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第三話 トレジャーハンター(1)


「オルドってさ、僕以外には敬語だよね」


 街の門へ続く道を歩きながら、リオが唐突に言った。

 隣を歩くオルドは前を向いたまま、僅かに眉を寄せる。


「何だ突然」


 肩に掛けた鞄を直しながら、小さく息を吐いて再び口を開く。


「敬語とは、他人を敬う時に使うものだ。お前に対しては必要ない」


「オルドが他人を敬ってるところなんて、一度も見たことないけど?」


「実際に敬うかどうかは関係ない。フリだけでも有効だ」


 それだけ答えると、オルドは足を速めた。


「……フリですら見たことないから、言ってるんだけど」


 リオは誰に聞かせるでもなく呟き、少し先を行く黒い背中を追った。

 門の外には、既に一人の男が待っていた。

 背はオルドよりも高く、分厚い革鎧の上から丸い盾を背負っている。腰には鞘に入った片手剣が下がっていた。


「オルド・グレイと、リオ・ラヴィエールか」


「そうです。貴方がロイスさんですか」


 オルドが答える。

 先ほどまでとは違う、穏やかとは言い難いが、一応は礼儀を整えた口調だった。


「ああ。今回はよろしく頼む」


「こちらこそ」


 そのやり取りを見ながら、リオは小さく笑った。

 確かに敬語は使っている。

 だが、やはり敬っているようには、まるで見えない。

 オルドの背中には、見知らぬ他人と組むのが面倒だと、大きく書いてあった。


 今回、二人が発見した古代都市を再び探索するにあたり、ギルドから一つ条件を付けられていた。

 未調査区域へ入る場合は、三人以上で行動すること。

 そこで一時的に組むことになったのが、ロイスだった。

 長く冒険者を続けているらしく、歩き方にも荷物の扱いにも隙がない。合同探索の相手としては、悪くないように見えた。


「聞いたぞ」


 古代都市へ向かう途中、ロイスが口を開いた。


「お前達が霧核を壊して、あの一帯の霧を晴らしたんだろ」


「そうだよ。三十万レルを撃ち砕いてね」


 リオは腰に下げた赤い金属片を指で弾いた。

 起動すれば短銃へ変わる、つい先日購入した中古の武器型魔道具だ。

 嵌めている魔石に充填された魔力を弾に換えて、撃ち出す構造になっている。

 だが、実際に撃ち出せるかは、また別の話だった。


「僕の銃がなかなか撃てなくてさ。全然弾が出ないし、帰ってからは暴発もするし。あの日も、最後に一度弾が詰まった後で、ようやく霧核に当たったんだ」


「待て」


 リオの話を聞くなり、目を丸くしてロイスが足を止めた。


「今回も、その銃を使うのか?」


「そのつもりだけど」


 ロイスは数歩先を歩くオルドへ視線を向けた。


「本当に、こんな奴を連れて行って大丈夫なのか?」


 オルドは視線だけで振り返って答える。


「今の話を聞いて、大丈夫だと思いますか?」


「思わないから聞いている」


「では、その認識で間違いありません」


「ひどいな、二人とも」


 リオは笑ったが、オルドは聞こえていないかのように進んでいく。

 ロイスは納得していない様子だったものの、置いていかれないよう後を追った。


 

     *


 

 古代遺跡の周囲には、まだ人の手がほとんど入っていなかった。

 霧が晴れてから日が浅く、多くの冒険者にはまだ探索許可が下りていない。

 崩れた建物や石畳には長い年月の痕跡がそのまま残されている。


 今回三人が調査するのは、踏破した遺跡の北側にある建物だった。

 外壁の一部は崩れているが、内部へ続く通路は原形を保っている。ギルドの確認隊が入口付近を調べた際、奥に大きな魔力反応があったらしい。


 オルドが携帯照明を掲げ、先頭を歩く。

 リオがその背を追い、ロイスが後方を警戒した。


「床の縁を歩け」


 オルドが短く指示する。


「中央は?」


「沈んでいる。踏めば何か起きる」


「何かって?」


「踏めば分かる」


「じゃあ踏まない方がいいね」


 ロイスは二人の会話を聞きながら、同じように中央の床を避けた。

 そのまま進むと、真四角の部屋へ出た。

 中央には腰ほどの高さの台座があり、その上に透明な板が斜めに取り付けられている。

 板の内部には、細い線が無数に走っていた。


「何だろう、これ」


「触るな」


 オルドが言った時には、リオの手は既に透明な板へ触れていた。

 板の中に青い光が灯る。


「触るなと言っただろ」


「言われる前から触ってたよ」


「次からは俺が口を開く前に触るな」


「難しい要求だね」


 青い光は板の内部を巡った後、リオの腕を伝うように腰の金属片へ移った。

 赤い金属片が勝手に展開し、短銃の形へ変わる。


「おい、離れろ!」


 ロイスが身構えた。

 だが、銃は暴発しなかった。

 代わりに、銃の外装を青い光が流れ始める。


 内部の魔力の流れが、透けて見えているようだった。

 引き金の近くから入った光は銃身へ向かう途中で細くなり、一部で渦を巻くように滞っている。

 やがて行き場を失った光が逆流し、引き金の周辺へ戻った。


「なるほど」


 オルドが銃を覗き込む。


「内部の魔力経路が塞がっている。だから不発する。早く捨てろ」


「ということは、直せば動くね」


「話を聞け」


「詰まってる場所が分かったんだから、そこを直せばいいだろ?」


「直したところで、他にも不良箇所がある」


「それは直してから考えるよ」


 リオは銃を小型状態へ戻さず、腰の道具袋から細い金具を取り出した。

 部屋を出る二人の背中を追いながら、側面の留め具を外し、赤い外装を開く。


「ここかな」


「歩きながら分解するな」


「止まって直す時間がもったいないでしょ」


「部品を落としたらどうする」


「平気だよ、慣れてる」


「そう言って、この前は部品が最後まで見つからなかっただろ」


 銃の内部には、小さな魔石と細い金属板が複雑に組み込まれていた。

 先ほど見えた流れを思い出しながら、リオは一枚の金属板を外す。

 

 その内側にあった部品が僅かに曲がっていた。

 中古品として売られる前に、誰かが適当に修理したのだろう。

 力を加えて平らにしてから差し込み直すと、内部に残っていた青い光が真っ直ぐ銃身へ流れた。


「これで直ったかもしれない」


「撃つなよ」


「まだ撃ってないよ」


「撃つ前に言わないと、俺の背中に穴が空く」


 リオは満足げに外装を閉じ、留め具を元へ戻した。

 それから程なくして辿り着いた通路の先で、オルドが足を止めた。

 三人の前には大扉があった。

 その傍らには、謎の図形が描かれた石板がある。


 何枚かの板が図形の上に嵌まり、それぞれに細い線と見慣れない記号が刻まれていた。

 板の一枚をオルドが指先で押すと、抵抗なく石板の線に沿って滑った。


「仕掛け扉か」


 ロイスが石板へと近づいた。

 リオがその横から覗き込む。


「この記号をどうにか揃えるんじゃないか?」


「どれと、どれを?」


「それが分かれば苦労しない」


「全部、適当に触ってみる?」


 リオが手を伸ばす。


「触るな」


 今度はオルドの制止の方が早かった。


「さっきの装置は触れば動いたよ」


「偶然だ」


「銃も直った」


「まだ一度も確認していないものを直ったとは言わない」


 オルドは携帯照明を壁へ近づけた。

 石板に描かれた線と板の模様を順番に確認していく。

 ロイスも謎の記号を調べていたが、やがて諦めたように腕を組んだ。


「古代文字か?」


「違います」


 オルドが短く答えた。


「それなら、何だ?」


「恐らく、地図の類でしょう」


 オルドは一番外側の板へと手を掛け、ゆっくりと動かした。

 とある位置に板が触れた途端、石板に描かれた線の一部に淡い光が灯る。


「地下を通る魔力の供給路を示した形です。先ほどの部屋にあった装置にも、同じ分岐がありました」


「一度見ただけで覚えたのか?」


「特徴的な形でしたから」


 次の板を滑らせる。

 線に灯る光が繋がり、一本の経路を作った。


「この建物は、遺跡から見て北側にあります。あの遺跡を中心にして、外で確認した塔の位置との向きを合わせれば……」


 最後の板を動かす。

 けれど、本来あるべき位置に辿り着いても、石板に新たな光が灯ることはなかった。

 ロイスが石板を覗き込む。


「間違っているんじゃないか?」


「いえ。……まだ、何か」


 呟きながら、オルドは板の縁へ指を掛けた。

 引き抜くように力を加えると、その板が手前へ僅かに浮いた。

 そのまま裏返し、再び嵌め込む。


「裏にも記号があったのか」


 位置を微調整すると、新たな光が灯る。

 石板に描かれた線が完全に繋がった。

 低い音と共に、目の前の扉が左右へ開く。


「正解だ」


 ロイスが感心したように言った。

 後ろでリオが首を傾げる。


「最初から分かってたの?」


「まさか。途中からだ」


 オルドが答え、石板から手を離す。

 直後、背後で重い音が響いた。

 三人が振り返るより早く、入ってきた扉が閉じる。

 今開いたばかりの扉の先に視線を向けるが、その通路の先は閉じている。逃げ道にはならなさそうだった。

 

 壁の向こうから、何かが擦れる音が聞こえた。

 ロイスが剣を抜き、盾を握る。


「仕掛けを間違えたのか?」


「扉は開いた。答えは合っているはずです」


 オルドも携帯照明を床へ置き、長槍を展開した。

 部屋の壁に、幾つもの赤い光が灯る。

 

 壁に細い隙間が開き、その奥から手のひらほどの大きさの機械人形が次々と這い出してきた。

 金属製の胴体に、虫のような八本の脚。

 先端には小さな刃が備えられている。


「なんか気持ち悪い。随分たくさんいるね」


 リオは修理したばかりの銃を構えた。


「その銃、本当に撃てるのか?」


 ロイスが盾を構えながら尋ねる。


「どうかな」


 引き金を引く。

 青白い光弾が真っ直ぐに飛び、機械人形の中心を正確に撃ち抜いた。

 砕けた金属片が床を転がる。

 リオは銃口を僅かに上げ、笑った。


「今度は大丈夫みたいだよ」


お読みいただきありがとうございます。

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