第10話 食事
「大陸の……支配?」
首をコテっと横に倒したヒイロ。
まぁ、困惑するだろう。
だが、こやつは必ず手駒にする。
これは決定だ。
「あぁ。私の大目標だ。中目標は、その過程で魔術の造詣を深めること。学院での目的は、お前のような原石を掘り当てるためだ」
そう、原石。
まだこやつは完成していない。
勿論、そのプロファイリング能力は一級品だ。
だが、どうにも内気過ぎる。他人に嫌われた程度で口を閉ざしてしまうのはいただけない。
「……本気で言ってるね。本気で、大陸を支配できると思ってる。おかしいな。既に出来ると確信してる顔だよ。あまりにも傲慢で……」
「傲慢で結構。私の能力があれば可能な事だ。ヒイロ、お前には共にその景色を見てもらう。面白いと思わないか?」
ヒイロは怪訝な顔で私を覗き込む。
「今までお前を表面だけで見てたくだらない奴らを、私の庇護の元に全てを曝け出す。お前はただ、思ったことを私に話すだけでいい。それだけで、いつの間にかこの大陸の覇権を取るだろう」
ヒイロは緊張した様子でこちらを一歩引いて見てる。
「お前に足りないものは自信だ。そんな物はクソだ。犬にでも食わせてしまえばいい。見たくはないか? 全ての国が自分の手によって動かせる全能感。そして、覇者たる光景を」
本気で言っているのが伝わっていく。
私の傲慢が、欲望が伝播していく。
「ヒイロ、お前には才能がある。私と共に来い。お前ですら考えが及ばない本物を見せてやろう」
「ぼ、僕は……」
こやつが帝国の王族として生まれていれば、その才能を父上は認めていただろう。
だが、同時に見られたくないものも知られてしまう。
秘匿するものが多い貴族ほど、その能力は疎ましいものだ。
だからこそ、私の後ろ盾があればこれ以上無く光る。
「今決断しろ。断っても何も無いが、お前は一生そのままだ。内気で、頭の中だけで全てが終わり、他人に理解される瞬間など二度と訪れない。お前がそれを望むならそれでもいい。だが、私はそんなものは否定する。磨かぬ原石に価値など無い」
おもむろに、ヒイロは口を開く。
「……怖い、怖いんだ」
「どうした。何が怖い?」
俯き、目を合わせようとしない。
私の事を恐れているか?
それとも……。
「このままの自分でいる事が、とても怖かった」
!!
素晴らしい。最高だ。
「君の言う通りだよ。今後一生、なるべく喋らないように、目立たないように過ごすしか無いと思ってた。でも、僕はそんなの嫌だ。怖いんだ、二度と本心を話せなくなる事が怖かった」
こやつは、殻を破った。
「君の後ろにいてもいいの? 君の言う大陸の支配に、僕は邪魔にならない? 自慢じゃないけれど、僕はうるさいよ?」
「構わんと言ってるだろう。逆なのだ。お前は話しているだけでいい。それだけで、お前の望む全てを手に入れているだろう」
それと、一つ間違えている事がある。
「ヒイロ、お前は私の後ろにいるんじゃない。その奥手な性格も大概にしておけ」
「えっでも……」
「お前の居場所は、私の隣だ。勘違いするな」
そう言うと、ヒイロは目をパチクリとした後、嬉しそうに微笑んだ。
「わ、分かった! ヴィクトールはカッコイイね!」
こやつが犬だったなら尻尾が振れているだろう。
嬉しいと顔中に書いてある。
「それと、あの、ヴィクトール……あの、さ」
何だ?
何かを伝えようとしている。
こやつにとっては勇気が必要な事だろう。
もじもじと指同士を擦り合わせている。
全く男らしくない。
線の細い美麗な顔が顔を赤らめていると、もはや細身の女のようだ。
「早く言え」
「わ、分かってるよぅ! あの……学院にいる間だけでもいいから、ヴィクティーって。そう、呼んでもいい、かな?」
ヴィ、ヴィクティー?
こ、この私にあだ名か?
「思ったより度胸があるじゃないか……」
「ご、ごめんなさい! やっぱりいいです!」
何を謝る事がある。
子供が私にあだ名を付けるなど、人生で一度も起きなかった奇跡だ。
もしや、そんな事まで見抜かれ、あえてあだ名を作ったんじゃないだろうな?
「……もちろん否定はしない。好きに呼べばいい。現時点でお前は私の片腕だ。私の一部でもある。拒否などしない」
「ほ、本当に!? 僕、嬉しいよ! ヴィクティーありがとう!」
……意外と感情表現が多いな。
◇◇
それから昼になったため、私はヒイロを連れて食堂へ向かった。
ヒイロは私にくっついて回っている。
聞けば初等部からずっと学院で寮生活らしい。
大きな休みの間でしか両親に会えていないのも、殻に閉じこもってしまった理由の一端だろう。
可哀想とは思わん。
その程度の事で閉じこもってしまう己の弱さに内省すればいい。
だが、ヒイロには唯一無二の特技がある。
そして、それは私の隣にいる事で最大限効果を発揮する。
それだけで、ヒイロの価値が大幅に上回る。
「あらヴィクトール様、ご機嫌よう。こんな所で会うとは奇遇ですね。共に食事を摂りましょう」
完全に私を待ち伏せしていたリズベットだ。
腹が減っているだろうに、態々私を待っているとは気狂いを疑ってしまう。
「あら? その子は……」
「こやつはヒイロ。私の片腕だ」
「かっ……片腕ですか!?」
大層驚いた様子だ。
なんだ?元から知っていたのか?
リズベットも初等部から第一学院に通っている。元々知っていてもおかしくはない、か。
「僭越ながら、その子はまともに人と喋りません。ヴィクトール様のお役に立てるかどうかは議論の余地があるかと思いますが」
リズベットが残酷に告げると、ヒイロは一歩後ろに引いて私の後ろに隠れてしまう。
全く。
そんなだからある事無いこと言われるのだ。
「ヒイロは、人には無い素晴らしい特技がある。リズベット、人には珍しい特技を持つ者が多いぞ。適材適所という言葉もある。全て自分が上回っているなどという傲慢は切り捨てろ。甘さを捨てられぬのならお前もいらん」
「……失礼しました」
この時代の特徴だが、一度見限られると這い上がるのが大変難しいという欠点がある。
それに、見限るのは同じ学院の仲間だ。
つまり、人生経験の浅い者達。
これではヒイロも報われないだろう。
だからこそ、私が拾えた訳だが。
この無能共には感謝する他ない。
「ヴィクティー……ありがとう」
「ヴィクティー!? ま、ま、まさかヴィクトール様のあだ名、ですか……?」
……こやつは反応が過剰過ぎる。
「やかましい。私は食事を摂る。黙ってろ」
私は静かに食事を摂りたい。
食事はいい。
前世でも数少ない娯楽の一つが食事だった。
私の食事を邪魔する者は、遠慮なく蹴落とした。
「そんな訳にはいきません! ええ、聞き逃しませんとも! 私には終ぞ許してくれなかった呼び名の変更を、なぜこのような者に!」
やかましい。
私がうんざりしていると、外から声をかけてくる存在が来た。
「ごきげんようリズベット嬢。どうしたのですか、何やら大きな声を出していましたが」
何だ次から次へと。
私とヒイロは全てを無視して席に座り、食堂のメニューを確認する。
第一学院の食堂は一日三食まで無料だ。
それ以上は高級飲食店程度の金を取られるが、まぁ普通に食べれば十分な量を貰えるだろう。
「ごきげんようエリック。紹介するわ。こちら私の婚約者、ヴィクトール第三皇子殿下よ」
「こ、これは失礼しました。私はシュプレル侯爵家の長子、エリック・シュプレルと申します。殿下のお噂はリズベット様よりかねがね……」
…………。
我慢ならん。
「黙れ」
私は極小の真空術式を使用した。
「ぐぅ! な、何が……」
跪くように膝をついたエリックは困惑している。
こやつの周りだけ気圧を下げた。
今エリックには頭痛や吐き気が襲っているだろう。
「リズベット、貴様。私の言うことを聞けなかったのか? 私は、黙っていろと言ったつもりだが」
「も、申し訳ございません」
そして、気になるな。
この学院は身分の差など無いと聞いたぞ。
エリックとやらの語り口、とても気になる。
「ヒイロ、このエリックの事について全て話せ。これは命令だ」




