第11話 命令
命令。
この世界に来て、初めて命令したか。
別になんて事は無いのだが、初の命令がヒイロ相手になるとは、らしいと言えるな。
「え? えーっと……」
ヒイロは突然のフリに困惑している。
「遠慮するな。二度言わす気か?」
「ご、ごめん」
全く。
エリックは顔面を蒼白にしたまま跪いている。
大層具合が悪いのだろう。
すまないが治療は後だ。
「エ、エリック君は、リズベットさんの仲間で、リズベットさんは黒、だね」
「えっ」
リズベットは目を点にして呆けた。
……黒。
それはつまり、リズベットは帝国側という事だ。
リズベットの忠誠は帝国にある。
私のモノにはなっていない。
「く、黒って……?」
「どうしてそう思った?」
リズベットの言葉を遮り、私は聞いた。
ヒイロは覚悟を決めたように一呼吸置いて、口を開く。
「……エリック君もリズベットさんも僕はあまり知らないけれど、今の会話から考えるとそう思うよ。エリック君は自己紹介の時、名前より先に家名を答えたね。つまり、家格を気にしている。貴族意識が強く、権力構造に弱い。でも、黙って食事をしているヴィクティーに遠慮せず、躊躇も無く無理に入って挨拶をした。皇族なのに。引きこもりの噂を聞いて、ヴィクティーをそこそこ下に見てる証拠」
さもありなん。
エリックの顔色は蒼白を通り越して、真っ白になってしまっている。
「もしかしたらエリック君はヴィクティーのお兄さんと繋がりがあるのかも。後ろ盾があるから、第三皇子相手でも強気でいられる。後ろ盾ならディルック皇子ってよりはギルバート皇子だろうね。ヴィクティーがリズベットさんと婚約してるのは有名。リズベットさんを食堂で見つけて、ヴィクティーがいるって分かってて近づいたはず。功を焦ったね」
流石だ、ヒイロ。
エリックはもう無視してもいいだろう。
「リズベットについては?」
私は本命の話を聞く。
「リズベットさんは、ヴィクティーの言葉を無視してエリック君を紹介した。僕に対しての対抗心や嫉妬心からくる行動にしては度が過ぎてる。リズベットさんは無意識にヴィクティーに甘えてる。どうせ婚約破棄はできないとか、嫌われないとか。……うーん、もしかしてオリジナル術式について共有したの? 妙な自信があるのはそのせいだと思う。だとしたら失敗したね。ヴィクティーは婚約者に寛容なんじゃなくて、能力ある人間に寛容なだけだから」
ほう、凄まじい分析だ。
だが一つだけ間違えている。
「私のオリジナルは、共有した程度で対策される程弱くは無い。使い手が一人二人増えようと、私に敵う道理が無い」
真空の術式は、精密に扱おうとすればするほど知識と鍛錬が必要だ。
この支配者たる私ですら、まともに扱えるようになるまで数年を要した。
科学知識の無い人間が、概要を聞いただけですぐに扱えるようになるとは到底思えないな。
「……なら安心だね。リズベットさんの忠誠は間違いなく帝国にある。ヴィクティーに対して抱いてるのは恋慕じゃなくて独占欲。それは僕に対する感情を見れば明らか。ヴィクティーの支配を受けてないのはその感情的な部分のせいだね。僕の存在を知って怒りを抱いたのもそのせい。瞳孔が開いて呼吸が少し乱れた。ヴィクティーが片腕にしない理由はそれだったんだ」
やはり、いい。
ヒイロはすぐに全てを見抜く。
二度目のこれで再度確信できた。
「ご苦労ヒイロ。食事はヒイロと摂る。お前達は勝手にしろ」
エリックにかけた真空術式を解除しながらそう答えたが、待ったの声がかかった。
「お、お待ちください! 私の忠誠はヴィクトール様に捧げます!」
この土壇場でリズベットが声を張り上げた。
だが、この場でそんな宣誓をされても仕方が無い。
「リズベットさん、今はやめた方がいい。ヴィクティーは食事したがってる。静かにしろと言われたの、もう忘れたの? 本当に捨てられるよ?」
心の底から心配したように、ヒイロは小さな声で囁く。
ヒイロは良い奴だな。
私はもう切り捨てようかと本気で悩んだぞ。
「……失礼、しました」
リズベットは意気消沈した様子でエリックと共に下がった。
あれは本気で私に忠誠を捧げようとしていたのだろうが、この学院で大声で帝国への忠誠を反故にしようとするなど愚の骨頂だ。
考え無しで感情的。
ヒイロは瞬時にそこを見破り、私がリズベットを片腕にしない理由を察した。
まぁ、ヒイロでなくてもリズベットを大陸支配の駒にするには不安が残るだろう。
適材適所。
リズベットは帝国程度で満足してもらおうか。
だが……使い道は、まだある。
見捨てるにはまだ早い。
「ヒイロ、メニューは決めたか?」
「あ、うん。僕は魚の煮付けにするよ。この魚は美肌効果があるんだってアリシア先生が言ってたんだ。女の人って大変だよね。いくつになってもお肌のこととか気にしなきゃいけないんだし。僕はなんだかんだ男が向いてる気がするよ。女の人みたいに、細かい気配りってできなくてさ。ほら、分かるでしょ?」
ヒイロは食事についても饒舌ぶりを披露した。
先程までの他者分析など無かったかのように振舞っている。
……彼にとっては他人をプロファイリングするのも食事をするのも、ただの日常の延長線上でしかないという事だ。
怪物のような知性だが、その知性は自分に向くことが無い。
自己分析は苦手なようだ。
……全く、静かにしろと注意した口で長い事喋るんじゃない。
私はヒイロの言葉を右から左へと流し、静かな食事を楽しんだ。
◇◇
悔しい。
悔しい、悔しい、悔しい。
悔しいッ!!
私リズベットは、自分に厳しいと思っていた。
幼少期から英才教育を受け、古き公爵家として出来て当然の所作を覚え、第三皇子との縁談を受け入れ、ヴィクトール様に気にいられるように才女を演じた。
でも、所詮はその場しのぎにしかならなかった。
私は選ばれなかった。
あの変人ヒイロは有名人だ。
初等部の頃から相部屋の友人を全て詳らかにしてしまい、嫌われていた。
でも、言っていることは当たっていて、中には良くない噂を本当にしてしまった事もあった。
腹に一物抱えている貴族は離れ、綺麗な貴族も噂が流れては敵わないと遠ざかった。
彼はいつも一人で過ごし、とうとう喋らなくなってしまった。
私は彼を知っているつもりだった。
初等部からずっと同じAクラスだったし、彼に迷惑している人間もよく知っていたからだ。
人の気持ちが分からない知能。
理解の及ばない知性。
なぜこの学院にいられるのか不思議だ。
その程度の認識でしか無かった。
今日、ヴィクトール様の隣を歩いている姿を見るまでは。
私は激怒した。
あのヴィクトール様に対する口調、身体的距離、そしてヴィクティー。
あれを許しているという事は、ヴィクトール様はヒイロを認めたという事だ。
私は以前、幼少の頃に同じような事をした事がある。
子供ながらに、距離を縮めようとしたのだ。
『ヴィッキー』
彼に対してそう呼ぶと、彼は感情を無くしたように私を冷たい目で見つめて一言。
『二度とそれで呼ぶな』
と言われてしまった。
なのに。
人の感情の機微が分からない程度の知能の人間が、ヴィクトール様に対してあだ名で呼ぶなど、ましてやそれをヴィクトール様がお認めになるなど。
私のプライドが許さなかった。
『ヴィクティーは婚約者に寛容なんじゃなくて、能力ある人間に寛容なだけだから』
そんなもの、知ってる。
そんなこと、よく分かってる。
メイドを除き、今まで一番近くにいたのは私、リズベット・ミレディウスだ。
だから認めなければ、前には進めない。
私は、ヴィクトール様に甘えていたのだ。目を逸らしていたのだ。
ヴィクトール様は、私に対していつも非寛容的だった。私の言葉や行動を認めることは少なかった。
私が甘えたのは、そうではないという確信が欲しかったからだ。
嫌われないと、婚約解消など有り得ないと太鼓判を押して欲しくて、ついヴィクトール様に撓垂れてしまった。
だが、悪手だった。
ヴィクトール様はいつまで経っても私に寛容にはならなかった。
つまりは、そういう事だ。
……絶対に認めさせる。
私の能力が、私の知恵が、私の行動が。
ヴィクトール様の隣にいるべき人間であることを、本人に認めさせる。
必ず、どんな手を使ってでも。




