サクリファイスバトル(前編)
第一回『カードショップ大会』は、大盛況のうちに幕を閉じた。
優勝したのは、教官とのカードバトルを見て以来、熱心にカードショップに通い詰めていた若手冒険者だった。
彼が手に入れた優勝賞金・金貨1枚のニュースは、一夜にして街全体へ駆け巡り、カードショップ『トレカ・スタジオ』の認知度は爆発的に跳ね上がった。
翌朝、店の前に黒い馬車が止まった。
降りてきた男は、客の列を避けて俺の前に立ち、封蝋のある手紙を差し出した。
「ディカーナ家当主、デュラム様がお呼びです」
手紙には、午後の茶会への招待とだけ書かれていた。
だが、迎えの馬車は店の前を動かなかった。
「断ることは?」
俺が尋ねると、使者は困ったように微笑んだ。
「お待ちになっておりますので、銀狼のカードもお忘れなく」
答えになっていない。そのことが、何よりよく分かった。
アリアが店の鍵を取った。
「帳簿を持って、私も参ります。商いのお話なら、必要ですから」
膝の上で握る鍵が震えていた。俺は礼を言って、隣の席を空けた。
屋敷の応接間には、俺たちの店が丸ごと入りそうだった。
デュラム・ディカーナは、卓の上に銀色のケースを置いて待っていた。
「大会の噂は聞いた。金貨一枚で、あれほど人を集めるとはね」
「客が集まったのは、金貨だけではありません」
「では、君の遊び方か。それも興味はある。だが、今日は別件だ」
ケースが開く。中には、金貨が並んでいた。
「銀狼を譲ってほしい」
俺は数える前に首を振った。
「売り物ではありません」
デュラムの指が、ケースの留め金で止まった。
「金額を聞いてから答えてはどうだ」
「同じです」
沈黙のあと、彼は金貨のケースを閉じた。
怒鳴りはしなかった。その代わり、背後の棚から自分のデッキを取り出した。
「ならば、君が広めている方法で決めよう。勝負だ」
提示されたのは、その場で作る特別契約だった。
対戦中、相手のモンスターを倒した者は、そのカードを受け取る。勝負が終わっても返却しない。魔法と装備は対象外。
「勝者への一括譲渡ではない。君が私に勝っても、銀狼を倒せば、それは私のものだ」
「負けても獲物は残る。ずいぶん、ご自身の目的に忠実ですね」
「君も私の札を持ち帰れる。不公平とは思わないが」
紙の上には、この特別契約の対決を『サクリファイスバトル』という名で書き込まれていた。
俺は、すぐにはペンを取らなかった。
アルジェンタを出さずに戦えばいい。けれど、その逃げ道を見越したように、契約には銀狼を登録する条件がある。
「こちらが勝った場合、この店と大会の営業を、書面で認めてください。少なくとも一年、恣意的な差し止めを受けない形で」
「私の札だけでは不足か」
「俺が守りたいのは、札だけではありません」
隣で、アリアの手が帳簿から離れた。
デュラムは俺と彼女を見比べ、執事に書類の追加を命じた。
俺も、条件を書き足す。奪ったカードはこの対戦中に使用しない。生贄や、自分で捨てたモンスターは譲渡対象外。装備は、装備先が倒れたら持ち主のトラッシュへ。
曖昧なまま始めて、負けてから抗議するわけにはいかない。
執事が一条ずつ読み上げる間、俺はケースの中の銀狼を指で撫でた。
自分から賭けたいわけじゃない。
それでも受けると決めたのは、俺だ。
「……やろう、アルジェンタ」
小さく言って、契約書に署名した。




