7.ウォルターズ鉱山
ブラット商事での調査を終えたマリアたちは、馬車に乗り込んだ。車輪の規則的な音が車内に響いた。鉱山地帯特有の赤茶けた丘陵地が広がり、石炭を運ぶ荷馬車が砂埃を巻き上げていた。
マリアは会議室で見た帳簿の整合性を、頭の中で再確認した。鉱山が発行した領収書と製鉄会社への納品書は在庫管理簿に記録された入出庫の数量と一致していた。さらに、ブラット商事は毎月末に実施する実地棚卸で、帳簿上の在庫数量と現物の一致を確認していた。つまり、在庫管理簿の数量は正しい。となると、ウォルターズ鉱山への支払額の一割が、パオロたちへのキックバックということになる。
馬車の揺れに身を任せながら、マリアは窓ガラスに映る自分の横顔を、ぼんやりと見つめた。
「着いたよ」
クリスの声に反応して、窓の外に視線を向けた。マリアは目を見開いた。そこは内務省ではなかった。
岩山の前に大きな金属製の機械が並んでいた。削り取られた岩山には大きな穴が開いていて、作業員が運搬用の一輪車を押して出入りしていた。
「どこですか?」
「ウォルターズ鉱山の本社だよ。反面調査するんでしょ?」
クリスは首をすくめた。
ウォルターズ鉱山に反面調査したいと言ったけれど、まさか、ブラット商事の帰りに来るとは思っていなかった。それにしても、事前連絡せずに訪問しても大丈夫なのだろうか?
マリアの心配をよそに、クリスは敷地の中を歩いていった。鉱山には似つかわしくない立派な本社には、真鍮の扉が設置されていた。
クリスが受付で事情を説明してしばらく待つと、年配の男性が数名、小走りでやってきた。深々と頭を下げる男性たちは、ウォルターズ鉱山の社長と役員だと名乗った。社長たちの額には汗が浮かび、緊張した面持ちだった。
マリアの心配をよそに、事前連絡せずに訪問しても、誰一人文句を言う者はいなかった。それどころか、社長たちは怯えているように見えた。
「こちらでお待ちください」
木製の家具が置かれた会議室の窓からは、鉱山の坑道口が見下ろせた。石を砕く鈍い音、鉱夫の掛け声が絶え間なく聞こえた。
扉を叩く音がして、職員が書類の山を運んできた。ブラット商事の調査であることは伏せていたから、過去五年分の管理簿と証憑を用意してもらった。かなりの量だ。
「ありがとうございます」
クリスが笑みを浮かべると、職員は深々と頭を下げて退室した。
扉が静かに閉まると、会議室には羊皮紙をめくる乾いた音が響いた。
マリアはブラット商事との過去五年間の取引を調べた。売上単価が変動した取引があるはずだ、との期待は裏切られ、ブラット商事への売上単価は五年間同じだった。しかし、よくよく帳簿を精査すると、ウォルターズ鉱山が販売した石炭の数量は、ブラット商事の管理簿に仕入として記録された数量よりも一割多かった。
つまり、ブラット商事の帳簿では、ウォルターズ鉱山よりも数量を一割少なく、単価を一割高く記録していた。ブラット商事の仕入高とウォルターズ鉱山の売上高は同額だから、不正が発覚しにくい。
売上単価を動かしていないウォルターズ鉱山が不正をしているとは考えづらいから、単価と数量を調整したのはブラット商事だろう。
読みが外れたようだ。パオロたちがウォルターズ鉱山からキックバックを受取っていた、とマリアは考えていた。しかし、そうではなかった。
パオロたちは仕入数量を過少に記録し、簿外在庫を作り出していた。一回の取引で作り出した簿外在庫は約十トン。それをどこかに売却して、金銭を得ていたのだろう。
マリアが視線を窓に移すと、鉱夫が一列になって一輪車で石炭を運んでいた。
別の疑問も浮かんできた。前世の記憶によれば、石炭は一トン当たり一万五千円。高価な原料ではないから、十トンを売っても十五万円である。労力を考えると、とても効率が悪い。本当に石炭を売ったのだろうか?
マリアは羽根ペンを止め、窓の外の一輪車の列をじっと見た。
「どうしたの?」
マリアが振り向くと、クリスが愛想笑いしていた。作業をマリアに丸投げし、外を流れる雲をぼんやりと眺めていたはずなのに。
「ブラット商事は石炭の仕入単価と数量を調整して、簿外在庫を作っていたようです。ただ、石炭を横領しても、運搬に労力がかかる割に儲かりません。何のために、そんな非効率的なことをするのかが分からなくて」
マリアが苦笑いすると、「分からないなら、張込んでみない?」とクリスは目を輝かせた。
マリアは机の上に広げた羊皮紙に視線を落とした。紙にはマリアが書き込んだ数字と矢印が並んでいた。ブラット商事のウォルターズ鉱山からの仕入は月末の前日、在庫の棚卸は月末の出荷終了後に実施されていた。石炭を運び出すとすれば、月末前日の夜間だ。
「月末前日の夜に張込めば、犯行現場を抑えられるでしょう。でも、私は張込みをしたくありません。もし、張込みをしたいのであれば、一人でどうぞ」
マリアが目を細めると、「残業代出すよ」とクリスは苦笑いした。
残業するのは嫌だった。けれど、「新作ケーキを差し入れするから」とクリスに説得された。甘いものを餌にされると断れない。
ウォルターズ鉱山の本社を出ると、沈みかけた夕陽で鉱山の輪郭が浮かんでいた。藍色に変わる空には星が瞬いていた。




