第一話 壊せば報酬、持ち帰れば大金(3)
オルドは機械の正面を離れ、側面へ回り込んだ。
胴体の装甲は厚い。尾の付け根も、重なった金属板に覆われている。
「狙うなら、脚か」
サソリ型の機械がその動きを追い、身体の向きを変えた。
六本の脚が床を踏むたびに足元が揺れる。
突然、脚の関節が開いた。
内部から細い刃が飛び出し、オルドへと迫る。胴体と尾だけに意識を向けさせ、死角から敵を切り裂く構造らしい。
咄嗟に踏み込み、駆けていた勢いを殺すものの、避けるには遅い。
瞬間、青白い光が横から走った。
光弾は関節から伸びた刃の根元を正確に撃ち抜き、金属の破片を撒き散らした。
刃はオルドへ届く寸前で破壊され、床の上を滑っていく。
リオの持つ銃から、排熱のための白く細い煙が立ち上っていた。
「この角度で叩くと、上手く弾が出るみたい」
「次からは叩かなくても弾が出る銃を買え」
「試し撃ちした時には出たんだよ」
オルドは返事をせず、撃ち抜かれた脚へ視線を向けた。
槍を弾いた胴体の装甲に比べ、撃ち抜かれた関節部分は明らかに脆い。
「……部位によって、防御力に差があるな」
サソリ型の機械が損傷した脚を引きずりながら、再び尾を振るった。
オルドは刃の下を潜り抜け、そのまま前脚の関節へ槍を差し込んだ。踏み込む勢いを乗せて柄を捻る。
金属が軋んだ。
先ほど胴体を突いた時とは違い、穂先が内部へ深く食い込む。そのまま力任せに槍を捻じ込むと、関節が耐え切れずに砕けた。
一本の脚が力を失い、巨体が僅かに傾く。
抵抗するように、すぐ後ろの脚が持ち上がった。
関節から飛び出した刃を槍で弾き、オルドはその根元へ穂先を突き込む。内部を走る青白い光が一瞬露出し、裂けた箇所から火花が散った。
二本目の脚が、動かなくなった。
「左」
オルドが一言告げる。
ほぼ同時に、左側の後脚へ光弾が命中した。
リオは狙う箇所を聞き返さなかった。関節だけを撃ち抜き、体勢を崩すために必要な脚を選んでいる。
巨体が揺れ、オルドを狙って振り上げられた大きな刃は、目標を大きく外して地面に刺さった。
サソリ型の機械は、残った脚で無理に身体を支え直した。
壊された脚の動きを補うように、別の脚が位置を変える。だが、その動きによって弱点である関節が大きく露出した。
オルドは踏み込み、槍を突き立てた。
一本。すぐに、もう一本。
脚の関節を破壊するたび、巨体の動きが鈍っていく。
重すぎる尾の刃は依然として避ける他なかったが、胴体が傾いたことで軌道は読みやすくなっていた。振り下ろされる直前に踏み込み、刃が頭上を通り過ぎるのと同時に、残る前脚を横から打ち砕く。
最後まで身体を支えていた脚が折れた。
サソリ型の機械は、耳障りな金属音を上げながら床へ倒れ込んだ。
黒い胴体が石床へ崩れ落ち、部屋全体が揺れる。周囲へ散った破片の一つが台座の近くまで転がったが、幸い霧核には届かなかった。
「止まった?」
砂埃に小さく咳き込んだリオの声が聞こえた。
「まだだ」
胴体の奥に灯る赤い光は消えていない。
倒れたまま、まだ抗おうとするように長い尾が軋む。
オルドは金属の脚へ刺した槍を引き抜こうとした。
だが、崩れた脚が槍の柄へ倒れ込み、折れた金属の隙間に挟まっている。強く引いても、穂先が内部で噛み合い、抜ける気配がなかった。
無意識に舌打ちが漏れる。
柄を捻った瞬間、折れた脚の関節が不意に開いた。
飛び出した刃が、すぐ目の前まで迫る。
オルドは槍から手を離し、身体を後ろへ反らした。
刃先がコートの胸元を裂いて、顔のすぐ横を通り過ぎる。
同時に、銃声が響いた。
リオの放った青白い光弾が、倒れた機械の胴体へ真っ直ぐ飛ぶ。
その瞬間、装甲の中央に嵌め込まれた赤い魔石が強く輝いた。
薄い光の膜が胴体の周囲へ広がる。
光弾は膜へ触れた途端に形を失い、細かな光の粒となって弾けた。
「無効化した?」
リオの声から軽さが消えた。
オルドは足元から伸びた二本目の刃を避け、横へ転がる。
避け切ったと思った直後、刃の先端が眼鏡の端へ引っ掛かった。
眼鏡が顔から外れ、乾いた音を立てて床へ落ちる。
視界が一瞬で滲んだ。
すぐ近くにあるサソリ型の機械の輪郭さえ、黒い塊にしか見えない。赤い魔石の光だけが、ぼやけた視界の中で大きく揺れていた。
「オルド!」
名前を呼ぶリオの声が、背後から聞こえた。
「眼鏡に触るな」
苛立ちを隠しきれない声が零れる。
オルドは片膝をついたまま床へ手を伸ばした。眼鏡が落ちた音は近かった。
指先で石床を探る。細かな瓦礫と金属片ばかりが触れ、肝心の眼鏡が見つからない。
「もう少し右!」
声に従うように指を伸ばしても、何も掴めない。
裸眼では探す形を捉えられないと分かりつつ、視線を床へと落とす。
その直後、頭上で重い金属が軋んだ。
ぼやけた視界の端で、巨大な影が持ち上がる。
尾の先端についたギロチンに似た刃が、オルドの首を真上から狙う。
反射的に見上げ、目を細めても刃の向きが分からなかった。
その一撃を避けたところで、追撃は今の視界では捉えられず、避けきれない。間に合わない。
そう思うのと同時に、乾いた作動音が響いた。
リオが引き金を引いた音だ。また、弾は出ていない。
「霧核はいい、外へ走れ」
指示を飛ばしても、輪郭のない視界の向こうから返事はなかった。
「リオ」
名前を呼んでも、何の言葉も返らない。
もう一度、引き金が小さく鳴る。
続いて、何かを強く叩く音が響いた。
それと同時に、床を探っていたオルドの指が眼鏡を掴んだ。
急いで掛け直す。
鮮明になった視界の中で、リオは銃口をこちらへ向けていなかった。
大型の機械も狙っていない。
中央の台座に浮かぶ、霧核へ銃口を向けていた。
「——待て」
掠れた声に被るように引き金が引かれる。
今度は銃が正常に作動した。
青白い光弾が部屋を横切り、霧核の中心を撃ち抜く。
半透明の球体に、細い亀裂が走った。
亀裂は瞬く間に表面全体へ広がり、三十万レルの価値があったはずの古代魔道具が、甲高い音を立てて砕け散った。
白い光が部屋を満たす。
振り下ろされた大きな刃が、オルドの髪に触れる寸前で停止した。
機械の装甲の奥に灯る赤い光が消える。
遺跡を満たしていた駆動音も、足元の振動も、何もかもが途絶えた。
きらきらと輝く細かな破片が雨のように床へ落ちて、消えた。
オルドはしばらく、空になった台座を見つめていた。
「……三十万レルだぞ」
「新しい前衛を探す方が面倒だからね」
「俺は金額の話をしている」
「僕も経費の話をしてるよ。君の代わりを雇うのには金が要るんだ」
リオは銃口から漏れる白い蒸気を払うように、軽く銃を振りながら答えた。
「霧核を壊したんだから、報酬は出るだろ?」
「一万一千レルだ」
「黒字じゃないか」
「二十八万九千レルの損失だ」
「細かいね」
「殺すぞ」
「助けたばかりなのに?」
オルドは何も答えず、倒れた機械の脚を蹴り上げ、引っ掛かっていた槍を抜き取った。
*
帰り道に回収した遺物を鞄に詰め込み、遺跡の外へ出る頃には、周囲を覆っていた霧がゆっくりと薄れ始めていた。
白い幕の向こうから、青い空が現れる。
霧に隠されていた遠方の山並み。
風に揺れる広い草原。
新たな晴域の誕生だった。
数日後。
ギルド支部へ戻った二人は、依頼を受けた時と同じ机の前へ座っていた。
「お二人が霧核を破壊したことで、新たな晴域が生まれました」
受付職員の声には、以前より僅かに敬意が含まれていた。
「確認隊からの報告では、霧に隠されていた土地に古代都市と思われる建造物群も発見されています。今回の成果は、人類にとって大きな一歩となるでしょう」
「三十万レルの損失です」
沈んだ声でオルドが答えた。
「何の話ですか?」
「破壊した霧核の推定売却額です」
「まさか持ち帰ろうとしたわけではありませんよね?」
「人類のために三十万レルを犠牲にしたから、傷心中なんだよ」
リオが机へ身を乗り出し、笑顔を向ける。
「というわけで。報酬、上乗せしてくれない?」
「出来ません」
職員は顔色一つ変えずに首を横へ振った。
「……では、発見された遺跡の優先探索権をいただけますか」
オルドが口を挟むと、職員は用意していた書類を差し出した。
「霧核の破壊を完了したため、規定に基づく探索権は認められます。ただし、発見物は必ずギルドへ報告すること。危険な古代魔道具を勝手に起動しないこと」
「どうして僕を見て言ったの?」
「大体は貴方に言っています」
「信用がないね」
「過去の実績に基づく注意です」
オルドは許可証を受け取り、内容を確認した。
確認隊の報告によれば、あの遺跡の先には崩れていない古代の建物が複数残されている。地下施設が存在する可能性も高い。
三十万レルを取り戻せる保証はない。
だが、損失を減らす余地は十分にあった。
「行くぞ、リオ」
「どこへ?」
「買い物だ。探索に出るにも準備がいる」
「もう?」
リオは一瞬だけ目を丸くし、すぐに笑みを深めた。
「僕も同じことを考えてたよ」
「次は、そのゴミ銃は置いていけ」
「最後はちゃんと撃てたでしょ?」
「ほとんど不発だった」
「最後の一発が重要なんだよ」
「返品してこい」
「中古品は返品できないって言っただろ?」
その後も言い争いながら、二人はギルドを後にした。
後日、彼らは再び、霧の晴れた土地へ向かうことになる。
新たな晴域を人類へもたらした英雄としてではない。
砕けた三十万レルの代わりを、一枚でも多くの金貨で取り戻すため。
まだ見ぬ高価な古代魔道具を求める、トレジャーハンターとして。
お読みいただきありがとうございます。
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