第8話 フェルギオール帝国第一学院
「お待ちしておりました、ヴィクトール様」
丁寧な貴族令嬢の礼をしたリズベットが、あの時と変わらない鈴の音で静かに言った。
「出迎えご苦労。変わりないか?」
私がそう言うと、リズベットは瞠目するように大きな瞳をぱちくりさせた。
「随分と言葉が柔らかいですね。……女の影を感じます」
……反応を抑えた私を誰か褒めてはくれないだろうか。
女の勘というやつは、どの時代でも末恐ろしい。
底冷えするような冷たい恐怖が背中を撫でる。
何、隠すような事でも無く、隠すような相手でもない。
「……自然と、アルファに女の扱いを教え込まれたようだ。学院では無闇矢鱈と優しくするつもりは無い」
無論、今も別に優しくしたつもりなど無いのだが。
「はい。それでこそヴィクトール様ですね」
眩しい程の笑顔だ。
その青白い髪は艶を増し、より美しくなった。
リズベットは八歳の頃の子供の姿とは似ても似つかない、妖艶な美女へと育っている。
支配者の伴侶としては申し分の無い存在であることは間違いない。
だが、引っかかるな。
「……それでこそ、だと? お前が私の何を知っていると言うんだ、リズベットよ。お前は私の事を少しも知らないし、知ったつもりになる事も許さん。自惚れも大概にしろ」
「ふふ、申し訳ありません」
何故、笑顔になる。
私はかなり厳しい事を言ったつもりなのだが……。
支配者としては、女の扱いに困るようなことは避けたい。女に弱いなどと思われたら敵わん。
だがまぁ、リズベットは我が伴侶。
幸運な事に、この私の一歩後ろを歩く事を許されている数少ない人間だ。
私の弱点にならないよう、それなりに教育する必要がある。
「ふふふ」
恐らく、私の横で笑っていられる自分に対し、他者とは違うという優越感を抱いているのだろう。
一々こんな事を考えていても仕方がない。
私は生まれてから十五年経った今、ようやく一歩学院へ踏み入れることとなった。
◇◇
「お前が引きこもりと噂の第三皇子か。話は聞いている。高等部編入試験の全ての教科、そして科目で満点合格。この帝国が始まって以来、史上初の存在がお前だ。陛下も喜んでいらっしゃった事は記憶に新しい」
……久しぶりだ。
ここまで生意気で口の悪い人間を相手にするのは。
「だが、実戦ではテストの点数など無意味だ。お前の頭の出来がいい事は既に証明済み。ならば、次はお前のその手足が帝国に利する事を、この学院で証明しろ。以上だ」
見た目は三十前半程の歳だろうか。
地球ならばキャリアウーマンとしてビシビシと部下たちを纏めている有能な女だっただろう。
口の悪さは────まぁ私が言えた義理では無い。
有能であれば問題は無いと言える。
「なるほど」
「……質問はあるか?」
その点で言えば、間違いなくこの世界でも有能ではあるのだろう。
こやつはこの学院の副学院長らしい。この歳で第一学院の副学院長とは、生半可な成果では無い。
圧倒的な努力と才能、そして運を引き寄せる何かが無ければ務まらないだろう。
学院長は所用で不在のようだが、私は学院長よりこやつに興味が出た。
「名前を教えてくれ」
「アリシアだ。他に質問は? 迅速に言え」
アリシア。
案外綺麗な名前だな。
「その歳で第一学院の副学院長になるその手腕、見事だ。私に対するその不遜な態度も許容できる。お前には、きっと世話になるだろう。覚えておく」
「……? 質問が無いなら早く出ていけ。私は忙しい」
はっ。
やはり不遜な女だ。
実に私好みである。
卒業後は私の手駒にしてやろう。
◇◇
さて、寮生活に欠かせないものと言えば、勿論寮そのものである。
副学院長室から出た私は、扉の外で待機していたリズベットと合流した。
「……どうでしたか?随分と早かったですが」
私を待機していたリズベットが聞いてくる。
「何でもない」
「……本当ですか?」
この世界の女は何故そこまで嗅覚が鋭いんだ。
アリシアを早くも戦略的な意味で品定めしていた私に対し、責めるような視線を向けてくる。
「……リズベット、お前に私のオリジナル魔術をまともに教える」
「!? ほ、本当ですか!?」
私の眼前まで顔を近づけたリズベットが、興奮冷めやらぬといった具合で詰め寄ってくる。
誤魔化しが上手くいったようだ。
「あぁ。お前は私の伴侶となるのだろう。であれば、お前の存在自体が弱点となり得る可能性を考慮した。それに、お前が私と同じ術式を扱えるのであれば、支配者の隣にいる事が自然になるだろう」
「…………」
リズベットは再度瞠目し、黙ってしまった。
「あの、本当によろしいのですか? 以前は私では扱えないと仰っていましたが」
「それは八歳の頃の話だろう。今のお前ならば、扱えない道理は無い。今度暇を見つけて教えてやる」
「は、はい! いつまでもお待ちしております!」
リズベットは魔術研究に没頭している。
第一学院での成績は当然のごとく通年首席だ。
更に、こやつは私の真空術式を見てからというものの、私に科学知識を強請り、奴自身でいくつものオリジナル魔術を完成させた本物の天才だ。
今後の為に前々から基礎的な科学知識を教えてはいたが、ここまでモノになるのならば真空術式を教えること自体は容易いだろう。
扱えるかどうかはまた別の話だが。
「その前に、私は寮に行きたい。場所を教えろ」
「はい! では参りましょう!」
幾分と上機嫌になったリズベットについて行き、寮までたどり着いた。
「寮長の部屋は?」
「一階のすぐそこの部屋です」
男子寮だからだろうか。どうにも男臭い。
それに、問題が起きないよう、平民用と貴族用で寮が分けられているようだ。
……能力主義の私にとっては忌むべき慣習だ。
だが、現状の帝国に対しては効率のいいものなのだろう。
平民と貴族で格差を敢えて作り、貴族の立ち位置を脅かさないようにする。
全くもって愚かだと言えるが、まぁそんな事は卒業後にいくらでも変えられる。
今の私は魔術の虜だ。
新しい知見に飢えていると言っていい。独学だけではどうしても限界がある。
「ここは男子寮だ。リズベット、案内ご苦労。もう戻っていい」
「かしこまりました。では、また学院でお会いしましょうね」
優しい言葉の裏には、無理矢理にでも一緒にいるという強固な意志を感じる。
やはり、女はヒリッとするくらい気が強い方がちょうどいい。
ふにゃふにゃの女は叩き落としたくなるからな。
「寮、か」
私は鍵を受け取るべく、寮長の部屋をノックした。




