8.張り込み
月末の前日の夜、雲一つない夜空に星が瞬いていた。マリアが指定された場所に到着すると、暗闇からクリスが手を振った。笑みを浮かべるクリスを見て、マリアはため息をついた。
クリスは騎士を五人連れていた。騎士は鎧が月明りを反射するのを防ぐため、黒い布を上から着用していた。
「抵抗されて暴力沙汰にならないとは限らないからね」
クリスは苦笑いした。ブラット商事の退社時間はとっくに過ぎていたが、奥の事務所から橙色の光が窓から漏れていた。まだ何人か社内に残っている。ということは、決行は今日だ。
石炭を保管する倉庫は三つ。それらを分担して見張ることになった。マリアの担当は事務所から一番遠い倉庫だった。
夜露に濡れた地面を歩くと、冷たい風が吹きつけてきた。夜の闇で倉庫の輪郭はぼやけており、奥まで見えなかった。月明かりが屋根を浮かび上がらせていた。
睡眠不足は美容の敵である。石炭を運び出すなら、早くしてほしい。
倉庫の陰に身を潜めていると、灯りを点けず、暗闇を歩いてくる人影が見えた。人数は五人、台車の車輪が地面を転がる音が敷地に響いた。
マリアは五人を見張ることにし、同じ持ち場にいた騎士に応援を呼びにいくように頼んだ。物陰から息を殺しながら、マリアは五人の動きをじっと追った。
十トンの石炭に対して、あの台車は小さ過ぎる。運送用の馬車を倉庫に横付けしないということは、台車だけで石炭を運び出すつもりなのだ。何往復するつもりだろう?
マリアは口元に手を当てて、五人を見つめた。
五人が倉庫に入ってしばらくすると、「様子はどう?」とクリスが現れた。マリアから状況を聞いたクリスは、倉庫を取り囲むように騎士を配置した。
息を潜めて待っていたら、五人は台車を引いて出てきた。彼らの表情はうかがえないが、警戒した足取りであることは伝わってきた。
「どうします? 呼び止めますか?」
マリアが尋ねると、「どうぞ」とクリスは右手で促した。マリアに手柄を譲ろうとしているのか? それとも、怖いのだろうか?
深く息を吐き出すと、マリアは「こんばんは」と呼び掛けた。声は静まり返った敷地にマリアの声はよく響いた。五人の足が止まった。
マリアはゆっくりと五人に近づいた。月明りに照らされて、うっすらと顔が見えた。パオロとモニカの他に三人。ブラット商事の職員だろう。騎士が取り囲むと、五人は手を上げた。松明の炎が緊張した表情を照らし出した。
「荷台を確認してもよろしいですか?」
マリアが尋ねると、パオロは無言のまま首を縦に振った。覆っていた布地を取り除くと、荷台には木材と布袋が載っていた。石炭は積まれていなかった。
冷たい夜風が敷地を通り抜けた。
マリアは息を呑んだ。
ブラット商事で疑わしい取引を見つけた。ウォルターズ鉱山に反面調査して、パオロたちが石炭の簿外在庫を作り出し、それを売りさばいていると結論付けた。現行犯で捕らえるために、騎士を同行させた。
状況証拠は揃っていたはずだ。それなのに……石炭はなかった。
マリアは落ち着きなくクリスを見た。星明かりの下、クリスは困惑とも取れる微妙な笑みを浮かべていた。そして、クリスはそっと視線を逸らした。
――これって、わたしの責任?
頭上を見上げると、倉庫の隙間から漏れる月明かりが地面に模様を描いていた。
夜中の倉庫に、五人は灯りも点けずに忍び込んだ。パオロたちが悪事を働いていたのは間違いない。でも、何の悪事なのかは分からなかった。
マリアは何気なく、荷台に積まれた木材の一本を手に取った。木は汚れており、指に黒い粉がこびりついた。マリアは粉を取るために手を払った。すると、モニカが唇を軽くかんだ。
――この木材を使って倉庫で何かをしていた。何を?
パオロたちの悪事を暴くためには、情報が必要だ。焦ってはいけない。マリアは深く息を吐き出した。
「これを使って、営業時間外に倉庫で何をしていたのですか?」
マリアが愛想笑いを浮かべると、パオロは視線をそらした。もう一押しすれば何とかなりそうだ。




