第12話 作戦
食事を終えた私とヒイロは寮へ戻ろうと席を立ち上がった。
「リズベットさん、大丈夫かな」
なんだ、まだ心配しているのか。
「問題無い。あいつは発破をかけたら強くなる。ヒイロ、お前がいる事でリズベットは強くなるんだ。今後の成長に期待しよう」
別に私はリズベットを諦めてる訳ではない。
あの魔術に関しての頭脳は惜しくもある。
少々感情的な部分があるのは否定できない要素だが、それを見越して考えればいい。
寮の前にたどり着くと、そこではガッシュが地べたで腹筋をしていた。
「フン! フン! フン! ……お、ヒイロとヴィクトールじゃないか。仲が良好そうで安心したぞ!」
何故、部屋でやらない。
何のための寮だ。外でやるんじゃない。
「……」
「……ども」
私は無視をし、ヒイロは義務だけの挨拶。
「あぁ! お前たちも外で筋トレをしないか? 部屋でやるのとは違うぞ!」
やる訳無いだろう。
「ヒイロ、無視しろ」
「え? う、うん」
そのまま横を通り過ぎて四階の部屋まで登ろうとする。
「お前たちも興味があれば俺に言え! 一緒に汗を流そう!」
……決して相容れないな。
悪い奴では無いが、鬱陶しくて仕方が無い。
「考えておく」
それだけ言って私達は4-Dと書かれた部屋へ戻った。
「ガッシュ先輩、凄かったね。僕、あんな腹筋できないよ。体つきから違うからかな? いつも上腕三頭筋を自慢してくるんだ。僕は細いからいつも筋肉つけろって怒られちゃう。食べてる物が悪いのかな……?」
まぁ、ヒイロのような小柄な体格であんな風に筋トレをされてもな。
イメージに合わないだろう。
「確かに綺麗なフォームだったが……あんなものは真似しなくていい」
「そ、そうかな?」
ヒイロは少しアレに憧れている節がある。
だが、あんな風になられても困る。
「そんな事より、作戦会議だ。ヒイロ、お前には役目を与える」
そう、そんな事はどうでもいい。
私は部屋でヒイロと密談を交わすのだ。
「役目? それって……」
「あぁ。お前のその審美眼を使ってやって欲しい事がいくつかある。私とは基本別行動だ。その方が効率がいい」
前世では、私の手足はそこら中にあった。
勿論、耳目もだ。
私は動かずして全てを動かし、全てを見ており、全てを聞いていた。
何故かというと、『人』を使う事に長けていたからだ。
それこそが支配の基本であり、真骨頂でもある。
「そっか。僕にできることがあれば、言ってほしい。きっと、役に立ってみせるよ。ヴィクティーが動いてくれるなら、僕が頑張らない理由は何一つ無いからね」
私は有能だが、所詮はただ一人の人間だ。
できる事は限られており、手の届く距離もたかが知れている。
だからこそ、人を使って行動を起こしていた。
私の四肢は人で出来ており、人で完結する。
人心掌握と言えば陳腐に聞こえるが、その行動まで支配してこそ支配者足り得る訳だ。
「あぁ。期待している」
ヒイロには期待している。
私の片腕となる事を。
そして、いずれはヒイロの両腕も見つけてやらねばならない。
私がヒイロを動かし、ヒイロが両腕を動かし、更にその腕が四肢を動かしていく。
こうする事で樹形図的に支配の糸が増えていき、フラクタル構造となる。
これが『委譲と統治』である。
その頂点には勿論私がいる訳だが。
「ヒイロ。お前に命ずる最初の指示は、自分の手足を見つける事だ」
「手足、か。成程……」
それだけでヒイロには伝わるだろう。
「可能であれば、同時に私の手足も探せ。だが、お前が動いているばかりでは意味が無い。お前は私の片腕であり、誰かに動かされる存在では無いからだ」
ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。
「ヒイロ。お前も支配者たる姿を見せる必要がある。出来なければ期待外れもいい所だ。必ず一年の間に、お前の手足になる素質を持つ人間を二人は見つけろ。最悪、私は後回しでも構わん」
私がそう言うと、ヒイロは困惑の表情を見せた。
「えっと、ならヴィクティーの手足は……ええと、あぁ。そういう事か。自分で見つけるか、もう見つけてるんだね。いや、もう学院外に誰かしらがいる可能性が高い、か。帝城の誰かを手駒にしたんだね」
流石の的中だな。
だが、当然だ。
我がメイドであり、半身でもあるアルファ。
ヤツの報告は流石にまだ無いが、その内くるだろう。
学院内での派閥関係、権力構造、突出した平民の情報。
学院の内側から見るのと外側から見るのとでは、全く違う光景が広がっているだろう。
アルファにはそちらを担当してもらっている。
「……僕にできるかなぁ。正直、ちょっと不安だよ。ヴィクティーみたいに喋れないし、僕は見た目も小さいし、覇気がないって言われるし」
はぁ、全く。
人を使うことについては素人もいい所だ。
「ヒイロ。人を使うというのは如何に自分が強くなるか、じゃない。如何に他人を下にさせるか、で決まるんだ」
他人を下に……と小さく呟くヒイロ。
「お前自身が強くある必要は無い。どんな手を使ってでも、圧倒的な上下関係を作ればいい。お前にはその手札がある。何だと思う?」
少し考える素振りを見せたあと、呟く。
「……ヴィクティー?」
「そうだ」
その通り。
この国の第三皇子と懇意にしている、というのは超強力な手札だ。
我がフェルギオール帝国は、属国化している国も少々ある。
属国や植民地の人間からすれば、私の存在は天上とも言えるものだ。
安易に話しかけられないし、安易に近づけもしない。絶対的で圧倒的な権力構造がそこにはある。
学院内で立場など関係無いとガッシュは言っていたが、私はそうは思わん。
卒業後にどの進路に就こうが、この国で生活をしていくならば皇族を敬う事は、ほぼ強制される。
学院内では私に良い顔をしていた方が合理的だ。
わざわざリスクを取って敵対する必要など、どこにも無い。
「お前はたったの一枚だけだが、私という強大なカードを持っている。使い道はお前に全て任せる。私の片腕ならば、私を使う事さえも可能だ」
真剣な眼差しだ。
ヒイロは真剣に私の事をどう使うか、既に考え始めている。
「ここぞと言うべき時に私を使え、なんてことは言わん。初手から圧倒的上下関係を築き上げ、全てを支配しろ。さすればこの学院は私のモノであり、お前のモノにもなるだろう」
「……それは、とても興味をそそられるよ」
少し。
ほんの少しだが、ヒイロの目に仄暗い欲望が写る。
「今までお前をバカにしてきた奴らはもう二度と笑えなくなる。簡単にお前を下に見ることさえ出来なくなる。全てはお前の思い通りだ。そして、集めた大量の手駒を私に差し出すんだ。それで完成する」
「うん、分かった。……少し、やってみるよ」
それでもまだ自信が無さそうだったが、出会ったばかりの時に比べれば既に圧倒的な成長をしている。
「楽しみにしている。では作戦会議は終了だ。どうせ夜は共に部屋で寝ることになるし、毎晩何も無くても報告をしてもらう。練習だと思って気軽にやれ」
「うん、分かった。任せて!」
曇りひとつ無い夜空を背景に、細い腕のヒイロはそう答えた。




