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第一話 壊せば報酬、持ち帰れば大金(2)


「着いた。当たりだね」


 リオが携帯照明を取り出し、入口を照らす。


「もしここに霧核がなければ、依頼としては外れだ」


「遺物があれば僕達としては当たりでしょ?」


「売却額による」


 入口の床には、先行した調査員が残した目印が刻まれていた。

 遺跡を発見した証として、入口付近だけを調べて撤退したのだろう。目印は内部へ数歩進んだところで途切れている。

 先に進まなかった理由は明確だ。

 ここから先は、戦闘が避けられない。


 オルドは胸元の銀色のネクタイピンを外した。

 ピンに嵌められた小さな宝石を指先で撫でる。

 小さな金属片が一瞬で伸長し、銀色の長槍へと形を変えた。


 この世界において、魔法を扱える人間は希少な存在だ。

 その代わり、多くの人間は魔法使いによって作られた魔道具を利用する。

 

 オルドの槍も、普段は持ち運びやすいようネクタイピンの形へ圧縮された武器型の魔道具だった。

 華美な装飾はない。

 だが、精度と耐久性に優れた高級品であり、オルドが長年使い続けている唯一の武器だった。


 リオも腰の金属片を外し、起動させた。

 すぐに展開し、短銃の形になる。

 銃身を走る金色の線と、握りに付いた羽根飾りが、霧の中でも無駄に目立った。


「どう? 派手だろ?」


「返品しろ」


「まだ言うの?」


 リオは携帯照明を掲げ、遺跡へ足を踏み入れた。

 内部は外よりも空気が冷えていた。

 湿った石と、古い金属の匂いがする。


 通路の壁には古代文字らしきものが刻まれていたが、その意味までは読み取れない。

 床に並ぶ石板のうち、中央付近の数枚だけ、周囲の板とは色が僅かに違っていた。


「端を歩け。中央は踏むな」


「罠?」


「恐らくな」


「分かった」


 リオは素直に左側へ寄った。

 それから十歩ほど進んだところで、壁の向こうから硬い物が擦れる音がした。

 オルドはその場で足を止める。


「僕は踏んでないよ」


「まだ何も言っていない」


「先に否定しておこうと思って」


 正面の壁が、音を立てて左右へ開いた。

 暗がりの中から、人間に似た形の機械人形が二体現れる。

 素材の異なる金属を組み合わせたような身体には錆が浮いていたが、両腕へ取り付けられた刃は鋭く照明の明かりを反射している。

 後ろで、リオが銃を構える音が小さく響いた。


「撃て」


 そう言うなり、オルドは床を蹴った。

 敵まで一気に距離を詰め、一体目の人形が振り下ろした刃を長槍で払うように弾く。


 同時に、背後でリオが引き金を引いた音がした。

 けれど何も起こらない。


「早く撃て」


「もう撃ったよ」


「弾が出てない」


「僕もそこが気になってる」


「帰れ」


 二体目の刃が横薙ぎに迫る。

 オルドは身を沈めて避け、人形の胴体へ槍を突き込んだ。

 穂先は胴体を覆う金属を貫いたが、心臓部はそこではないようだった。人形の動きは止まらない。

 当て付けるようにオルドは舌打ちを漏らす。


「今すぐ返品してこい」


「店まで戻れたら、そうしようかな」


 リオは短銃を腰へ戻し、代わりに投擲用の短剣を抜いた。

 二体の機械人形が、左右からオルドに向けて刃を振るう。

 長槍で一方を受け流し、もう一方の刃を柄で止めながら、オルドは視界の端に捉えた僅かな違和感を追う。

 通路の右側に、周囲より僅かに浮いた床板がある。その先の石床には、不自然な継ぎ目が走っていた。


「右」


 その声だけで、リオは人形ではなく右前方へと視線を向けた。

 真っ直ぐに短剣が放たれ、浮いた床板の中央へ深く突き刺さった。

 

 次の瞬間、床下から重い駆動音が響いた。

 機械人形の足元に亀裂が走り、石床が大きく崩れ落ちる。二体の人形は抵抗する間もなく、砕けた石材と共に暗い穴の底へ消えていった。

 オルドは床が抜ける直前に後方へ跳び、崩落の縁へと着地する。

 深い穴の奥から、金属が何度かぶつかる音が響いた後、静かになった。


「こうなるんだ。説明してくれてもよかったのに」


「十分だった」


「僕以外と組む時は、それで通じると思わない方がいいよ」


 リオはそう言いながら、穴の中を覗き込んだ。

 穴の底で動く気配がないと分かると、先程の銃を取り出して側面を軽く叩きながら耳を寄せる。


「魔力が途中で詰まってるみたいだ。衝撃を与えれば流れるかもしれない」


「銃口を俺に向けながら触るな」


「もし弾が出たら、ちゃんと避けてね」


「失せろ」


 冷ややかなオルドの言葉にも、リオは笑うだけだった。

 二人は崩れた道を飛び越え、さらに奥へ進んだ。

 

 内部の構造は、それほど複雑ではなかった。

 床から突き出す杭の罠を避け、機械人形の奇襲を躱し、崩れかけた階段を慎重に下る。

 幾つかの小部屋には、朽ちた家具や壊れた魔道具が残されていた。それが目に入る度に、ギルドの受付職員の言葉が頭を過ぎる。

 先に霧核を破壊しなければ、遺物の回収は認められない。


「今、あっちの部屋を見たでしょ」


「見てない」


「高く売れそうな物あった?」


「霧核を破壊してから、戻って確かめる」


「僕もそうしようと思ってた」


「嘘をつくな。さっき扉を開けていただろ」


「開けただけ。まだ何も取ってないよ」


 やがて二人は、遺跡の最深部と思われる円形の部屋へ辿り着いた。

 中央に黒い台座がある。

 その上には、両手で包めるほどの大きさの、水晶のような球体が浮かんでいた。


 半透明の表面には傷一つなく、内部では白い光が細い糸のように渦巻いている。

 その細い光は魔力に似た未知の力だと考えられているが、現代の人類には解明できていない。

 分かっているのは、この光こそが霧を生み出しているということだけだ。


「霧核だね」


 リオの声から、普段の軽さが僅かに消えた。

 オルドは台座へ近づき、球体と固定具を慎重に調べた。

 

 現代の技術では再現できないほど精密な加工。

 欠けもひびもなく、長い年月を経た今も正常に動き続けている。


 霧を発生させる中枢である以上、ここで破壊しなければ依頼は失敗だ。

 だが霧核は、極めて価値の高い古代魔道具でもあった。

 破壊せずに持ち帰れば、多くの研究者や収集家が欲しがる。

 正規の市場では扱えなくても、闇市にでも持ち込めばとてつもない値が付く。


「これを壊せば、霧が晴れる。報酬は一万一千レルだ」


 リオが霧核を覗き込む。


「もし持って帰って、売った場合は?」


 オルドは球体の状態をもう一度確認した。


「少なく見積もっても、三十万レル」


「……」


「……」


 二人の間に、遺跡へ入ってから最も長い沈黙が落ちた。


「取り外せそう?」


「固定具は外せそうだ」


「試す価値はあるね」


「ああ」


 オルドは長槍を台座へ立て掛け、四方の固定具を調べ始めた。

 順番に解除すれば、霧核そのものを傷付けずに外せる構造らしい。


 一つ目を外す。

 変化はない。

 二つ目を外すと、床の上を光の線が走った。


「今、そこが光った。反応してる」


「見えている」


 三つ目の留め具へ手を掛けた。

 金属が外れる小さな音が、円形の部屋へ響いた。

 次の瞬間、足元から低い振動が伝わった。


「言っておくけど、僕は何も触ってないよ」


「俺が触った」


「珍しいね」


 入口を塞ぐように、分厚い石扉が左右から閉じた。

 壁面に幾つもの赤い光が走る。まるで何かを警告するようだった。

 遺跡の奥から、重い駆動音が響き始める。

 

 オルドは固定具から手を離し、長槍を取った。

 リオも赤い銃を握り直す。

 霧核を持ち去ろうとした侵入者を排除するために、何かが長い眠りから目覚めようとしていた。


 重い音が、石壁に向かって激しく衝突する。

 三度目の衝撃で、扉の脇にある石壁へ太い亀裂が走った。

 

 崩れ落ちた石材の向こうから、巨大な金属の脚が突き出す。壁を押し崩しながら姿を現したのは、サソリに似た形の防衛機構だった。

 低く横に広い胴体を、六本の脚が支えている。全身を覆う黒い金属にはほとんど錆がない。


「古代人は、よほど霧を止められるのが嫌だったんだろうね」


 他人事のようにリオが呟く。

 露骨に顔を顰めてオルドは顎を上げ、装甲の向こうに伸びる長い尾を見据えた。


「これだけの技術を持ちながら、作るものがこれか」


「僕は格好いいと思うけど?」


「悪趣味だ」

 

 胴体の後方から伸びた太い尾が、天井近くまで持ち上がった。

 その先端にあるのは毒針ではない。

 幅広く、湾曲した刃だった。人間の首程度なら、抵抗もなく断ち切れそうな厚みと鋭さがある。

 サソリ型の機械は、瓦礫を踏み砕きながら部屋の中へ入ってきた。赤い光が胴体の奥で灯り、二人を侵入者として捉える。


「きっと霧核を壊せば、止まるんだろうね」


 リオが中央の台座へ一瞬だけ視線を向けた。


「奴を止める。霧核は傷付けさせるな」


「三十万レルだから?」


「当然だ」


「だよね」


 オルドは床を蹴った。

 サソリ型の機械が完全に部屋へ入り切る前に距離を詰め、胴体の正面へ槍を突き出す。

 穂先は狙い違わず装甲の隙間へ入った。

 

 だが、浅い傷を残しただけで弾かれた。

 衝撃が柄を通して腕へと伝わる。並の金属ではない。力任せに突いたところで、先に槍の方が傷む。

 

 頭上で空気が鳴った。

 持ち上がっていた尾が、ギロチンのような刃を振り下ろす。オルドは槍を引き、横へ跳んだ。

 刃が石床へ食い込み、重い音と共に大きな亀裂を刻む。受け切ることが出来ない重量であるのは明らかだった。


 その隙を狙い、リオが赤い銃を構えた。

 引き金が引かれる。

 また、乾いた作動音だけが響いた。


「あれ」


 オルドは横に払われる尾の刃を槍の柄で受け流しながら、低く告げた。


「ふざけてるなら殺すぞ」


「本気なんだけどな」


 調子を確かめるように、リオは銃を横から叩いていた。

 

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