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第六話 導きの遺跡(2)


 オルドは巨大な石板に描かれた複雑に枝分かれした線と、幾つもの区画を一通り眺める。


「遺跡内部の構造図か」


「やっぱり、すぐ分かるんだね」


「次はもう少し上手くやれ」


「無事にここまで来られたんだから、十分上手かったと思うけど」


 オルドは答えず、開いた通路へ足を向けた。

 リオもその後を追う。

 石板の部屋から先には、敵も罠も現れず、足音だけが静かに響いた。

 通路を進むにつれ、壁や床に積もる埃が薄くなっていく。やがて正面にあった石扉が、二人の接近に反応して静かに左右へ開いた。


 その先には、展示室のような部屋が広がっていた。

 壁際には低い台が並び、いくつかの古代魔道具が置かれたままになっていた。

 どれも埃を被ってはいるものの、目立った破損はない。


 部屋の中央には、他より一段高い台座があった。

 その上に置かれているのは、白い長銃だった。

 細身の銃身には継ぎ目がどこにもなく、側面には青い線が幾重にも走っている。

 現代の銃は魔力を溜めた魔石を嵌め、それを弾に変換して撃ち出す。だが、目の前の銃には肝心の魔石を嵌める場所は見当たらなかった。


「これは期待出来るかもね」


 リオが嬉しそうに周囲を見回す。


「保存状態のいい物が、これだけ残ってる」


「ああ」


 オルドは台座へ近づき、白い長銃を覗き込んだ。

 だが、金になる品を前にした時にしては、表情が僅かに渋い。


「嬉しくないの?」


 リオが問うと、オルドは面倒そうに短く息を吐いた。


「古代の武器は、ギルドを通すより個人へ売った方が高値になりやすい。だが、買い手は限られる。相手次第で値段の差も大きい」


「高く買ってくれる人を探せばいいだろ?」


「探す時間と、持ち運ぶ危険を考えろ。武器は収集品より管理が面倒だ」


「ふうん」


 リオは話を聞きながら、何気なく白い長銃へ手を伸ばした。


「勝手に触るな」


 指先が銃身へ触れるのと、オルドの溜息混じりの制止はほぼ同時だった。

 白い銃身に刻まれた線が、一斉に青く輝く。


「何、これ——」


 光が銃から伸び、リオの指へ絡みついた。

 手を離そうとしたが、指先が銃身へ貼り付いたように動かない。


 次の瞬間、足元が大きく揺れた。

 目眩だった。

 部屋全体が傾いたように感じ、身体から急速に力が抜けていく。


「リオ」


 膝が床へ着く前に、オルドが腕を掴んだ。

 片腕で身体を支えながら、もう一方の手でリオの指先と銃身の間を確かめる。

 古代遺跡には、毒を仕込んだ罠も少なくない。確認しようにも、青い光がリオの腕へ絡みつき、銃から引き剥がすことさえ出来なかった。

 オルドの表情が険しく歪む。


「何が起きてる」


「わ、からない。力が、抜ける……」


 声を出すだけで息が切れた。

 額に冷たい汗が滲み、指先が小さく震える。

 

 銃身が淡く光を宿す。

 それは魔力が充填された際の魔石の輝きによく似ていた。


「……恐らく、魔力の吸収だ」

 

 オルドが低く呟いた。

 普通の人間も、体内に僅かな魔力を持っている。

 それを自ら引き出して魔法として扱えるのは、生まれつき才能を持つ魔法使いだけだ。

 ほとんどの人間は自らの魔力などないものとして生きている。

 だが、銃から伸びた青い光は、リオの内側にある魔力を強引に吸い上げていた。


 オルドは銃を台座から引き離そうとした。

 だが白い長銃は微動だにせず、青い光だけがリオの腕を這い上がっていく。


「手を離せるか」


「無理、みたいだね」


「笑っている場合か」


「笑ってないよ」


 実際、いつもの笑みを浮かべる余裕はなかった。

 視界が目まぐるしく明滅する。

 青い光が肘の近くまで達したところで、突然流れが止まった。

 絡みついていた光が袖の中へと吸い込まれる。


 白い長銃も、音もなく台座から消えた。

 魔力を吸い取られる感覚が途切れ、リオは大きく息を吐いた。

 オルドに支えられたまま、床へ腰を下ろす。


「気分は」


「まだ床が回ってる。……すぐ立つのは無理かな」


「手は動くか」


 リオは指を曲げ、拳を作った。


「動くよ」


 袖の下に青い光が残っている。

 布を捲ると、手首から肘へかけて、細い線で描かれた紋様が浮かんでいた。白い長銃の側面に刻まれていたものと同じ形だ。


「これ、何だろう」


「触るな」


 忠告を聞くより早く、リオは紋様へ指を置いた。

 すぐ隣で、オルドが僅かに苛立った気配がした。


 青い光が腕から溢れ、掌の中で形を作る。

 消えたはずの白い長銃が、再び姿を現した。


「あっ、出てきた」


 消えるところを想像すると、長銃は青い光へ変わり、再び紋様の中へ吸い込まれた。


「僕の意思で出し入れ出来るみたいだね」


「この武器の所有者として登録されたということか?」


「便利だ」


「売れなくなった」


 オルドの声が低くなる。


「あれだけ勝手に触るなと言っただろ」


 リオは紋様の残る手で頬を掻いた。


「触っただけで僕のものになるとは思わなかったよ」


「古代魔道具だ。何が起きるか分からないから触るなと言っている」


「でも、僕専用の武器になったんだろ?」


「売却予定の品を勝手に自分の物にしただけだ」


 オルドはリオの顔色を確かめるように見下ろしていた。

 先ほどまで身体を支えていた手も、まだ腕から離れていない。


「心配した?」


「そんな話はしていない。高額で売れる可能性があった品を失ったことを問題にしている」


「そういうことにしておくよ」


 リオは壁へ手をつき、ゆっくりと立ち上がった。

 目眩は残っていたが、先ほどよりは軽くなっている。

 腕の紋様へ触れ、再び白い長銃を呼び出す。


「何をする」


「ちゃんと撃てるか試してみる」

 

 リオは部屋の奥にある石壁へ銃口を向けた。

 引き金へ指を掛けると、青い線が強く輝く。


 銃身の周囲へ白い光が集まった。

 引き金を引く。

 轟音と共に、白い閃光が一直線に走った。

 厚い石壁へ激突し、岩を砕きながら向こう側まで貫通する。


 部屋全体が震え、天井から細かな砂が降った。

 壁には、人が屈めば通れそうなほど大きな穴が空いていた。


「すごいね」


 リオは嬉しそうに銃口を上げた。

 直後、膝から力が抜けた。

 オルドが襟を掴み、床へ倒れる前に引き留める。


「また……目が回る」


「当然だ」


 この長銃には魔石がない。

 先ほどの一撃も、リオ自身の体内に残っていた魔力を使って放たれたのだ。


「普段は使うな」


 オルドが銃を消すよう促した。


「一発撃つ度に動けなくなる武器など、使い物にならない」


「威力はすごかったよ」


「死にかけてからでは遅い」


 リオは腕の紋様へ触れ、白い長銃を消した。


「分かった。そうする」


 壁へ背を預けたまま、いつもの笑みを浮かべる。

 オルドは何も答えず、周囲の台へ向かった。


 リオが動けるようになるまでの間に、残された古代魔道具を一つずつ調べていく。

 どれも目立った傷はなく、中には魔力を残した物も存在した。

 使い道の分からない物もあったが、表面の細工だけでも収集品として価値がありそうだった。

 オルドは一つずつ布で包み、丁寧に鞄へ収めていく。


「どう?」


「どれも保存状態はいい」


「銃が売れなくなった分は?」


「それを含めても、十分な利益になる」


「良かった」


「良くない。本来金になるはずだったものだ」


 しばらく休むと、リオの顔色も戻り始めた。

 壁から背を離し、数歩歩いてみる。多少ふらついたものの、一人で進める程度には回復していた。


「もう平気だよ」


「次に勝手に触ったら、遺跡へ置いていく」


「分かったよ、もうしない。今日は」


「いつもそうしろ」


 二人は回収した魔道具を持ち、保管室を後にした。

 白い長銃があった台座だけが、何もない中央へ静かに残されていた。


お読みいただきありがとうございます。

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