第六話 導きの遺跡(1)
競売場で手に入れた古代の方位魔道具が指し示していた先には、半ば地面へ埋もれた古代遺跡があった。
霧に覆われた岩山の側面へ、黒い石造りの入口が口を開けている。周囲に建物らしい痕跡はなく、外から見ただけでは、そこに遺跡があることすら気付けなかっただろう。
方位魔道具の銀色の針は、入口を真っ直ぐに指している。
「ようやく着いたね」
「五日も掛かった」
「でも、迷わなかったよ」
「そうでないと困る。一万一千レルだぞ」
オルドは針の動きを確かめてから、遺跡へ足を踏み入れた。
内部は長い間閉ざされていたらしく、冷えた空気が淀んでいた。携帯照明の光を向けると、壁と床には薄く埃が積もり、二人以外の足跡は見当たらない。
しばらく一本道を進むと、通路の先が小さく開けた。
正面の壁には、円形の穴が空いている。
深さは浅く、縁には細かな古代文字が刻まれていた。
「何か嵌める場所かな」
リオが覗き込む。
オルドは穴に方位魔道具を翳した。
円形の器具と壁の穴は、形も大きさもほとんど同じだった。近付けると、内部の白い光が強く脈打つ。
「なるほど。これを入れろってことみたいだね」
「罠の可能性もある」
そう答えながらも、他に取るべき手段も、道もない。
オルドは方位魔道具を穴へ押し込んだ。
僅かな抵抗の後、器具は隙間なく壁へ収まる。
銀色の針が勢いよく回転を始めた。
「動いたね」
「ああ」
壁の古代文字が白く輝き出す。
それは直後に目も開けられないほどの輝きに変わった。
オルドが異変に気付き、方位魔道具へ手を伸ばす。だが、指先が届くより早く、穴から放たれた光が周囲を白く塗り潰した。
最後に見えたのは、方位魔道具が白い光へ溶け、そのまま跡形もなく消える瞬間だった。
「——っ!」
咄嗟に目元を腕で覆い、目を閉じた。
足元が僅かに沈み、石の擦れる重い音が響く。
「……おい」
目を開けられないまま口を開いた。
返事はない。
「リオ」
もう一度呼んだが、やはり声は返らなかった。
白い光が薄れる。
ゆっくりと瞼を開くと、目の前には先ほどまでとは異なる石壁があった。
身体を横へ向けるだけで、肩が壁へ触れる。
両腕を広げる余裕もない、細い通路だった。
隣にも、後ろにも、リオの姿はない。
上下左右、そして前後を順に確認するのにそう時間もかからない狭さだった。
「面倒な仕掛けだ」
オルドは小さく息を吐き、胸元のネクタイピンを外した。
銀の長槍を展開する。
だが穂先を傾けるだけで、柄の後端が壁へ当たった。横薙ぎに振るうことは出来ず、少し道が曲がれば突きさえも十分な間合いを取れない。
無意識に普段よりも遅い速度で、慎重に進む。
通路の奥から、金属が擦れる音が聞こえた。
「待て。この先に——」
言いかけて、口を閉ざす。
いつもなら後ろにいる相手へ、注意を促すための言葉だった。
だが今は、背後から聞こえる足音はない。
オルドは眼鏡の位置を直し、一人で通路の先へ足を進めた。
直後、硬い音が足元で弾けた。
石床へ、細い矢が突き刺さっている。
オルドはすぐに壁へ身体を寄せた。壁に当たった槍が小さく鳴る。
二本目の矢が肩口を掠め、黒いコートの表面を浅く裂く。
通路の奥に、人影が立っていた。
人間と同じほどの背丈を持つ機械人形だった。
細長い金属製の胴体と、節の目立つ手足。片腕には弓に似た武器が取り付けられている。
機械人形が腕を上げた。
弓の中央に赤い光が集まり、新たな矢が形成される。
距離を取って攻撃してくる敵。
一方で、こちらは長槍を満足に振るえない狭い通路。
普段なら後方から撃ち返すリオもいない。
オルドは迫る矢を槍の柄で弾き、露骨に舌打ちを漏らした。
*
白い光が消えた時、リオはすぐに隣へ顔を向けた。
オルドの姿を見失う寸前に手を伸ばしていたはずだが、その指の先にオルドはいなかった。
方位魔道具が嵌まっていた壁も消え、代わりに薄暗い通路が奥へ延びている。
「オルド?」
呼んでみたが、返事はなかった。
僅かに靴底を擦った音が、やけに大きく響いた気がした。
「手でも繋いでおけばよかったかな」
冗談めかして呟く。
もちろん、それに呆れる声も返ってこない。
リオは腕に巻いていた留め具を外し、弓を展開した。
矢を一本番えたまま、通路を進む。
だが、敵の姿も罠もなかった。
やがて辿り着いた先には、天井の高い円形の部屋が広がっていた。
正面には、壁の大半を占めるほどの巨大な石板がある。
石板の表面には、細い溝が複雑に刻まれていた。
枝分かれした線と大小の四角形が繋がり、その上に幾つもの小さな光が灯っている。
「何だろう、これ」
弓を床に置いて近付いてみても、見たことのない模様があるばかりだった。
模様の意味も、光が何を示しているのかも分からなかった。
「オルドなら、すぐに分かるんだろうな」
石板の前で腕を組む。
だが、答えを導き出せる人物はここにいない。
リオは部屋の中を調べた。
他に扉らしいものはなく、入ってきた通路も行き止まりだ。
しばらく待っていると、石板の上で一つの白い光が動いていることに気が付いた。
細い線に沿い、ゆっくりと隣の区画へ移っていく。
少し離れた場所では、赤い点が一つ灯った。
白い光と赤い点が近付く。
二つが重なった直後、赤い点が消える。
「……なるほど」
リオは石板へ顔を近づけた。
白い光は再び動き始めている。
進んでは止まり、時折後ろへ下がる。その周囲へ赤い点が現れ、しばらくすると一つずつ消えていった。
「これ、オルドか」
石板に刻まれた模様は、遺跡内部の地図。
動く白い光がオルドで、赤い点は機械人形なのだろう。
そう考えれば、動き方にも納得がいった。
「苦労してるみたいだね」
返事がないと分かっていても、つい話しかける。
オルドを示す光は、細い通路を少しずつ進んでいた。
その先には、さらに複数の赤い点が灯っている。
石板を何気なく撫でると、一部の四角い区画が僅かに沈んだ。
押すことが出来るらしい。
近くの線へ指を置いて横へ滑らせると、石の部品が溝に沿って僅かに動いた。
「道を変えられるのかな」
この石板を操作すれば、壁や扉を動かせるかもしれない。
だが、リオはすぐには触れなかった。
以前、酒場で同席した冒険者から聞いた話を思い出す。
古代遺跡で、仲間の一人が壁の仕掛けへ触れた。
直後、別の場所を進んでいた冒険者の足元が崩れ、そのまま深い穴へ消えた。
落ちた者は、最後まで見つからなかったという。
地図と実際の通路が繋がっているなら、適当に動かせばオルドの立つ床を消す可能性もある。
「これは僕向きじゃないな」
すぐに手を離して肩を竦め、触れずに待つ。
オルドの光は、細い通路の先へ辿り着いた。
そこで動きを止める。
どうやら行き止まりらしい。
少し戻り、また前へ進む。同じ場所で止まり、今度は左右へ小さく動いた。
迷っている。
その前方に、赤い点が一つ灯った。
続いて二つ、三つ。
さらに奥から、数え切れないほどの赤い光が現れる。
細い通路を埋めるように、白い光へ近付いていた。
リオが癖のように普段浮かべている笑みは、いつの間にか消え去っていた。
僅かに眉根が寄る。
「……待ってても、良くはならないか」
リオは石板へ手を置いた。
冷えた指先を一度握り、それから石板を撫でていく。
赤い点の集まっている区画を避けられるよう、隣接する線を動かそうとする。
だが部品は途中で止まり、それ以上進まない。
別の四角を押す。
石板の奥で何かが噛み合う音がした。
地図の一部が僅かに沈む。
その瞬間、赤い点が一斉に消えた。
リオは目を瞬いた。
「全部倒した……わけじゃなさそうだね」
白い光は残っている。
何かに驚いたように後ろへ動いたものの、消えてはいない。
敵のいた場所だけ床が抜けたのだろう。
オルドも近くにいたはずだが、巻き込まれずに済んだらしい。
「上手くいった」
リオは小さく笑った。
動かせる線と、押せる区画を一つずつ確かめる。
白い光の先にある行き止まりを避け、別の通路へ繋がるように石板を操作した。
遠くで、重い石壁が動く音が響く。
オルドの光が止まった。
少しの間を置いて、新しく開いた線の上を進み始める。
「分かってくれたみたいだね」
次の区画には赤い点が二つあった。
リオが別の部分を押すと、一つは壁の向こうへ隔離された。
もう一つはオルドの光へ近づき、すぐに消えた。
その後も、白い光の動きに合わせて石板を操作した。
扉を開き、行き止まりを繋ぎ、敵が集まれば別の通路へ落とす。
一度、動かした区画が予想とは逆の方向へ滑った。
石板の上で白い光が急に後ろへ下がる。
「……今のは違ったかも」
白い光は消えていない。
リオはひとまず安心して、別の線を動かした。
やがて、オルドの光は石板の中央に描かれた大きな部屋へ近づいた。
リオが最後の区画を押す。
右手の壁から低い音が響き、石材が横へ滑った。
現れた通路の奥から、銀の穂先が覗く。
続いて、オルドが姿を現した。
コートの肩は浅く裂け、頬には細い傷が走っている。
袖にも幾つか矢が掠めた跡があったが、歩き方に異常はなく、重い傷は負っていないようだった。
リオは笑顔で迎えた。
「おかえり」
「遅い」
「助けてあげたつもりなんだけど」
「目の前で天井が落ちてきた」
「そうだったの?」
オルドは無言でリオを睨んだ。
「でも、無事だっただろ?」
「俺が避けたからな」
「それなら成功だね」
「どこがだ」
オルドは溜息を吐き、巨大な石板へ目を向けた。
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