第三話 トレジャーハンター(2)
壁の隙間から現れる機械人形に、終わりは見えなかった。
床だけでなく、壁や天井をも八本の脚で走り回っている。
オルドが長槍を横薙ぎに振るった。
まとめて複数体を弾き飛ばし、その先で一体の胴体を貫く。
人形は火花を散らせ、動かなくなった。
ロイスは丸盾で足元へ飛び掛かってきた人形を受け止め、壁へ押し潰した。
その二人の間を縫うように、青白い光弾が次々と飛ぶ。
リオの放った弾は、味方へ掠ることさえない。
壁を走る一体の脚を撃ち抜き、落下したところへ二発目を当てる。
オルドの脇に開いた僅かな射線を通し、背後へ回ろうとした人形を撃ち抜く。
ロイスの盾へ張り付いた一体も、盾を傷付けることなく胴体だけを撃ち抜いた。
オルドの視線が、一瞬だけリオの手元に向く。
「それ、本当に同じ銃か?」
「同じだよ」
リオは機械人形へ銃口を向けたまま答えた。
「撃てる銃って便利だね」
「それが普通だ!」
ロイスが叫び、片手剣で一体を斬り払った。
だが、倒しても倒しても、壁の奥から新たな機械人形が現れる。
床には金属片が積み重なり始めていた。
「このままでは先に体力が尽きるぞ!」
「終わりが見えないね」
そう呟きながらも、リオは躊躇わず引き金を引く。
弾は全て狙った場所へ当たったが、銃身に描かれた金色の線が、徐々に赤みを帯びていた。
正常に魔力が流れるようになった代わりに、内部へ熱が蓄積している。
安価な金属が、銃本来の性能に耐えられていないのだろう。
「リオ」
オルドが名前を呼んだ。
「分かってるよ。そろそろ熱くなってきた」
「あと何発だ」
「五発もつかな?」
「必要な時にのみ、三発以内に抑えろ」
「難しい注文だね。どこか、突破口ある?」
オルドは返事をせず、壁際へ槍を突き出した。
穂先が一体を貫き、そのまま後ろの人形までまとめて壁へ縫い留める。
小さな機械人形を捌きながら周囲の確認をしていたが、壁にも床にもそれらしき物はなかった。
周囲を見回し、最後に天井へ顔を上げた。
「上だ」
短い指示だった。
その声にリオは顔を上げ、銃口を向けた。
天井の中央に、半透明の円盤が嵌め込まれている。
その周囲を細い金属管が取り囲み、管の中を一定間隔で赤い光が走っていた。
「防衛装置か?」
飛び掛かってくる人形を盾で弾きながら、ロイスが尋ねる。
「あれが機械人形へ命令を送っています。壊せば止まるはずです」
オルドは眼鏡の奥で目を細め、円盤の構造を確かめた。次いでリオへ視線を向ける。
「撃て」
「了解」
リオは円盤の中心へ狙いを定め、引き金を引いた。
放たれた光弾は途中まで真っ直ぐ進み、円盤の手前で急に右へ逸れた。
弾は天井の石材へ当たり、焦げ跡を残す。
「外した?」
ロイスが目を見開いた。
「違う」
リオは天井の円盤を見つめた。
赤い光が金属管を一周する。
その瞬間、周囲の空気が僅かに揺らいだ。
「あれが魔力の流れを乱してるみたいだね」
「銃の限界は近い。破壊出来るか」
「やってみるよ」
二発目は、円盤より左側を狙って撃った。
光弾は再び途中で軌道を変えた。
今度は緩やかな曲線を描き、円盤の下を通り過ぎる。
「残り一発だ」
オルドが告げる。
「もし失敗したら?」
「ここで虫の餌だ」
リオは小さく笑うだけで返事をせず、円盤の周囲を走る赤い光を、瞬きせずに目で追った。
赤い光が位置を変える度に、空気の歪み方が変わっている。
最も強く空気が歪む瞬間。
反対に、歪みが僅かに弱まる瞬間。
二発の弾道と、赤い光が通過した位置を頭の中で重ね合わせる。
真っ直ぐ撃って、右へ逸れた一発目。
左から回り込ませても、下へ落ちた二発目。
そのまま狙っても当たらない。
魔力の塊として撃ち出される弾を、空気の歪みに乗せるしかない。
銃身から細い煙が上がる。
赤い外装の一部が熱で変色していた。
「出来るのか!?」
機械人形を盾で弾きながら、ロイスが叫んだ。
リオは銃口を円盤から大きく外し、斜め下へ向けた。
「出来るよ」
引き金を引く。
青白い光弾が勢いよく飛んだ。
そのままなら、掠りもしない軌道だった。
赤い光が金属管を走る。
空気が揺らぎ、光弾が大きく右へ曲がった。
弾は弧を描くように円盤へ吸い寄せられ、中心を正確に撃ち抜いた。
半透明の円盤が砕ける。
壁から這い出していた機械人形が、制御を失って一斉に動きを止めた。
天井や壁に張り付いていたものが、乾いた音を立てて床へ落ちていく。
直後、リオの手の中で銃が大きく震えた。
金色の線が赤く輝き、銃身の内側から何かが弾ける。
「あ」
リオは銃を床へ落とした。
赤い外装の隙間から黒い煙が上がる。
外装の一部が熱で曲がり、力なく垂れ下がっていた。
「思ったよりすぐに壊れたね」
「最初から壊れていた」
オルドが長槍を引き戻す。
「途中はちゃんと動いただろ?」
「短時間だけ正常になった不良品だ。そのまま捨てろ」
「最後の一発は完璧だったよ」
「最後で壊れる銃を完璧とは言わない」
二人の会話を聞きながら、ロイスは天井の壊れた円盤と、床に落ちた銃を交互に見た。
「……最初にお前の銃の話を聞いた時は、あの遺跡からも、ただ運が良くて生還しただけだと思っていた」
その声にリオは顔を上げ、目を瞬かせる。
「僕は運もいいよ」
いつもの笑みを浮かべて、胸を張ってみせた。
だがロイスは首を横に振る。
「いや、今のは運じゃない。見れば分かる」
そう言って、機械人形の残骸を蹴って道を空けた。
*
防衛装置が停止してようやく安全に進めるようになった扉の先に、新たな通路が現れた。
だが、通路の先の扉は閉じたままだ。
オルドが先程の石板を操作するとその扉は開く。しかし、手を離せばまた閉じてしまった。
「開けたままには出来ないのか。誰か一人が、ここに残る必要があるな」
ロイスが石板を覗き込む。
「俺が残ります」
オルドは迷わず告げ、石板へと指を添える。通路の先で、また扉が開く。
そしてリオに向けて、その通路を顎で指した。
「リオ、行け」
「この奥に古代魔道具があるかな?」
「余計なことはするな。そのまま持ってこい。壊すな。勝手に起動するな」
「信用されてるね」
「十分以内に戻れ」
リオは壊れた銃を拾い、小型の状態へ戻そうとした。
だが、内部が焼き付いているらしく、赤い短銃のまま変化しない。
仕方なく腰へ差し込み、ロイスと共に通路へ入った。
背後でオルドが石板に触れ続けている。
この先の通路には、もう敵の気配はなかった。
「……いいのか?」
リオの隣を歩きながら、ロイスが尋ねる。
「何が?」
「あいつを一人で残して」
「オルドなら平気だよ」
「そういう意味じゃない」
ロイスは声を潜めた。
「こういう仕掛けは、大抵揉め事の原因になる。片方が扉を開け、もう片方が奥の遺物を回収する仕組みだ」
その表情には辟易とした色があった。
特定の仲間を持たず、様々な冒険者と組む立場上、色んなものを見てきたと道中ロイスは語っていた。
「奥へ行った奴が遺物だけ持ってそのまま逃げたり、あの場に残った奴が仲間を閉じ込めたまま消えることもある」
「へえ、面白い」
「他人事みたいに言うな」
リオは少し考えた。
裏切って古代魔道具を独り占めする。
確かに、目の前の利益だけを見れば悪くない。
だが、オルドを一度裏切れば、次に霧へ入る時は一人になる。
罠を見抜く者も、遺物の価値を正確に判断する者も、収支を管理する者もいなくなる。
「どう計算したって、オルドと組み続けた方が儲かるよ」
リオが笑う。
「ここで持ち逃げしても、一度きりだろ? オルドと一緒なら、次の遺跡でも、その次の遺跡でも稼げる」
「組む理由はそれだけか?」
「それ以外に理由が必要?」
ロイスはしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐き、前を向く。
「いや。お前達がそれで納得してるなら、俺が言うことじゃない」
通路の先には、小さな保管室があった。
棚の多くは朽ち、残されていた魔道具もほとんどが崩れている。
だが、中央の台座に置かれた薄い銀色の板だけは、傷もなく原形を保っていた。
表面には細かな古代文字が刻まれ、触れていないにもかかわらず、淡い光が流れている。
「これだね」
リオは台座ごと持ち上げようとした。
「待て」
ロイスが止める。
「勝手に起動するなと言われただろ」
「持とうとしただけだよ」
「お前はさっき、装置に勝手に触って起動させたばかりだ」
「もう信用がなくなったの?」
「これに関しては、最初からない」
ロイスが布を取り出し、銀の板を慎重に包む。
二人はそれを持って、来た道を戻った。
十分も経っていなかった。
石板の前に残っていたオルドは、二人の姿を確認しても表情を変えない。
「何かありましたか」
「売れそうな板が一枚」
ロイスが布包みを差し出す。
オルドは片手で石板に触れたまま、もう片方の手で布を開いた。
眼鏡の奥の黒い瞳が、僅かに細くなる。
「保存状態がいい。古代文字の記録板でしょう」
「また格好いい武器が買えるかな」
「二度と下らない物は買うな」
ロイスが二人を眺める。
「お前達、大したものだな」
「何の話でしょう」
「この仕掛けを解いた頭と、さっきの射撃だ。最初は、金の話しか出来ない厄介な二人組の冒険者だと思っていた」
「今もその認識で合っていますよ」
オルドが淡々と答えた。
「否定しないのか」
「事実ですから。……一つ訂正するとすれば」
オルドが石板から手を離す。
開いていた扉が音を立てて閉まった。
「俺達は、二人組のトレジャーハンターです」
*
野宿を経て街へ戻る頃には、空が夕焼けに染まっていた。
門の近くには、霧の中から戻った冒険者を目当てにした露店が並んでいる。
中古の武器や防具、素性の分からない魔道具を扱う店も多い。
その一つを通り過ぎようとした時、リオは足を止めた。
露店の台に、奇妙な武器が置かれている。
銃身が二本あり、それぞれ左右を向いている。中央の部分からは刃が飛び出す仕組みだ。
嫌でも目を引く派手な色に彩られていた。
「見て、オルド」
「見るな」
「銃と近接武器が一つになってる。しかも、ここが光る」
「どちらの役にも立たない形だ。正面に撃てない銃をどう使うつもりだ」
「でも、通常価格の半額だって」
「役に立たないから半額なんだ。置け」
リオが手を伸ばすより早く、オルドが武器を取り上げ、露店の台へ戻した。
「今、僕の銃は壊れてるんだよ」
「だから、まともな物を買え」
「一度だけ試してみようよ」
「二度と触るな」
二人のやり取りを横で見ていたロイスが、先ほどまで浮かべていた感心の色を失っていく。
「……やっぱり、本当にこいつで大丈夫なのか?」
オルドはリオの襟を掴み、露店から引き離しながら答えた。
「今のを見て、大丈夫だと思いますか?」
「大丈夫だよ」
襟を引っ張られながら、リオはロイスへ笑いかけた。
「今回も、上手にやったでしょ?」
屈託のない笑みに、ロイスは口を閉ざすしかなかった。
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