ダンジョン探索とロイヤル・プログレス
冒険者登録を終えた俺は、さっそく村の近くのダンジョン「灰色の巣穴」に向かった。
今回の目的は、ダンジョンにいるモンスターを倒し、どんな風にカードをドロップするのか、この眼で確認すること。
そして、村の子ども達が話していたデザイン違いのレアカード「ノーマルレア」を手に入れるためだ。
ダンジョンの1階層目は、薄暗い通路で続おり、奥から角の生えたウサギ「ホーンラビット」が襲いかかってきた。
「よし……まずは『ホーンラビット』だな」
俺は手に持った初心者用の短剣で慎重に距離を測り、すれ違いざまに首筋を切り裂いた。
ウサギが光の粒子となって消えると、その場に一枚のカードがポロリと落ちる。
『ホーンラビット』のドロップカードだ。
拾い上げて確認してみると、紙質はざらついており、絵柄も単色の簡素なもの。
村の子どもが遊んでいたように、カードに力を込めると、ポンッと煙が立ち上り、両手に乗るぐらいの小さなウサギが現れた。
つついてみると、頼りなく「キュゥ」と鳴くだけ。先ほど戦ったホーンラビットに比べると、明らかに小さく、ミニチュアのぬいぐるみのようだ。
「こんな俺でも、何とかダンジョン攻略ができそうだな。この調子で、色んな種類のカードを手に入れてみよう。珍しい『ノーマルレア』も出てくるかもしれないな。」
そのまま二階層、三階層へと進み、何枚かのコモンカードを手に入れたが、探している「ノーマルレア」は出てこない。
「三階層まではこの調子だな『ノーマルレア』は珍しいというぐらいだしな。そう簡単には出てこないか………」
そして、四階層へ通じる階段を降りた直後のことだった。
――グゥオォォォォォーーーッ!!
地響きのような咆哮がダンジョン内を激震させた。空気が一瞬で凍りつき、強烈な殺気で鳥肌が止まらない。
「な……んだ……これ……!?」
通路の奥、暗闇の中から姿を現したのは、四階層で出会うモンスターのレベルを遥かに超えた巨大な怪物『マッドグリズリー』。このダンジョンのボスだ。
「まさか…『王の巡幸』か!」
本来、ダンジョンボスは、最下層から動かない。だが、ダンジョンに何か異変があった時、ダンジョンボスは上層階まで徘徊することがある。この世界では、その異常現象を『王の巡幸』と呼んでいる。
そして、初級冒険者のガイドブックにこう書かれている。
「『王の巡幸』遭遇した場合、生存を諦めよ」
「グゥオォォォォォーーーッ!!」
「くっ…」
逃げる暇など微塵もなかった。
マッドグリズリーが振るった丸太のように太い腕は空を切り、衝撃波とともに俺の脇腹に突き刺さった。
「ぐはぁ……!」
激痛と猛烈な衝撃。受身も取れず、俺の身体は硬い石壁に激しく叩きつけられた。
視界がグラリと揺れ、赤く染まる。脇腹を押さえる手から、温かい血がドクドクと溢れ出していた。脚に力が入らない。逃げるどころか、立ち上がることすらできない。
(まずい…ここで死ぬ……噛み殺される……!)
迫り来る死の恐怖の中、ポケットに大切にしまっていた1枚のカードが床に落ちた。
血に濡れた指先に触れたのは、あの滑らかな質感の美しいカード――祖父の形見、『双月の銀狼・アルジェンタ』
急に前世の記憶が頭の中を駆け巡る。
カードゲームにおいて、どれほど絶望的であろうと、諦めるのはまだ早い。次のカードを引くまでは…たった1枚のカードで逆転劇は作り出せる!
(じいちゃん……俺に力を貸してくれ……!!)
血で汚れた手で、天高くカードを掲げ、胸の奥から湧き上がる全ての力を、美しく模様が刻まれたカードへと流し込んだ。
次の瞬間、ダンジョン全体を真っ白に染め上げるほどの眩い光が爆ぜた。
『――ガァオォォォォォオンッ!!』
地響きと共に轟いたのは、子猫のような愛くるしい鳴き声ではない。
ダンジョンの天井を揺らし、落石を降らせるほどの、本物の「獣の王」の咆哮だった。
光の中から姿を現したのは、体高が俺の背丈を優に超える巨大な狼。
その体毛は輝く銀色で、背中には二つの満月を模した藍色の紋様が浮かび上がっていた。
「まさか…本物の……大きさ……!?」
あまりの出来事に驚愕にしている俺の前で、『双月の銀狼・アルジェンタ』は、しなやかな躍動で地を蹴った。
マッドグリズリーが繰り出した太い腕を紙一重でかわすと、その鋭利な牙で相手の首筋に深く噛みつき、そのまま投げ飛ばした。
ガァァァンッ! と凄まじい肉薄音が響く。
アルジェンタの圧倒的な威圧感に気圧されたマッドグリズリーは、低く唸りながら、俺たちから距離を取り、奥の暗闇へと去っていった。
「ハァ……ハァ……」
静寂が戻った通路で、俺は血を流しながら壁にもたれていた。
目の前に立つ巨大な銀狼・アルジェンタは、静かにこちらを振り返ると、心配そうに鼻先を俺の頬に寄せてきた。
そして、静かな光の粒子となって空気中に溶け込み、俺の手の中のカードへと戻っていった。
カードの手触りは、先ほどよりも少し温かかった。
(……間違いない。俺のスキル『カードマスター』は、発動条件は分からないが、カードから本物のモンスターを召喚できる能力だ……!)
痛む脇腹を固く縛り上げながら、俺の口角は自然と吊り上がっていた。
もし世間が、カードから本物のモンスターを召喚できるという事実を知れば、カードの価値は一夜にして高騰し、血で血を洗う奪い合いになるかもしれない。ただ、今はまだ誰も気づいていない。
(世間が『外れドロップ』と思っているカードの中には、高いレアリティのカードが存在するはず。そして、秘められた能力があるのかもしれない…これから確かめてやる!)
俺は痛む体を押し殺して、ゆっくりと立ち上がった。元カードショップの店長の、異世界における壮大な物語が、ここから始まるのだ。
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