第五話 霧を指す針(1)
三日後の正午。
オルドとリオは、商業区にある競売場の受付前へ並んでいた。
入口では招待状の確認に加え、武器の預かりまで行われている。
オルドは銀色のネクタイピンを外し、係員へ渡した。隣ではリオが、焼き付いて小型化しなくなった赤い短銃を差し出している。
「壊れているなら、持ってくる必要はなかっただろ」
「修理に出す店を探すつもりだったんだよ」
「捨てろ」
「まだ使えるかもしれない」
係員が短銃から漂う僅かな焦げ臭さに眉を寄せた。
オルドは他人のふりをして先へ進んだ。
受付を抜けると、リオが財布を取り出した。
中を覗き込み、金貨と銀貨を指先で数えている。
「僕、今日は三千五百レルまでなら使えるよ」
「少なすぎる」
「この前、銃を買ったからね」
「その前にも弓を買っただろ」
「あれは安かったよ」
「三日で弦が切れた」
「三日は使えたとも言える」
オルドは溜息を吐いた。
二人は依頼の報酬や遺物の売却益を、経費を差し引いた後で等分している。
宿代や食料、探索に必要な道具は折半するが、残った金はそれぞれのものだ。
リオは入った分だけ使い、オルドは必要な物以外にはほとんど手を出さない。
同じだけ稼いでいるはずなのに、現在の蓄えには比べるまでもない差があった。
「足りなくなったら貸してくれる?」
「断る」
「まだ何を買うかも決めてないよ」
「だから先に断っている」
競売場は半円形の広い部屋だった。
正面に一段高い舞台があり、中央の展示台を囲むように座席が並んでいる。舞台の脇には落札前や落札後の商品を置くための台が設けられていた。
オルドは席へ向かう途中で、出入口までの距離と座席の配置を確認した。
「随分、熱心に見てるね」
「高額な品を扱う場所ほど、騒ぎは起きやすい」
「競売を楽しむ前から、逃げ道の心配?」
「お前がいるからな」
「僕が騒ぎを起こす前提なんだ」
「違うのか?」
否定しようとしたリオだったが、少し考えた後で口を閉じた。
やがて競売が始まった。
最初に出品されたのは、古代遺跡から発見された小型の携帯照明だった。
現代品の半分ほどの大きさで、内部の魔力もほとんど減っていないという。
「千五百レルからです」
競売人の声に、幾つもの札が上がった。
リオも迷わず手を伸ばす。
オルドはその手首を掴み、下ろした。
「何?」
「同じ性能の物を持っている」
「こっちの方が小さいよ」
「小さいだけだ。どう考えても要らない」
「荷物が軽くなる」
「お前の荷物の半分は、不要な物だ。先にそれを減らせ」
携帯照明は三千二百レルで落札された。
次に、注いだ水の味を変えるという銀色の杯が運び込まれる。
「欲しい」
「手は挙げるな」
「まだ欲しいとしか言ってないよ」
「顔が言っている」
リオが再び札へ手を伸ばす。
オルドは今度は札そのものを取り上げ、自分の膝へ置いた。
「僕の財布は僕のものだろ?」
「金を使う自由はある。無駄にする自由まで認めた覚えはない」
「財布が別なのに、なんか管理だけされてる気がする」
杯の競売が終わると、今度は黒い箱が運ばれた。
両手で抱えられるほどの大きさで、表面には継ぎ目も鍵穴もない。正面には、青い宝石が嵌め込まれていた。
「用途は不明。発見以来、一度も開いていません。内部の確認も出来ていないため、開始価格は八百レルです」
「安いね」
「中身が空なら、ただの箱に八百レル払うことになる」
「何か入ってるかもしれない」
「危険な物が入っている可能性もある」
「それも面白そうだ」
札を奪われたリオが、オルドの膝へ手を伸ばす。
その前に、斜め前へ座っていた男が札を上げた。
灰色の口髭を蓄え、指という指に宝石の指輪を嵌めた男だった。
先ほどから希少性だけを理由に幾つもの品を落札している。古代魔道具の収集家らしい。
「千レル」
「千二百」
リオがオルドの手から札を抜き取り、上げた。
口髭の男が振り返る。
「二千」
「二千百」
「三千」
オルドはリオの札を引き下ろした。
「何で止めるの」
「三千レルあれば、まともに開く箱が買える」
口髭の男は満足そうに笑い、黒い箱を三千レルで落札した。
箱は代金の精算まで、舞台脇の台へ移された。
幾つかの品が競り落とされた後、目的の方位魔道具が運び込まれた。
掌に収まる大きさの、円形の器具だった。
曇りのない硝子の下で、細い銀色の針が揺れている。縁には見慣れない古代文字が刻まれ、針の根元では白い光が弱く明滅していた。
「霧の中でも動作する可能性がある古代の方位魔道具です。開始価格は一万レル」
オルドは眼鏡の位置を直し、双眸を細めて品の状態を見定めた。
外装に傷は少ない。針の動きも滑らかで、動く度に針は一定の方向を指した。
実際に霧の中で使えるなら、金を出す価値はある。
「予算は?」
隣でリオが囁く。
「二万五千レルまでだ」
他の誰にも届かないよう声を抑えてオルドが答えた。
そしてすぐに札を握る。
「一万二千」
札を上げる。
すぐに斜め前の収集家の男が振り返った。
「一万五千」
「一万八千」
「二万」
男はまた金額を上げた。
必要だからではない。ただ他人に渡したくないという顔だった。
「二万二千」
「二万五千」
上限に達した。この日、最も高い値がついた。
オルドが諦めて札を下ろすと、隣でリオが手を伸ばした。
「あと少しくらいなら、僕が出すよ」
「恐らく、まだ上げてくる。そこまでして買う価値はない」
「でも、霧の中で迷わなくて済むようになるよ」
「本当に霧の中で狂わないと、確定しているわけじゃない」
「そうだけど」
リオが続きを飲み込むと同時に、競売人が槌を持ち上げる。
収集家は勝ち誇ったように口髭を撫でた。
その時、舞台脇で青い光が灯った。
先ほど落札された謎の黒い箱だった。
正面に嵌め込まれた宝石が強く輝き、継ぎ目のなかった蓋が音もなく浮き上がる。
「何だ?」
槌を鳴らす寸前で、競売人が振り返った。
箱の隙間から、白い霧が溢れ出した。
霧は床を這い、瞬く間に舞台を覆った。
深い霧は、一般人にとって恐怖の象徴だ。
客達が悲鳴と共に一斉に立ち上がる。係員が箱へ駆け寄ろうとしたが、その姿もすぐに白い中へ消えた。
「どういうこと?」
真っ直ぐに舞台を見据えながら、呟くようにリオが言った。
「分からない」
オルドもその場で立ち上がりながら、箱の位置と青い宝石の高さを目に焼き付けた。
数秒もしないうちに舞台は白一色に包まれ、客席も霧に呑み込まれた。
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