第二話 金の使い道
昼を少し過ぎた頃、オルドとリオは冒険者ギルドの鑑定窓口にいた。
先日踏破した遺跡から持ち帰った遺物を調べ終えた鑑定士が、最後の一つを布の上に置いた。
「合計で三千八百レルです。手数料を差し引いて、お渡しは三千六百レルになります」
霧核破壊の依頼報酬である一万一千レルと合算すると、そこそこの額になった。
リオが嬉しそうに身を乗り出す。
「思ったより高いね」
「売上はな」
オルドは硬貨の入った革袋と明細へ目を落とした。
「ここから宿代、食料、魔力補充、消耗品、武器の修理費を引くと——」
静かに計算を始めるオルドの隣で、リオは小さく肩を竦めた。
「お金って、手に入った瞬間が一番輝いて見えるよね。減り始めると、急に小さく見える」
ギルドを出た二人は、近くの酒場へ入った。昼時を過ぎた店内は空いており、隅の卓を一つ使えた。
オルドは硬貨を種類ごとに並べ、昨夜の宿代から装備の修理費まで、一つずつ差し引いていった。
但し、最初から壊れていたリオの銃だけはその修理費に含まれていない。
リオは向かいで酒を飲みながら、卓上を滑る硬貨を眺めている。
全ての経費を差し引いた後で、残った硬貨を二等分する。その片方がリオの前へ押し出された。
「お前の分だ」
「悪くないね。最後の部屋で拾った、古代文字の書かれた変な板。あれが高かった」
「お前が素手で触って指紋を付けなければ、もっと高値だったかもな」
リオは小言を聞き流しつつ、自分の取り分を掌へ集め、もう店の外を見ていた。
「さて、何を買おうかな」
「まず次の探索に必要な物を買う」
「それが終わった後の話だよ」
「残りは貯めろ」
「君はそうすればいい。財布は別だろ」
その通りだった。
オルドは稼いだ金を極力減らしたくない。リオはその場で使いたがる。
同じ財布へ入れていた頃はそれに関して揉め事が絶えなかったため、とうに分けている。
リオは硬貨を無造作に財布へ流し込み、立ち上がった。
「行こう。金があるうちに」
「勝手になくなるような言い方をするな」
「同じことだよ。すぐになくなるからね」
酒場を出ると、二人は冒険者ギルドの側の店で食料や水、乾燥燃料を順に買った。
冒険者は必要な物資を優先的に、かつ比較的安価で購入出来る。
加えて魔道具の整備や遺物の鑑定もギルドを通して受けられる上、それらの代金も安くなる。
人類を救う使命には何の興味もない二人があえて冒険者として登録を行った理由は、主にこれらの恩恵を受けるためだった。
つまり、節約だ。
オルドは自分の字で書かれたメモを見ながら、必要な数だけを選ぶ。リオはその横で、用途の分からない品を見つけるたびに足を止めた。
必要な物だけを買えば、時間は掛からないはずだった。
だが、とある魔道具店の前でリオが完全に動かなくなった。
店先には、冒険者向けの携帯照明がいくつも並んでいた。その中に一つだけ、赤や青の色硝子を幾重にも嵌め込んだ、妙に派手な品がある。
「見て、オルド。これ七色に光るんだって」
「必要ない」
「まだ何も説明してないよ」
「七色に光るだけだ。十分説明された」
値札の横には、光の色を七種類から選択可能、自動で色が切り替わる、光を回転させられる、点滅速度を三段階から選べる、と書かれていた。
照明としての明るさは一般的な品と変わらない。だが、価格だけは倍近い。
「霧の中でも目立つよ」
「魔物に狙われる危険がある」
「派手だし、綺麗じゃない?」
「必要ない」
にべもない返答に、リオは名残惜しそうに携帯照明を見つめた。
「一つくらい、役に立たないものがあってもいいと思わない?」
「役に立たないと分かっているなら買うな」
「一見役に立たないと思ったものこそ、いざという時」
「行くぞ」
「まだ喋ってるんだけど」
オルドが先へ進むと、リオも渋々その場を離れた。
最後に向かったのは、眼鏡店だった。
老職人がオルドと短い会話を終えた後、奥から道具箱を持ってきた。
「右側の部品が緩んでいますね」
「遺跡で床に落としました」
「よく割れませんでしたね」
「ですが、少し傷んだようです。僅かにずれます」
オルドは眼鏡を外し、レンズの傷と留め具の状態を自分で確かめた。
右のつるを指先で動かし、どの程度緩んでいるのか職人へ細かく説明する。
その横からリオが手を伸ばした。
「ここ、傷ついてるね」
オルドは即座に手を引いて、眼鏡を逃がした。
「眼鏡に触るな」
「落とさないよ」
「触ること自体が問題だ」
「僕、そこまで信用ない?」
「お前に限らず、俺の眼鏡を狙う奴は総じて信用していない」
「別に狙ってはないけど」
「金より大事なものだ。触れるな」
職人が苦笑しながら眼鏡を受け取った。
今使っている眼鏡は、衝撃に強く、曇りにくい。走ってもずれないよう何度も調整を重ね、鼻当てからつるの角度まで、オルドに合わせて作られている。価格も一般に売られている物より遥かに高い。
だが、戦闘中に眼鏡がずれる一瞬は、命を失うのに十分な隙だ。
オルドは、この眼鏡に対しては調整に掛かる金を惜しまなかった。
「確かに、つるにも傷があります。交換しますか?」
「視界には影響していません。留め具の調整だけで」
「傷は気にならないんだ?」
リオが横から口を挟む。
「見え方に問題がなければ構わない」
「大事にしてる割には、見た目は気にしないんだね」
「これは飾りじゃない」
「僕にとっては、さっきの照明も飾りじゃないよ」
「あれは飾りだ」
職人が調整をしている間、オルドの視界は非常に曖昧なままだ。
近くに立つリオの輪郭は辛うじて分かるが、その表情までは見えない。店の奥に並んでいる品は、輪郭さえない色の塊にしか見えなかった。
「少し掛かりますよ」
「ここで待ちます」
「じゃあ僕、さっきの店をもう一度――」
「おい、行くな」
近くにあった白い服の輪郭が遠ざかり、オルドに背を向けるのが分かった。
手を伸ばしても、もう届かない位置から声が聞こえる。
「何も買わないよ」
「信用できない」
「見るだけ」
「それも信用できない」
しかし、眼鏡を預けたまま、人通りの多い通りへ出るわけにはいかない。
すぐに遠ざかる足音を聞きながら、オルドは深く息を吐いた。
「仲がよろしいんですね」
職人が言った。
オルドは僅かに眉根を寄せながら目を伏せた。
「一体どこを見て、そう思うんですか」
「長い付き合いなのは分かりますよ」
「それだけです」
調整が終わり、眼鏡を掛け直す。
ぼやけていた店内の輪郭が、一瞬で鮮明なものへと戻った。留め具の違和感もなく、顔を左右へ振ってもずれない。
オルドは代金を払ったあと、店を出る前にもう一度眼鏡の位置を直し、通りへ出る。
向こうから、リオが笑顔で歩いてきた。
その腰には、見覚えのある派手な色硝子が下がっている。
オルドの顔に、露骨な苛立ちが浮かんだ。
「それは何だ」
「携帯照明だよ」
「見れば分かる。なぜ持っている」
「買ったから」
「返してこい」
「僕の金で買ったんだから、君には関係ないだろ」
リオはそう言って、携帯照明の起動部を押した。
赤、青、黄、緑。
昼間の通りに、意味もなく派手な七色の光が回った。近くを歩いていた子供だけが指を差し歓声を上げる。
オルドはしばらく黙ってそれを見た。
「次の探索には置いていけ」
「せっかく買ったのに?」
「必要ない」
「点滅もできるよ」
光が激しく明滅し始めた。
「今すぐ捨てろ」
リオは楽しそうに笑いながら、ようやく照明を止めた。
オルドは上着越しに自分の財布へと触れてその存在を確かめた。その無駄な照明器具のために、自分の財布からは硬貨一枚たりとも支払われていない。
リオが何を買おうと、失われるのは確かにリオの取り分だけだった。
それでも、どうしようもなく損をした気分だった。
「……理解出来ない」
そう呟いたオルドの声に、リオは笑ったまま肩を竦めた。
「そういうオルドだって、せっかくの金を使わずに貯めてるだけだろ?」
消灯した携帯照明を腰のベルトに下げながら、からかうような声色でリオは言う。
「必要な時に使うだけだ」
「必要な時って、例えば?」
眼鏡のレンズ越しに、二人の視線が重なった。
「お前がもし死んだ時、代わりを雇う金が必要だ」
「だいぶ根に持ってるね、三十万レル」
オルドはそれ以上答えずに歩き出し、リオは急ぐことなくその背を追い掛けた。
その腰からは、七色に光るだけの機能を持った、無駄に高い魔道具が下がって揺れていた。
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