第4話 婚約者
選ばれし人間。
才能ある人物について、そう語る人間はいる。
私に言わせれば、確かに選ばれただけの人間だろう。
選ぶ側である私には想像もつかない事だが。
支配者は選ばれる者などではない。
自ら選び取り、全てを手中に収める者だ。
だからこそ、驚いた。
初めての経験だった。
「ヴィーよ。お前の婚約者を決めた」
わ、私が選ばれる側の人間になってしまった……だと?
怒りよりも困惑。
前世では終ぞ結婚などしなかった私に、既に婚約者がいるなど。
ましてや、既に決められているなど、夢にも思わなかった。
いや、書庫などには低年齢から婚姻を約束する事は慣習としてあると知識としては持っていた。
家と家の繋がりを強化するため、王家の血を絶やさないため、他国への牽制のため。
色々理由はあるが、所詮知識だけのものだ。
ここにきて、ようやく異世界であると体感する事になるとは思わなんだ。
……………………まぁ、いい。
醜悪な大豚などで無ければいい。
前世でも飽きるほど女は抱いた。
大抵の女の扱いなど心得ている。せいぜい心酔させてやろう。
それが支配者というものだ。
だが、相手の情報がわからん。
一応聞くか。
「……婚約はいいのですが、相手は?」
「うむ。その落ち着き、冷静さ、まさにヴィーらしい頭の回転の早さであるな。相手はミレディウス公爵家の息女だ。年齢はお前と同じく八歳。仲良くしてやれ」
ふむ。
公爵家の令嬢か。
王族三男の婚約相手には不足が無いようだが、愚かな兄たちの婚約者としても問題がないだろう。
なぜわざわざ私のモノになるんだ?
肯定的に捉えるのであれば、我が父シリウスはそれほど私を評価しており、兄達よりも先に優れた人材を確保してくれた、と見るべきか。
無論、それだけでは無いだろう。
皇帝とは口八丁だけで生き残れるものではない。支配者の器が無ければならないものだ。
私ほどでは無いが、それなりに裏がありそうな話だろう。
「ミレディウスとは、また良縁ですね。魔術への造詣が深い家だと認識してますが……」
ミレディウス公爵家。
この国が建国して以来、常に王族と共にあった最古参の貴族家だ。
魔術の研究を行っており、街の街灯、水の調達など、様々な魔道具の開発を行っているはずだ。
私は魔道具になど興味は無いのだが……。
まぁ、良縁といえば良縁だろう。ミレディウスとの婚約で、王族の力が増すのだ。
「あぁ。公爵家には後日登城させる。お前の婚約者、リズベット嬢も来るだろう。準備をしておけ」
準備、か。
もちろん歓待の準備という意味ではないだろう。
籠絡せよ、と言っているのだな。
皇帝が直々に指名したような婚約だ。破棄など有り得ないが、必要な婚姻だ。
確実なものにするために、婚姻を確約させろと言いたいのだろう。
……あぁ、いや。
そうじゃないかもしれない。
父は私に前世の記憶があるとは思ってすらいない。
本来の私は八歳だ。女の勉強なんかできるわけが無い。
いくらでも粗相ができる相手で女を勉強しろと言っているのだろうか。
「了解しました」
私には必要ないが、リズベット嬢には必要か。
さて。
支配者たるもの、子供相手でも話をする事ができると証明しなくてはならない。
……正直、子供は苦手だがそうも言っていられないだろう。
今からわかりやすい言葉を伝えられる努力をしなければ……。
子供相手に努力をする支配者など、想像もしていなかった。
まぁ、いい。
どうせ婚約しているんだ。逃げ場はない。
今のうちから支配者というものを学んでもらうとするか。
◇◇
「よくぞ参った。アリストよ」
「ついこの間振りですね、陛下」
あれから数週間後、驚く程のスピードでそやつはやってきた。
「ヴィクトール殿下も、お初お目にかかります。ミレディウス家、当主のアリスト・ミレディウスと申します。リズベットが粗相をしてしまったら申し訳ない」
案外若い男だ。
我が父とは一回りの歳の差があるだろうか。
「構わない。子供のする事に一々突っかかるような事はしないと誓おう」
私がそう口を開くと、アリストとやらはニコりと笑って返すだけ。
肝心のリズベット嬢はというと。
「………………」
何も喋らん。
これでは私も何を話していいか分からないではないか。
さすがにここまで寡黙な女性を相手にするのは初めてだ。
前世では向こうから決まり文句のように自己紹介をしてきたからな。
「リズベットはヴィクトール殿下の前で恥ずかしがっている様子。もうしばらく慣れさせていただきましょうか」
「……そうしてくれ」
リズベットは幼くも可憐な顔立ちだ。
肩まで伸びた青白い髪色は静謐な雰囲気を出しており、寡黙な様子も恥ずかしがっているというよりは、観察をしているようだ。
真正面で私を堂々と観察とは、いい度胸である。
だが、やはり何と声をかけたらいいのか分からん。
「ヴィーよ。私はアリストと話す事がある。お前もリズベット嬢とは仲良くした方が良いだろう。部屋を変え、二人で話せ。アルファも付ける」
「はぁ……了解しました」
まだ父の方が立場が上だ。
こういったどうでもいい命令には従う方がストレスが無い。
「だ、そうだ。アリスト公、リズベット嬢を借り受ける」
「御意に。リズ、ヴィクトール殿下のお話はお前にとって貴重なものだろう。聞き漏らさないようにしなさい」
アリストはそう言うと、
「……はい」
とだけリズベットは返した。
初めて聞いた声は、まるで鈴の音がなったような凛とした声だった。
◇◇
移動した部屋は客間だ。
八歳の婚約者同士、腹を割って話そうではないか。
「リズベット嬢、楽にしていい」
「はい」
そう言いつつ、先程から姿勢に乱れが無い。
最古参の貴族として、受けるべき教育は受けているということだろう。
まともな八歳ができる芸当では無い。
王族や、それに連なる人物と婚約することが今後予想されるだろうから、早い段階で全てを投げ打って所作を身につけさせたのだろうか。
地球ならば、児童相談所に通報しているところだ。
この世界にはそんなもの無い訳だが。
「何か質問はないのか?聞きたいことや、私に対して感じたこと、なんでも構わない。好きに話せ」
そう言うと、小さな口が少しだけ開いた。
「では……僭越ながら、まずは自己紹介をいたします」
あぁ、確かに。
私の事を知っている前提で話していたが、私も後で自己紹介をした方が良いだろう。
「私はリズベット・ミレディウス。ミレディウス公爵家長女にあたります。殿下と婚約できたことはまさに僥倖。父上も喜んでおいででした」
……およそ八歳の言葉遣いではない。
私が言えた義理ではないが、私の場合はズルだからな。
「一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」
「構わないと言っただろう」
「では……殿下は既にオリジナルの魔術を使用していると父から聞きました。その真髄をどうか、ご教示願えますでしょうか」
父とはアリストの事だろう。
政治的な駆け引きか?
シリウスが私の魔術について他言しているようだ。
まぁ、構わん。どうせ真似など出来ない。
だが、『ご教示』ね。
残念ながらお前には不可能だ。
これは前世の記憶を元にしたものであり、科学的な知識体系を前提とした魔術だ。
私が教えられるのは、地球の物理学の知識を持つ人間に限る。
「見せることはできるが、お前に習得は不可能だ。概要を説明することも難しいだろうが……いや、まぁやってみるか」
物は試しだ。
説明してみてから考えれば良い。
リズベットはここが人生におけるターニングポイントだった。
私の魔術を見た。
それだけで、彼女の人生は本人の予想とは異なるものへと変化していったのだ。
そう、魔術の虜である。
「"爆縮"」
風属性魔術でも、火炎術式でもない私の気圧の術式は、大きな破裂音と共に瞬時に暴風を撒き散らした。
この行為が、図らずともリズベットへ大きな影響を与えることになった。




