第一話 壊せば報酬、持ち帰れば大金(1)
リオが構えた銃の先は、水晶のような球体へと向けられていた。
遺跡の最深部に据えられた台座の上で輝く、希少な古代魔道具の一つ。
もし持って帰って売り捌くことが出来れば、三十万レルは下らない。莫大な額が手に入る。
「リオ」
名前を呼んだ声は掠れていた。
「——待て」
制止の言葉が終わるより早く、引き金が引かれた。
銃口から放たれた青白い光弾が部屋を横切り、半透明の球体を撃ち抜く。
三十万レルの価値があったはずの古代魔道具が、甲高い音を立てて砕け散った。
*
「一万レルでは安すぎます」
オルドは冒険者ギルドの受付カウンターに広げられた依頼書を見下ろし、淡々と告げた。
「前人未踏の霧の中へ踏み込み、未知の遺跡を攻略し、その最深部にある古代魔道具を破壊する。これで、たった一万レルですか」
眼鏡の向こうで細められる瞳は、至って真剣だった。
対する受付職員の女性は地図の一点を指し、首を横に振る。
「前人未踏ではありません。調査隊が遺跡の入口まで到達しています」
「中へは?」
「入っていません」
「では、遺跡内部は前人未踏です」
「言い方を変えても、報酬は増えませんよ」
職員は依頼書の報酬欄を指でなぞった。
「遺跡の最深部にある『霧核』を破壊し、霧を晴らせば一万レル。相場に沿った金額です」
この世界の大半は、深い霧に覆われている。
人々が安全に暮らせるのは、霧の晴れた「晴域」と呼ばれる限られた土地だけだ。
霧の中へと挑み、失われた土地を人の手に取り戻す者達を、人々は冒険者と呼んだ。
その冒険者の一人であるオルドは、先程から冒険者ギルドを相手に、しつこく食い下がっていた。
「この街から目的地まで往復するだけで三日。食料と水、霧濃度計と携帯照明の魔力補充、武器が損傷した場合の修理費も必要です」
「必要経費を差し引いても、十分な報酬でしょう」
「安すぎます。俺達の命が計算に入っていません」
オルドは自らの命を盾に交渉を続ける。
目的はただ一つ。報酬金の増額だ。
だが職員も譲らない。迷う素振りもなく、淡々と口を開いた。
「あくまで、今回の依頼は『霧核』の破壊です」
霧核とは、古代遺跡の奥に残された、周辺の霧を生み出す古代魔道具のことだ。
世界を覆う霧は自然に生じているものではない。各地に存在する霧核が、今も霧を発生させ続けている。
霧核を破壊すれば、周囲の霧は晴れ、そこは新たな晴域となる。
人類にとっては、大きな一歩だ。
だが、トレジャーハンターであるオルドにとって重要なのは、その一歩にいくら支払われるかだった。
オルドは黙って依頼書を見つめた。
その沈黙を埋めるように、隣の椅子へ浅く腰掛けていた相棒のリオが、受付職員へ笑顔を向ける。
「せめて一万五千レルくらいにならない? 僕達が死んだら、ギルドも優秀な冒険者を二人失うことになるだろ?」
「自分で優秀と言う人を、私はあまり信用していません」
にべもない返答だった。
「お前は黙っていろ」
オルドがカウンターの下でリオの脚を蹴る。
だが、リオはごく自然な仕草で脚を組み替え、その蹴りを避けていた。
「僕なりに援護してるんだけどな」
「報酬を下げたいなら、その調子で続けろ」
リオは笑みを絶やさないまま肩を竦め、ようやく口を閉じた。
オルドは改めて受付職員へ向き直る。真剣な眼差しが、職員の姿を真っ直ぐに捉えた。
「一万四千レル」
「一万です」
「一万三千」
「変わりません」
「——残念です。では、他の冒険者へ回してください」
オルドは瞼を伏せ、依頼書から手を離した。
受付職員が眉を寄せる。
「本当に断るおつもりですか?」
「命を危険に晒してまで、赤字になる依頼を受ける理由がありません」
そう言い切り、話は終わりだと言わんばかりに椅子を引く。
受付職員が重い溜息を吐いた。
「遺跡内で発見した遺物の回収を許可します」
その言葉に、カウンターの上に置かれたオルドの指が僅かに跳ねる。
「但し、霧核の破壊後にのみです。遺跡内で発見した遺物を先に漁らないでください」
念を押すように職員は付け足した。
オルドは指先で眼鏡の位置を直しながら、口を開く。
「先に回収した方が、戦闘や崩落による損傷を防ぐことができ、効率的です」
「そう言って、以前は霧核へ到達する前に遺物を持ち帰り、売却しようとしましたね」
「でも、結果的には売ってないでしょ?」
リオが再び援護を試みるものの、職員からは冷ややかな視線が返った。
「幸い、買い手との交渉中に発覚したからです」
「結果として、売買は成立していません。全て、正しくギルドに提出しました」
一度浮かせた腰を下ろしながら、オルドが口を挟む。
だが、まだ契約成立には至っていない。
「もう一声」
頬杖をついたまま、リオが微笑んだ。
人好きのする、柔らかな笑顔だった。無駄に良い顔立ちが相手の目にどう映るかは、本人が一番よく知っている。
「ね、お願い。僕達なら、君が期待してる結果をちゃんと持って帰れるよ」
受付職員はしばらくオルドとリオを順に見つめ、やがて深く息を吐いた。
「……一万一千レル。それ以上は出せません」
「請け負いましょう」
オルドは即座に依頼書を引き寄せ、署名した。
「もう少し粘れたんじゃない?」
「お前が邪魔をしなければな」
そう言いながらオルドは横へと依頼書を滑らせた。
オルド・グレイ。
そう綴られた文字の下に、リオは自分の名を付け加えた。
リオ・ラヴィエールと。
「最後、僕が場を和ませたおかげで千レル増えたのに?」
受付職員が二人の間から依頼書を引き抜いた。
「全く和んでいません」
その声には僅かな疲労が滲んでいた。
*
翌朝、二人は街の東門を抜けた。
門の外にも、しばらくは畑や牧草地が続いている。
穏やかな晴域の風景だった。
青い空が見え、遠くの木々や街道を行く荷馬車の姿もはっきりと確認できる。
だが、東に進むにつれて景色の先に白い壁が現れた。
霧と晴域の境界だった。
風に流される薄い霧とは違い、それは地面から空までを埋め尽くしている。晴域を囲い込むように、濃い白色がどこまでも続いていた。
境界の手前で馬車を降り、オルドは荷物を確認した。
食料、水、携帯照明、霧濃度計、簡単な治療道具。どれもギルドに登録された冒険者だからこそ、優先的に補給を受けられる品だった。
オルドとリオは、正式に名を登録された冒険者である。
だが、二人とも人類の未来を切り拓くという役目には、大して興味を持っていなかった。
彼らが自らを呼ぶ時に使うのは、冒険者ではなくトレジャーハンターという言葉だ。
あくまで霧の中へ入る目的は、古代遺跡に眠る財宝や、価値の高い古代魔道具を持ち帰ること。
結果として霧が晴れるのは、ついでの話だった。
「準備は?」
リオが尋ねる。
オルドは鞄の肩紐を掛け直してから答えた。
「終わっている」
「僕もだよ」
オルドは、リオの腰へ視線を向けた。
見覚えのない赤い金属片が、ベルトに取り付けられている。
「それは何だ」
「新しい銃」
「いつ買った」
「昨日。君が食料を買ってる間にね」
「いくらだ」
「三百二十レル」
オルドはしばらく、その金属片を見つめた。
赤い塗装には金色の線が描かれ、端には小さな羽根の装飾まで付いている。
「返品しろ」
「まだ使ってもいないよ」
「使う前だから返品できる」
「中古品だから無理だろうね」
オルドは溜息を吐き、霧の方へ向き直った。
「入るぞ」
二人は白い境界を越えた。
数歩進んだだけで、背後にあった晴域の景色は霧の中へ消えた。
*
霧の中は、晴域よりも空気が冷たかった。
湿気を含んだ白い靄が髪や衣服へまとわりつく。足元の地面すら薄く霞み、数歩後ろを歩くリオの姿も輪郭がぼやけていた。
音の聞こえ方も安定しない。
靴底が小石を踏む音は妙に近く響く一方で、遠くから聞こえた獣の鳴き声は、どの方角から発せられたものか判別できなかった。
オルドは携帯用の霧濃度計を確認した。
針は小刻みに揺れているが、ギルドから渡された記録の範囲内に収まっている。
その揺らぎと方位魔道具の狂いを計算し、オルドは顔を上げた。
「進行方向を北東へ修正する」
「どっち?」
「お前が向いている方から右へ二十度だ」
「このくらいの角度かな?」
「そう思うなら、勝手にそっちへ進んでいけ」
リオはわざと真横に爪先を向けた後、笑いながら正しい方角へ向き直った。
霧の中では、方位を示す魔道具も正確には働かない。
目印となる岩や樹木も、少し離れればすぐに見えなくなる。
もっと霧が濃くなれば、頼りの霧濃度計でさえ誤差が大きくなり、進むべき方角も、帰る道すらも見失っていく。
霧の中とは、そういう場所だった。
オルドは手帳に道を記録する傍ら、地面の傾斜や風向きを確かめながら進んだ。
リオも勝手に脇道へ逸れることはなく、一定の距離を保って歩いていく。
普段の行動だけを見れば信用する理由などない男だが、音さえ信用出来なくなる霧の中で、オルドの指示を聞き間違えたことはなかった。
半日ほど進んだ頃、霧の向こうに黒い影が浮かんだ。
自然の岩壁ではない。
長い年月によって角は欠けていたが、未知の金属に縁取られた縁が、二人を招くように口を開けていた。
古代の時代に作られた、未知の遺跡の入口だった。
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あとがき
お読みいただきありがとうございます。
■お金について
通貨単位は「レル」
作中の金額感覚としては大体一レル=日本円で約百円を目安にしています。
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