5.それが君の使命だ!
クリスに押し切られたマリアは、週一回という条件で、内務省に勤務することになった。
内務省の庁舎は王城のすぐ隣に建っていた。重厚な正面玄関には、ヘルマン王国の紋章を刻んだ石板が掲げられていた。
内務省は王国政府の管理を担っており、全ての役所の情報が揃っていた。この世界には情報をデータで保存する技術はない。情報は紙で保管されていた。
内務省に出勤したマリアを、クリスは建物の奥にある部屋に連れて行った。そこは薄暗くてカビ臭い、倉庫のような場所だった。
天井まで届く木製の棚に羊皮紙の束が積み上げられていた。古い紙の匂いが、鼻にまとわりついた。
小さな窓から差し込む光に照らされて埃が舞っていた。ろくに掃除もしていないようだ。
「この部屋にある書類は、王国政府系機関の決算書だ。この中から問題のある組織を見つけ出し、この国の財務を改善する。それが君の使命だ!」
人差し指を上に立てたクリスは組織図をマリアに渡した。ヘルマン王国の根幹に関わる調査をマリアに丸投げ。これでいいのだろうか?
ヘルマン王国には五十の政府系機関があり、関係省庁が所管していた。毎年度の予算は各省庁が要求し、政府系機関への配分は省庁に一任される。追加申請を除けば、内務省は配分に関与しない。
財政基盤が脆弱なヘルマン王国は、可能な限り歳出を減らしたい。不要な政府系機関を潰すために、クリスはマリアに調査を命じた。
「全部の書類を確認すると時間がかかりすぎます。連結財務諸表のような各省庁の決算をまとめた書類はないのですか?」
眉をしかめるマリアに、「あったらいいよね」とクリスは苦笑いした。
面倒だけれど、今後の作業の効率性を考えると、五十ある政府系機関の情報をまとめておくべきだ。
小さくため息をつくと、マリアは取り掛かった。薄暗い部屋の中で、羽根ペンの走る音が響いた。
その日を使って、マリアは五十社の財務情報をまとめた。窓の外が茜色に染まる頃には、数字の書き込まれた紙の束ができていた。
政府系機関の二十が営利法人、三十は非営利法人だった。ヘルマン王国の事情を知らないマリアには、非営利法人の支出の要否を判断するのは難しい。だから、二十の営利法人を調べることにした。
鐘の音が業務終了を告げた。今日の作業はここまでにして、営利法人を検討は来週にしよう。
ふと入口に視線を移したら、クリスが手を振っていた。笑みを浮かべるクリスに視線を合わせず、マリアは深いため息をついた。
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翌週。その日は小雨がぱらつく肌寒い日で、王都の街並みはどんよりと淀んでいた。
マリアは内務省の薄暗い部屋で作業を再開した。二十の営利法人の財務情報を比較しながら、検討すべき法人を絞りこんだ。
二時間ほど資料に目を通し、政府系石炭商社であるブラット商事に当たりをつけた。商社は仕入価格に一定の利益を乗せて商品を販売する。だから、大きな相場変動が起こらない限り、粗利率(売上高総利益率)は一定である。
過去五年間、石炭価格に大きな変動はなかった。それにも関わらず、ブラット商事の粗利率が三年前から下がっていた。
雨脚が強まり、壁に当たる雨音が大きくなった。
ヘルマン王国にある石炭商社は、ブラット商事を含めて五社。マリアはブラット商事と同業の四社の決算を比較した。雨の勢いが激しくなるのも構わず、マリアは数字に目を凝らした。
三年前までは、ブラット商事の粗利率は同業他社と同じ水準だった。なのに、ブラット商事の粗利率は同業他社よりも低くなっていた。つまり、ブラット商事には粗利率が下がる何かがあった。これは、調査すべきだろう。
「ブラット商事を調査したいのですが」
マリアが言うと、「来週訪問できるように調整しておくよ」とクリスは親指を立てた。
窓の外を見ると雨が止んでいた。雲の切れ間から差し込んだ光が、水たまりに反射してきらきらと輝いていた。




