第9話 ヒイロ
「……? 誰だ?」
寮長の部屋から出てきたのは、厳つい顔のデカい男だ。
かなりの筋肉質だが、ガタイ自体はそこまで大きくはない。
無駄なく鍛え上げられた上質な筋肉だ。
努力の天才だろう。
……何故かパンツ一枚だが。
「今日から寮に移る事になったヴィクトールだ。私の部屋は何処だ?」
そう聞くと、その大きな口を開けて驚愕された。
「あぁ!? アンタがあの満点合格の超天才か! セカンド教官が珍しくべた褒めしてたからよく覚えてるぜぇ」
とにかく声がデカいし、汗臭い。
それと、セカンド教官?
編入試験のあの教官だろうか。
それに、何故かパンツ一枚だ。
あまりにも気になって二度見してしまった。
「アンタの部屋は四階の……アイツとの相部屋だな。アンタなら大丈夫だと思うが、手を出すなよ。ホレ、鍵はこれだ」
そう言うと、これまた古びた鍵を渡された。
アイツとの相部屋?
相部屋な事は構わんが、そんな有名人なのか?
それとも、コイツと同類の変人か?
「助かる。それで、アイツとは何だ?」
「行きゃ分かるぜ。悪いヤツじゃない。部屋番号は鍵に刻んであるから目印にしろ」
4ーD
鍵にはそう刻んである。
「俺は第一学生寮の寮長を任されてる、高等部三年のガッシュだ。ここでは身分の差は無い。皇族だろうが平民だろうが、卒業するまでは同じ学び舎の生徒だ。忘れんじゃねえぞ」
なるほど。
それは願ってもないな。
もし誰も彼もが皇族だ、皇子だ、などと持て囃してきたら面倒な事になっていただろう。
私の魔術の深淵を見たいという目的から逸れる可能性もあった。
「望むところだ。つまり、ナメられないようにすればいいという事だろう」
「いや、そういう訳でもねえんだけど……」
困った顔をするガッシュ。
なんだ、違うのか?
副学院長のアリシアは言っていたぞ。
己の手足が帝国に利する事を証明しろと。
ならば、それを証明し続けるだけだ。
皇族の義務など知ったことでは無い。
「まぁイイか。んじゃあ筋トレに戻るわ! 頑張れよ、ヴィクトール。何かあれば俺と、俺の上腕三頭筋を頼れ」
何だ、筋肉トレーニングの最中だったのか。
いや、だからと言ってパンツ一枚でドアを開けるのはどうかと思うが。
仮にも私は皇族だぞ……?
恥とか無いのか?
……まぁ、いい。
「あぁ、頼りにさせてもらおう」
ガッシュはここの寮の事を『第一学生寮』と呼んでいた。
つまり、学生寮も複数あるのだろう。
そして、第一という名前。
学生寮にも格差があるのか?
もし何らかの格差があるとすれば、この第一学生寮が頂点になるだろう。それはこの学院の名前から考えても当然の事だ。
そして、その頂点の寮長を任されているという事実。
このガッシュも見た目通りでは無い何かがあるのだろう。
パンツ一枚のままドアを閉められ、まるで取り残されたように感じる。
「……行くか」
アイツと呼ばれる、未だ知らぬ誰かとの出会いはあるだろう。
願わくば、それが良縁であることを祈る。
◇◇
4-Dという部屋はすぐに見つかった。
一応ノックをするべきか?
コンコン、と指で軽い音を立てて待つ。
「……どうぞ」
やけに小さい声で返事が聞こえた。
ガチャッと古びたドアを開け部屋を見渡す。
そこには茶髪の少年と呼ぶべき男子がいた。
挨拶は先手が重要である。
ファーストインプレッションに直接関係するからだ。
「これからこの部屋の相方になるヴィクトールだ。世話になる」
そう言うと茶髪の少年は目を見開き、刹那の間だけ私を観察した。
(何だ?)
その後、何事も無かったかのように「よろしく」とだけ答えた。
……それだけか?
「あぁよろしく。一応この帝国の第三皇子をやっているが、あまり気にするな。この学院では身分の差は無いと聞いた。敬語も勿論、遜る事など必要無い」
今はまだ、な。
「分かった」
…………。
「お前の名は?」
「……ヒイロ」
あまりにも会話が少な過ぎる。
こういう相手はいくつか見た事があるが、こやつがそれに該当するのかどうか見分けがつかん。
よくあるのは、自分を知られたくないから殻に閉じこもって何も話さないタイプだ。
これは簡単、支配するか籠絡すればいい。
もう一つは、興味が無いパターン。
何を話してももう二度と関係が無くなる相手に愛想を良くしても仕方が無い。そう思う人間も今まで何人も見てきた。
だがこやつはそのどれとも異なる気がしている。
「……ヒイロ。お前、考え事が多いか?」
「!!」
勢い良く頭を縦にブンブンと振る。
そうか、コイツは今までほとんど出会わなかったタイプだ。
考えている事が多過ぎる。
それも常人のレベルじゃない。
私を一瞬だけ観察しただけで終わったのは、興味を失ったからでも、何となく見たからでもない。
その一瞬で全てを理解したからだろう。
「……私の事をどう思った? 正直に言ってみろ」
「いいの?」
いいとも。
私は首を縦に振る。
「帝国の血に誓って罰を与えることはしない」
私の勘が当たっていれば……コイツは大当たりだ。
「ヴィクトール、君はオリジナルの魔術の使い手だね? それも、とびきり強烈」
ッ!!
「何故、そう思った?」
「……その尊大な言葉遣いは誇大された自信。一瞬そう思った、でも違う。編入試験という高難易度の試験を満点で突破した、恐らくこれはコネじゃない。本物の実力。何故なら第一皇子ギルバート様は優秀程度の成績で収まってるから。コネを使うなら最初から使ってる。だからズルじゃなく、本物の実力。編入試験は魔術の実戦試験もある。これも満点。教官はセカンド教官。お金や権力に靡く人じゃない。だから、その自信は誇大されたものじゃなく、能力相応の自信を持っているだけ」
うむ。
それは当然の事だ。
考えれば誰でも分かる。
「ガッシュ先輩の驚く声が四階まで聞こえてた。あの人はあんまりモノを知らないのに、君の事は知ってるって事。有名人。すぐに第三皇子だって分かった。年齢も一緒だし、試験の件も知ってるから。部屋に入ってすぐ、君は部屋の内部を確認したね。僕の事をガッシュ先輩から聞いたはずなのに、部屋にいる僕よりも先に部屋を確認するのは臆病だから。いや……警戒してるから。皇子にしては小心者」
言うではないか……。
「警戒する理由は僕の事を中途半端に聞いたから。戦闘勘があるね。戦闘のセンスも経験もある。もしくは、天性の才能がある。でも多分、天才なんじゃなくて努力によるもの。重心の置き方、癖がある。右足にも左足にも余計な力が入ってない、いつでも身体強化術式を展開できるようにしてる。これは才能じゃ手に入らない。バランス感覚も鋭敏」
ディルックとの戦闘は、確かに私に良い影響を与えているだろう。
昔はこきおろしていたが、奴はそこそこ強かった。
「そのどっしりと構えた重い重心、もしかして身体強化術式に手を加えてる? だとしたら天才でもある。それに、第三皇子は引きこもりって言われてた。あの言葉は嫉妬だけれど、研究してるって噂は巷に流れてた。もし努力の天才としての側面が本物なら、オリジナルの魔術の開発をしてたと考えるのが妥当。僕ならそうする。編入試験が満点という事は、随分前から中等教育を修了してた証拠。余ってた時間でオリジナル魔術を完成させて、編入試験で披露した? しかも、かなり強烈なもの。だからセカンド教官は満点を与えてる」
大正解。
勿論、正解なのは私の方だ。
こいつは大当たり。
恐らく、これをやり過ぎて同居人に気味悪がられたのだろう。
それに気づいたヒイロは、喋らなくなってしまった。
ヒイロが話さなくなったのは、考え過ぎてるからじゃない。
全くの逆。
喋り過ぎたからだ。
この一瞬で、前提知識を組み合わせて私がオリジナル術式を開発した事まで言い当てた。
「あと貴方から感じるのは冷たくて乾いた瞳。何でも知ってるのに、何にも手に入らなかった人の瞳。まるで遊び尽くした成金の人みたい。やることが無くなって、死んじゃう人。自信たっぷりなのに、そんな顔してる。だから目を見ちゃった」
……。
「ヒイロ。お前、大陸の支配に興味は無いか?」
私はヒイロを口説く事にした。




