(な、なんだ、あれは……?)
まるで異界から這い出てきたようなその異質さに、俺は息を呑んだ。
だが、異変はそれだけでは終わらない。
ズブッ、ズブズブッ……。
1体目が完全に姿を現した直後、その横の陣から再び流体が湧き上がる。
寸分違わぬ巨躯。まったく同じ顔をした2体目のゴーレムが、重みを感じさせない滑らかな動きで立ち上がった。
「2体目!?」
驚愕で声が裏返る。
しかし、魔法陣の光はまだ収まらない。波打つ白銀の液体から、今度は三体目の影が淡々と這い出てくる。
(いったい、何体出てくるんだ……!?)
まったく同じ姿をした巨大な異形が、何の歓声も、足音さえも立てずにズラリと並んでいく光景。
「奥義により、『白銀のトークン兵』を3体召喚! このトークン兵たちは全てブロッカーであり、バトル時の貫通能力を無効化する。さらに、破壊された時に私のライフを回復する絶対の盾だ!」
団長の声が、高らかに盤面に響き渡る。
「なんだよ、それ……」
この局面で奴は、不確実なトドメを刺しにくるのではなく、次のターンに「絶対に自分が負けないため」の選択をしたのだ。
貫通を無効にし、破壊されればライフを回復するブロッカーが3体。俺の残りライフ1、ユニット0体に対し、あまりにも絶望的すぎる布陣。
「貴様の手札には、まだ防御系のカードが握られているのだろう? 大方、私が不用意に追撃したところをそれで防ぎ、カウンターで一気にトドメを刺すつもりだったのだろうが」
図星だった。俺の手札には、受けるダメージを0にする黒魔法『黒の鎧』があった。団長がマナを使い果たしてトドメの一撃を放ってきたところをこれで防ぎ、次のターンで確実に倒すプランを立てていたのだ。
「お見通しだよ! 私は貴様のような、自分の力を見誤った凡人星命者を何人も葬ってきたのだからな!」
生死を賭けた戦いの最終局面、あと一撃与えれば勝てるかもしれないこの状況で、自重して完璧な防御を固める。これほど冷徹で堅実な判断ができるのか。俺の拙い煽りなど、結局は奴の手のひらの上だったわけか……。
最悪の展開が、重く俺にのしかかる。
だが……それでも。
俺は負けるわけにはいかない! 必ずこの戦いに勝ち、マルゴさんやエルマさんたち、皆の仇を討たなくちゃならない!
世界の正義だか何だか知らないが、こんな理不尽に、絶対に屈してたまるか!
「残りライフ4に加えて、この無敵の絶対防壁! 次のターン、貴様の勝ち目は万に一つも存在しない!!」
【エネミー:4】(ユニット:6体)
次のターンに勝てない。それはつまり、俺の敗北と死を意味する。団長の次なる猛攻を、ライフ1の俺がもう1ターン耐え切る術はない。
「…………」
口からとめどなく流れる血を手の甲で拭い、俺は震える足に力を込めて、ゆっくりと立ち上がった。
奴の鉄壁の布陣に対し、俺の盤面には何もない……。誰がどう見ても絶望的で、詰んでいる状況だ。
だが、俺にはこの絶対絶命の状況を打ち破る、たった一つの切札がある。
俺にこの理不尽な世界と戦う力を与えてくれたあの御守り(カード)が。
このターンで……俺は勝つ!
「いくぞ! 逆転の――超越宣言だッ!!」




