9.告白
「会議室で拝見した書類に違和感があったので、いろいろと調べました。そして、今日、みなさんが倉庫に来ると予想して見張っていました」
嘘ではない。詳細を話すと事実と違うかもしれないから、かなり端折ったけれど。
マリアはパオロを真っすぐ見つめた。パオロは口をつぐんだままだった。具体的な情報を何一つ言わなかったが、これでいい。そのうちパオロは口を開くはずだ。
モニカが何かを耳打ちすると、パオロはこめかみに手を当てて考え込んだ。沈黙が敷地を包んでいた。
マリアはパオロが話し始めるのを待った。クリスは二人を見たまま頭をかいた。騎士団とブラット商事の職員は顔を見合わせて苦笑いした。
空には星が瞬き、流れる雲が月明りを申し訳なさそうに遮った。
無言のまま時が流れた。長い時間だった。少なくとも、マリアには長い時間に感じられた。
そして、ついに静寂が破られた。
「すいませんでした」
パオロは頭を下げた。その小さな声が敷地に響くと、周囲の緊張が緩んだ。
松明の灯りに照らされたパオロの表情は、疲れと諦めが入り混じっていた。
マリアは小さく頷いた。何がすいませんなのか、どうすいませんなのか、さっぱりわからなかった。でも、そうするべきだとの直感を信じた。
「それで、倉庫で何をしていたのですか?」
マリアが笑みを浮かべて尋ねると、パオロは語り始めた。
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今から約四年前、パオロがブラット商事の社長に就任した頃のこと。パオロは希望に胸を膨らませながら、新しい業務に臨んでいた。就任してから三日目、国軍の幹部から武器製造に使う石炭を調達したいと依頼があった。民間の製鉄会社よりも強い鋼材を国軍で製造するため、と幹部は理由を語った。
パオロは就任早々で功を焦っていた。その依頼を受けて、国軍の内情を調査せずに石炭の販売を開始した。
取引当初は石炭を納入した翌週に代金が支払われていた。石炭を積んで軍の駐屯地へと向かう荷馬車が誇らしかった。しかし、しばらくすると、代金の支払いは翌月になり、翌々月になった。
売掛金の回収期間が長期化することに不安を覚えたパオロは、国軍の幹部に状況を尋ねた。
幹部は、国軍の工場で強い鋼材を製造し、耐久性の高い武器を製造する計画だった。理論上、国軍の工場で製造した鋼材は、民間の製鉄会社から仕入れる鋼材よりも、遥かに高い耐久性を持つはずだった。しかし、そうはならなかった。
多額の研究費を掛けたにも関わらず、工場で製造した鋼材は、民間製鉄会社の鋼材と耐久性が変わらなかった。つまり、計画は失敗した。
国軍での鋼材製造を中止すべきだ、と反対の声が大きくなった。そして、工場の煙突から立ちのぼる煙は少なくなり、活気が失われていった。
薄暗い執務室で幹部は疲れた顔をしていた。
「改良すれば耐久性は上げられるはずだ。支払いは私が何とかする。だから、石炭の納入を続けてほしい」と幹部はパオロに頭を下げた。パオロは幹部の言葉を信じた。
その数カ月後、国軍からの入金が止まった。パオロが国軍を訪問すると、武器工場は閉鎖されていた。かつて鉄鋼を加工する音が響いていた工場は静まり返り、内部には製造設備が放置されていた。
あの幹部は人事異動により辺境地へ転属されていた。後任の担当者に代金の支払いを頼んだけれど、「石炭を仕入れた事実はない」と追い払われた。
冷たい風に吹かれながら、パオロは肩を落として国軍を後にした。
国軍から売掛金が回収できなければ、パオロは社長を退任させられる。経理担当のモニカに相談したところ、代金未回収の石炭の売上は計上せず、国軍に引き渡した石炭は、帳簿上は存在するように会計処理した。架空在庫である。架空在庫は、仕入れの際に少しずつ補填することにした。
架空在庫で経理処理するには、一つ問題があった。倉庫の棚卸は、ブラット商事を所管する運輸省の担当者も同席する。実地棚卸をすれば、石炭在庫の不足が運輸省に報告されるだろう。モニカは在庫不足を隠すため、空の木箱を石炭の山の中に入れて、体積をかさ増しするように提案した。
月明かりの下、パオロとモニカは信頼できる職員三人を仲間に引き入れ、空の木箱を保管庫に運び込んだ。棚卸の担当者は山積みの石炭の山の中までは確認しない。こうして、パオロは架空在庫が発覚することを回避した。
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ウォルターズ鉱山との取引によってパオロたちが簿外在庫を作っていたのは、マリアが予想したとおりだった。しかし、犯行動機が違っていた。石炭を売却して利益を得ることではなく、不足する在庫の補填だった。
事件の推理としては七十点くらいか。満点ではないけれど、悪くはない。
「そうですか。事情はわかりました」
パオロたちが決算書を粉飾したことは、何らかの罪になるだろう。しかし、その罪を犯した原因は、国軍が支払いを拒否したことである。
どうにかしてあげられないものか……腕を組んで黙っていたクリスに視線を移した。
月明かりに照らされたクリスの表情は想像したよりも穏やかだった。
「お金を払わないのは良くないね。国軍の担当者の名前を教えてくれますか?」
パオロは少し眉をひそめてから、僻地に異動させられた前任と支払いを拒絶した後任、二人の名前を告げた。声はかすれていたが、罪を告白したパオロは安堵した表情だった。
「国軍に支払わせるよ」
「殿下、ありがとうございます」
目に涙を浮かべたパオロに、「これからは、早く相談してくださいね」とクリスは口元をゆるめた。
夜空を見上げると、月明りが雲間から敷地に差し込んできた。




