第7話 門出
学院の編入試験、やはりと言うべきか当然と言うべきか、満点での合格だったようだ。
「この帝国の歴史上、初の快挙である!」
我らが父上はそう言って大変満足そうにしていた。
が、私はそうは思わない。
あの程度の問題で私の何を測っているというのだろうか。
数学者が二次関数のテストで満点を取ったからといって、そのようなテストで受けた数学者の実力が全て測れるのか?
勿論、足りないだろう。
私の物差しは一メートルの大きさだ。
一ミリと二ミリの違いを測られても、意味の無いことである。
奴らはミリ単位で競っている底辺の存在だ。
この編入試験で分かる事など一つもない。
だが、魔術という未知に関していえば、彼らの歴史が証明してくれる。
私のまだ見ぬ希望がそこにはある。
楽しみだ。
「ご機嫌だな、ヴィクトールよ」
廊下を歩いていると、前から見覚えのある男が私を上から睨みつけるかのように吠えた。
「これはこれは、ギルバート兄上。随分と不機嫌そうな顔だ。まだ少ない皺が増えてしまっては申し訳ない。私はさっさと去る事にしよう」
ギルバート皇太子。
フェルギオール帝国皇帝の長男であり皇太子。
我が帝国の第一の正当後継者である。
「相変わらずいけ好かない奴だ。編入試験では新しい物騒な玩具で遊んだと聞いたぞ」
……真空術式については、現状はまだ秘匿性が高い。
学園での戦闘を何者かに見られていたか、教官そのものがギルバートの手足だったか。
まぁ、些事である。
「さすがは兄上、耳が早い事で。相当暇なのだろうが、父上の仕事でも手伝えばいい。私の編入試験の結果などというどうでもいい事から目を背けるにはピッタリの仕事だ」
ギルバートはかけた眼鏡をピクりと動かし、片眉を上げた。
私の真空術式を『物騒な玩具』と言えるのは、このギルバート兄上くらいなものだろう。
ギルバートは有能だ。
前世ではよく見た、有能な社長の会社を二代目が崩すようなドラ息子ではない。
長男なりに帝国式のきちんとした教育を受け、我らが父上の薫陶を長期間に渡り受けた人物だ。
決して親の七光りなどではなく、間違いなくこの帝国に向いている人物である。
それ故に、私の事を警戒している
「自分の地位が脅かされないとでも?」
「ギルバート兄上、それは当然だ。私は、私の地位が全く揺らがない事を私自身が一番理解している」
そう、私の地位は揺らがない。
帝国の皇子などではない、支配者としての器という地位は、決して揺らぐ事無く私の中で煌めいている。
お前程度の有能に脅かされるモノでは、決してない。
「何故父上はこのような危険人物を重宝しておられるのか……」
おっと。
帝城内で皇帝批判とは、中々肝の据わったやり口だな。
「父上は全てを理解している。私を内包する事のデメリットとメリットを天秤にかけ、メリットを可能な限り享受しようとしている」
皇帝として当然の事だ。
ギルバートは尚も私を睨みつける。
はぁ。
気づいて欲しいものだ。
「全く、地位が脅かされないか心配しているのは、ギルバート兄上の方だろう。安心しろ、次期皇帝など興味は無い。好きにしろ」
「正気か!?」
私の発言に驚きを隠せないギルバート。
勿論、事実だ。
私の支配は帝国程度では収まらないだろう。
いずれはこの大陸全てを支配する。
その目標に比べれば、皇帝の椅子など大した価値では無い。
「勿論正気だ。では、さらばだ次期皇帝。警戒は続けるといい。それそのものが監視の無意味さの証明となるだろう」
腹芸などではない。
ただ事実を言ったまでだ。
その裏にある大きな支配欲を見せなかっただけ。
ギルバートは、それを察し切れなかっただけ。
我々の違いはそこだけだ。
だが、ギルバートは有能だ。
この程度の事で私の警戒を解くことは無いだろう。
「お前は何者なのだ……。ディルックを子供扱いし、史上初の快挙を成し遂げ、父上を魅了する。私は、お前が怖い。ヴィクトール、何を考えている……」
何を考えているのか。
それを打ち明ける時は、お前が私に支配された時だろう。
いずれ、必ず成し遂げる。
その時を、今から楽しみにしていろ。
◇◇
そうして時は過ぎていき、いよいよ帝国第一学院の門をくぐる日となった。
私は帝城から馬車で移動する。
とは言っても、学院は帝都に存在している。そこまで長い旅ではない。時間にして数時間だろう。
「で、アルファよ。お前はどこまでついてくるつもりだ」
「お望みならば、どこまでも」
全ての男を魅了する魅惑の微笑みを携え、そう言い放つ。
いや、そんな事を聞いているつもりは無い。
あの夜の日から、妙に会話のキャッチボールが出来ない事が増えた。
理由は明白だ。
アルファは完全に私のモノとなったからだ。
最早アルファの体の隅々まで私のモノだ。
胸にあるホクロの位置から、臀部にある小さな痣、幼少期の訓練でついたであろう下腹部の傷跡など、知らない事など何一つ無い。
だから、困る。
「馬鹿者めが。そういう事を聞いているのではない」
「うふふ」
私は至って真面目だ。
だがこやつの無邪気な笑顔を見ると、ふと我に返る時がある。
このまま馬車で遠くの街まで行き、全てを忘れて二人旅をしてもいいのではないか。
前世ではあまり出来なかった魚釣りなど、余生を楽しむのもいいのでは無いだろうか。
支配など前世で腐るほどしたではないか。また同じ事を繰り返しても面白くなど無いのではないだろうか。
日本の次は世界に、と決めていたが、結局はつまらない未来が見えて自死を選んだのは、私だ。
繰り返す日々が私を追い詰めていくのではないだろうか……。
第三皇子という立場は良くも悪くも、皇太子の代替でしかない。私が私である理由など、必要など、無い。
私の考えている未来予想図が、まるで陳腐なものに見えてしまう。
それはとても恐ろしい事だ。
私の作り出した魔術も、今までの努力も、全てが無意味になる。
甘美な夢であり、恐ろしい未来でもある。
アルファと余暇を楽しみ、日々の食事を楽しみ、夜を楽しみ、いい陽の光を浴びて、またなんて事の無い一日が始まる。
その甘美な夢が、私を追い詰めるのではないだろうか。
そんな恐ろしい未来が、耽美な現が実際に起きても、私は拒否できるのだろうか……。
だから、困る。
「その笑顔はやめろ」
「ええ、分かっておりますよ」
アルファは私の半身だ。
私がアルファの事を知っているように、アルファも私の事を隅々まで理解している。
私の苦悩など、お見通しだ。
前世では経験できなかった、この世界の大きな問題だ。
だが、私は引き返す事などしない。
苦悩など、ここで乗り捨ててしまう。
支配という陳腐な光景、実に結構。
私は……私に屈することは無い。
支配しなければならない、という思考に支配されてはならない。
己の弱さを、認めなければならない。
耽溺してしまいそうな甘美なる夢を、愛おしい未来を、認めなければならない。
しかし、その上で私は支配を続ける。
全てを斬り捨てる、なんて事はしない。
私は私を否定しない。
己が哲学に則って、己の世界を構築するのみ。
たかがメイド風情が、私の世界に割り込むなど笑わせる。
「アルファ」
「はい」
私の今世でのターニングポイントはここだ。
私は私を否定しない。
認めるべきであり、その上で壁を破っていく。
「帝都はお前に任せる。私の耳目として、阿呆な貴族が動いた際は手紙を寄越せ」
「……はい」
アルファよ。
我がメイド、我が半身よ。
三年は会うことは無いだろう。
お前がいい女として再び相見えることを、私に誓え。
主従の証として、アルファの額にキスをした。
アルファは黙って受け入れ、静かに言葉を待っている。
馬車はもう止まった。
窓の向こうには、私を待つリズベットが見えている。
「アルファ、またな」
さぁ、門出だ。




