第3話 魔術
『魔術』
それはこの世界に存在する魔力を用いて術式を組み上げ、構築し発動させる魔法のような技術だ。
厳密に言えば魔法とは神の奇跡の総称のことなので違うらしいが、私から見れば魔法も魔術もどちらも変わらず、未知で奇跡のようなものである。
私は庶民にまで広がっている魔術に触れようと、それを知った日からたゆまず努力を重ねている。
「火炎」
すでに八歳となった私でも、火の玉を出す程度のことは修める事ができた。
一般的な中等教育課程を修了する頃には同じような魔術を複数扱えるようになるのが当然であると言われている以上、私はさらなる努力をしなければならないだろう。
八歳まででこの火の玉を扱えるようになること自体は目覚ましい成果であるらしいが、いずれ学園に通うとなれば魔術でも成績一位を取りたいものだ。
そして、この魔術。
なんと一人一人組み方が違うらしい。
どういう理屈かは未だ不明だが、私はこの火炎魔術を酸素を燃焼するイメージで組み上げている。
がしかし、今この世界の人間はそんな概念が無いらしい。
魔術が発展してしまったが故に科学技術がイマイチ浸透しておらず、イメージだけで炎や水が出てしまう。
無から有を生み出す事が当たり前に出来てしまうため、有から有を生み出す思考回路になりにくいようだ。
全く持って蒙昧な輩共である。
馬鹿らしいことこの上ない。
この魔術の可能性は無限大だ。
庶民の中でも魔術に精通している者は、市井で氷の概念が乏しい中、氷を発生させる魔術を使用できる。
つまり、曖昧な概念を創り出す奇跡だ。
水が氷になる物理現象に目を向けず、氷が欲しければ魔力とやらを用いて術式を組み上げ、魔術を使用すればよい。
これには「パンが欲しければケーキを食べればいいじゃない」と宣った、かのマリー・アントワネットもびっくりだろう。
私は、魔術は創作できる余地があると考えた。
我々地球人は、水が氷点下に下がったことで固体となった物質を氷と呼んでいる。
しかし、この世界の人間は氷は氷としてしか認識していない。
氷の存在を知らずに、氷の魔術を使用させることができるのだ。
これは、他の事にも応用できると気づいた。
無から有を生み出すのだ。
有から有を生み出すことは容易である。
ならば、有を無にする事が出来るのではないか。
つまるところ、真空だ。
「……真空術式、か」
私は八歳にして、真空を用いた魔術を開発する事にした。
これは、私がこの世界でも支配者たる所以の一つ、最も代名詞的な魔術となった。
◇◇
その日から真空を用いた物理現象を魔術によって起こせないか、研究の日々が始まった。
こういう日のために中等教育課程までの勉強をしておいたのだ。
煩わしいものに邪魔される事ほど鬱陶しいことは無い。
まぁ、あの程度の難易度なら今から始めても大した負担にはならないだろうが。
この大帝国にはいくつか上等な教育機関が存在するが、私が目指すのは勿論、フェルギオール帝国第一学院である。
通称第一。
帝国内だけでなく、世界中の王侯貴族も注目を集めている学校教育機関である。
地球でいう所の|MIT《マサチューセッツ工科大学》だろうか。
この時代の教育水準を考えれば、入ること自体は容易いだろう。
(魔術の理解が深まりそうか……?)
要するに、第一学院に入学さえ出来れば、私が何の魔術を研究していようが文句を言われる筋合いなど無いということだ。
さて、真空の術式において課題が三つある。
まず一つは使用する魔力量が多い事だ。
これについては幼少期からの鍛錬で魔力量を徐々に増やす事しかできない。あるいは発想の転換で使用魔力量を減らす事だ。
現状二、三発放つだけで魔力切れを起こしてしまう。改善が必要だ。
次の課題は、規模が小さい事だ。
真空を扱うということは、すなわち空気を消滅させるするという事だ。
0気圧というのは簡単に実現できるものではない。
今過ごしている大気が1気圧だとしても、魔術で小さくできるのはせいぜい0.7気圧程度までだろう。
本気を出せば0.5気圧までいけるかもしれないが、対象の強度によっては無意味だ
そもそも0.5気圧にするだけで、1平方メートル辺り5トンの力がかかっている。
対象をぺちゃんこにする為には、真空になどする必要は無いのかもしれない。
最後に、相手がいない事だ。
これは私の真空術式の殺傷力の高さが原因だ。
物や人形に対して行使する魔術とは違い、気圧を操作する術式は人体にどの程度影響を与えるのか本当は逐一記録を取りたい程だ。
しかし、さすがのこの時代でも魔術による人体実験は批難の対象となる。
まだ八歳の子供の段階では、いくら皇族と言えど醜聞になるような事はできん。
あまり、上手いこといかないものだな。
今後の研究努力次第では劇的に改善できるものもあるだろう。
時間はまだある。
ゆっくりしていこう。
◇◇
城全体が寝静まった夜の事。
我シリウスは、私室にヴィクトール付きのメイドを呼び出した。
「失礼します。アルファ、参上仕りました」
「ご苦労。ヴィーの様子はどうだ」
報告は逐一受けている。
あの帝国きっての麒麟児について、我が直接指名した影をメイドとしてつけさせたのだ。
「はっ。ヴィクトール様はしんくうとやらの魔術の可能性について調べておいででした」
「ふむ。しんくう、か……」
我は研究者では無い為、聞いた覚えは無い。
だが、炎や水の魔術などのありきたりの魔術ではなく、オリジナルに手を伸ばすのは少々危険かもしれぬ。
「一体どういう物なのだ?」
「全く手を触れずに、物を突然破壊させたり、凄まじい風圧を発生させる領域を展開なさっておいででした」
物を突然破壊させ、風の魔術と同じ事をしているのか。
いや、同じように見えるだけで、本当は違う事をしているのだろう。
我らには見えていないものが、あやつには見えている。
「そうか……。少し気が早いが、婚約者を見繕わなければなるまいな。アルファよ、ヴィーが何か要望した際は必ず応えろ。お前のその身も心も、全てはヴィーの物である」
「はい」
我は今、我が息子ヴィクトールに夢中である。
帝国きっての若き天才、とは生ぬるい言い方だ。
全てが異質、全てが異常。
強さ、知識、知能。
どれを取っても今の長男次男、長女に見劣りどころか、上回っているものだ。
弱冠五歳にして第一学院の中等教育課程を完全に修了せしめ、八歳にしてオリジナルの魔術を既に開発している。
だが、やはり危険だ。
危惧しなければならないだろう。
保守派の貴族共がヴィクトールに接触しかねん。
だがまぁ、あやつの事だ。
我が手を出さずとも全て解決してしまうだろう。
そうでなければ、この帝国には不要である。
強国である我が帝国に弱者は必要ない。
「アルファ、下がれ」
「はっ」
今宵も興奮冷めやらぬ事だろう。
嗚呼、初めてだ。
これほど我が子の成長が楽しみとは思わなんだ。
これより起こる全ての障害を、自力で乗り越えて見せよ。
さすればこの帝国、ひいてはこの世界はヴィー、お前のものである。




