第6話 アルファ
三年の月日が経ち、私は十五歳となった。
もうあと一ヶ月もすれば帝国第一学院への編入が確定する。
編入試験はもう終わっている。
実に簡単な記述問題であった。
帝国の歴史や植民地制度について、他にも簡単な算数や図形問題。
様々な教科があり、頭を捻った問題もあったが、所詮は地球の高校入試以下のレベルでしかない。
何にせよ、地球のソレと比べればなんてことは無い。単純で明快な答えばかりだった。
だが、実は苦慮した試験もあった。
魔術の実戦試験だ。
◇◇
「思い切り撃ってこい!」
まるで次兄ディルックを思い出す、筋肉バカのような教師が私に挑発するかのようにそう言った。
私は迷った。
本気で私の魔術を放ってしまえば殺してしまうかもしれない。
故に火炎術式など火力の高いモノは除外だ。
しかし、私はありきたりな魔術について、あまり造詣が深くない。
そんなものは後からいくらでも、それこそ学院で学べるだろうと思い、風の魔術や水の魔術などは後回しにしていた。
私の自信作と言えば、専ら真空術式である。
しかし、こんな場所で初お披露目するのもなぁ……と思っていたところ。
「何だ?引きこもりのお坊ちゃんに魔術は難しかったか?」
……安い挑発だ。
あの教師は私が皇族であると勿論知っている。だが、私が躊躇していると思っているのだろう。
対魔術への高い自信の表れだ。
皇族を馬鹿にされる分には大したことは無い。好きにさせればよいのだ。
だが、奴は私を、私自身を侮った。
これは許されん。
私は絶対の支配者であり、愚者の王である。
「"爆縮"」
「……がァッ!」
真空術式のお披露目だ。
もちろん人体に直接真空を発生させる、なんてベタな使い方はしない。
それでは確実に殺してしまうだろう。
私が真空を発生させたのは、奴の上だ。
人間の頭上に真空を発生させるとどうなるか。
その答えは、目の前にある。
「…………」
教師は強烈な勢いで頭を地面に叩きつけられ、意識を失っている。
そう、まるで空気のハンマーによって殴りつけられたようになるのだ。
真空とは、つまり酸素や窒素等で構成されている空気が全く無い状態を指す。
人の頭上に、つまり空気中に突然真空が発生すると、その真空状態の場所に空気が殺到するのだ。
ゆえに、一瞬だけ人体は持ち上がる。
その瞬間、四方八方から集められた空気同士が強烈な勢いでぶつかるのだ。
これが『爆縮』である。
本来の効果であれば、行き場を失った空気が地面に対して超音速でぶつかっていく。
それこそが空気のハンマーである、ダウンバーストだ。
まぁ今回は手加減しているため、超音速とは程遠い訳だが。
全ての人間は私に対して頭を垂れる。
それは本人の意思によるものか、『爆縮』によるものか。
私には些細な違いでしかない。
「ヴィ、ヴィクトール殿下。その人は生きていらっしゃいますでしょうか」
他にもいた女性教諭が私に恐る恐る話しかけてくるが、勿論生きている。
頭上に真空を発生させたとは言え、本当に真上ではない。
この爆縮の距離が、手加減の距離だ。
「この程度で死ぬのであれば、文字通り首にしろ。私を挑発しておいて、手加減された魔術で死ぬなど第一学院においては不要な人材である」
「……いやぁ、手厳しいですなぁ殿下」
……ッ!?
瞬間振り返る。
先程の男は、すでに回復した様子で立ったままこちらを笑顔で見ていた。
「しかし、確かにあの挑発はブサイクでしたな、ガハハ!大変失礼した!」
「何だ……? いや……」
少し困惑したが、理解した。
これは回復術式か。
意識を失っていると思っていたが、奴の防御術式は信じられない程に強固だったようだ。
それに、尋常では無い程洗練された回復術式の練度。
こやつ、見た目通りでは無いな。
「はぁ……。先程の安い挑発は、その怪物のような回復力に免じて見逃してやる」
「期待してますよ、ヴィクトール殿下。学院に入ったら、ヴィクトール君と呼ばせてもらいますがね!」
ガハハ、と笑いながらそう言う筋肉ダルマ。
……憎めないが、好きではない。
決して相容れることはない、この暑苦しさ。
だが、有能な男だ。
その防御力と回復力は、目を見張るべきものである。
私の爆縮は、手加減さえしたが即座に回復できるほど甘い手加減ではない。
今回は時速にして約180キロメートルもある巨大な質量のハンマーに匹敵する。
高速道路を走る車に轢かれるよりも大きな衝撃に襲われた筈だ。
それでもピンピンしているあ奴は、普通ではない。
◇◇
「伊達に帝国の教官をやっていない訳、か」
「……?」
編入試験の事を思い出し、帝城の私室にて物思いに耽る。
その際、アルファが私の独り言に反応した。
「いや何、学院は思ったより楽しめそうだなと思っただけだ」
「左様でございますか。ヴィクトール様がそう思えて、アルファも嬉しゅうございます」
こいつも嬉しいのか?
……何だかんだ、アルファの素性についてはあまり詮索していなかったな。
元々興味を持てなかっただけだが。
だが、恐ろしく美人だ。
切れ目のある鋭い瞳に、まるで刀で切られたかのように揃えられた前髪。
肩まで伸びたそのヘアスタイルは、昔から変わってはいない。
「アルファ、お前は学院にもついてくるのか?」
「……ご不満ですか?」
おい、すぐ言葉の裏をかこうとするな。
急に部屋の温度が下がったように感じた私は、次に放つ言葉を吟味していた。
しばらく黙っていると、アルファの方から口を開いてくれた。
「残念ながら、私はヴィクトール様とは離れることになります。ヴィクトール様は学園寮に住むことになりますので」
寮、ね。
あぁ、そうなのか。
帝城からは離れるわけか。
「ようやく、引きこもり生活から脱却できそうだな」
「ヴィクトール様を引きこもり扱いする者は、私が引き裂きます」
…………。
いつからそんな忠誠心を持っているんだ。
確かに四六時中私について回っているが。
「アルファ。お前、歳はいくつだ?」
「今年で二十九の歳ですが」
そうなのか。私とは十四も離れているわけか。
いや前世から数えれば、今の私は四十歳だ。
「ヴィクトール様。私はいいですが、女性に年齢を聞くのはあまりよろしくありません」
……たまにこやつはお姉さんヅラする時がある。
年上なのは私の方だ。
「そんな事は知っている。お前だから聞いたんだ」
アルファも女だ。
少し機嫌を損ねたかもしれない。
……いや、私は支配者だ。
女の顔色を伺うなどしてはならない。
「アルファ、お前は私の手足だ。しかし、寮生活をしている間だけは、外の世界の私の耳目でもある」
私は誤魔化すように口を開く。
事実、アルファに頼ることは多々あるだろう。
アルファは真面目な顔をして話を聞いている。
「お前は私の半身だ。私以外の為に動くことは私が許さん。お前の全ては私の物だ。必ず役に立て」
若干、アルファの瞳孔が開いた様な気がするが、無視した。
こやつの異常な行動はこの十五年で慣れている。
「……では、証明をいただければ」
「証明?」
聞き返した私に、アルファは蠱惑的な顔付きで迫る。
「貴方のモノである、という証明を」
そうして、アルファは刻まれた。
私の『モノ』であるという証明を。




