第18話 対抗戦
俺は、対抗戦では初戦敗退するつもりでいた。
そうするには三つの理由がある。
一つは、そもそも功績をあげる理由が無くなったから。ギルバート殿下に拾われるのであれば、それは対抗戦出場よりも大きな功績だ。わざわざ必死で優勝を狙う必要はほとんど無い。
二つ目は、俺が優勝しなくなったことで、代わりに優勝という称号をもらえる人間が出てくることだ。言っちゃ悪いが、実力で俺に勝てる奴はいない。俺が本気を出せば優勝は確定してしまうからな。
そして最後、ギルバートの野郎の顔を潰すためだ。初戦敗退するような雑魚を、王太子自ら来訪して勧誘した実績がある。そんな人間が初戦敗退したら、ギルバートの見る目が腐っているということになる。
ハハハ、俺は三つ目の理由が一番大きいがな。
だが、直前で話は変わった。
いや、奴の事だ。これも狙い通りなのかもしれない。
それは勿論、ヴィクトールの事だ。
「ああやって、言っちまったからなァ……」
俺の覚悟を見ろと豪語してしまった。
あれは、ギルバートを裏切る言葉だ。
未だに迷う心は少しはある。
本当にヴィクトールは俺を扱い切れるのか。
ギルバートに従った方が悠々と暮らせるんじゃないか。
そんな甘い誘惑に乗せられそうになる。
だが、俺は甘い生活を送りたい訳じゃない。
癖になってしまった筋トレだが、案外悪いもんじゃない。自己研鑽は好きだ。
それを、あそこまで実力のあるヴィクトールの元でできるんだ。俺はさらに強くなれる。
「……よし」
対抗戦が終わり次第ヴィクトールには妹の護衛を頼みたい。
そのくらいの迷惑はかけても怒らないだろう。
この俺を引き抜くんだ。代償は払ってもらうぞ。
「ガッシュ」
「お、ヴィクトールじゃねえか。どうした?」
選手控え室に突然やってきたのはヴィクトールだ。
控え室には俺一人しかいないため、密談ができる状況だろう。
恐らく、狙ってやっているだろうな。
「一つ、伝えようと思ってな。――――妹は任せろ」
…………ッッ!!
マジか。
マジかマジかマジか!!
「お前、よく優しいって言われねえか?」
「はっ。これからは私が優しいなんて言葉、今後一切吐けないようにしてやる。私に指一本触れられるようになってから言え」
こいつ、妹の事について知ってやがった!
って事はつまり、俺がギルバートに勧誘されていることを知った上で、俺を誘ってきたって事だ。
――――やはり、ヴィクトールだ。
俺にはコイツしかいない。
「……礼を言う。本当にありがとう!」
俺は土下座をする勢いで腰を九十度に曲げて、感謝を口にした。
「気にするな。対抗戦という晴れ舞台だ。曇るのはギルバートの顔色だけでいい。せいぜい見せつけてやれ、私 の懐刀がどれ程強いのかをな」
「……はははっ。こりゃ嬉しい言葉だ。任せろよ、全員の度肝を抜いて帰ってきてやるぜ」
恐らく、今の俺には嬉しい!と顔中に書いてあるだろう。
ヴィクトールは鬱陶しげに眉をひそめているが、コイツなりの不器用な優しさだ。
妹の事を気にせず、本気で対抗戦を迎えろと。
ヴィクトールはそう言ってる。
ならば、俺も本気を出す。
選抜メンバーだろうがなんだろうが、俺が全てを一撃でなぎ倒す。
見てろ、ヴィクトール。
お前の剣は、お前の拳は――――この俺だ。
そうして、対抗戦は始まっていった。
◇◇
さて、こんなもんだろう。
これでガッシュは私に心底忠誠を誓ってくれるに違いない。
全ては計算通り。
今まで通りの予定調和だ。
「ね? 問題なかったでしょ?」
観客席の横にいるヒイロがそう言ってくる。
「あぁ。確かに、問題は無かったな。アルファの情報が無ければ失っていた手駒だ」
そう、アルファの手紙にはギルバートの情報が書かれていた。
ガッシュという三年生を、妹を人質にとって無理やり仲間に組み込んだという手紙がな。
そんな非効率的な方法で仲間を増やすとは、中々貴族らしいやり方じゃないか、ギルバートよ。
奴は恐らく、私の手に渡るのを恐れたに違いない。あそこまで優秀な人間はそうそうお目にかかれない。手紙が無くても私が勧誘していた可能性は十分にある。
つまり、私側の陣営の強化に繋がるということ。
それを恐れたギルバートは今回の事件を起こした訳だ。
全く単純な兄上である。
政治のなんたるかを何も分かっちゃいない。
ガッシュは強者を求めていた。
であるならば、本来は帝国向きだ。戦争の最前線で使ってやるのがいい使い方ではあるだろう。
だが、ギルバートは私に対して深く考え過ぎた。
ギルバートは私への力の一極集中は避けたかったのだろう。
帝国に仕えさせるのではなく、ギルバートに仕えさせようとした。それが大きな間違いだ。
今から修正しようとしても、もう遅い。
とっくにその次元ではない。
さて、対抗戦だ。
私はヒイロと共に良い席を確保してある。
きっと面白いものが見られる。
期待してしまうな。
◇◇
「重装甲スタイル、稲妻」
俺は対抗戦の相手、第四学院の生徒を奥の手で薙ぎ倒した。
これが俺の真骨頂。
重装甲スタイルだ。
魔力による禍々しい鎧のような見た目に変化し、防御を高めたように見せかける。
だが、これはその後の最速のタックルへの予備動作に過ぎない。
受け止めようとしたら、途端に弾き飛ばされて終わる。
避けようにも速すぎて避けられず、カウンターも鎧によって効かない。
俺の本来のスタイルだ。
「弱過ぎる」
第四とは言え、選抜メンバーに選ばれた精鋭だ。
大将戦に出てくるほどの実力に違いない。
だが、俺の一撃によってダウン。
立ち上がることは無い。
俺は爆音の歓声を背に向け、選手控え室に引き返した。
「まさか君にそんな隠し玉があるとは思わなかったよ」
第一の俺と同じ、選抜メンバーの貴族が話しかけてきた。
「…………」
「なんだ、ダンマリか。やはりつまらん奴め」
俺は貴族が嫌いだ。
俺は自分を貴族なんかと思った事は一度も無い。
採れた芋を領民と分け合う事なんか、コイツは経験が無いに決まっている。
平民を下だと決めつけ、その平民が作り出した芋を食って生きている。
領民の恩恵をこれでもかと受けておいて、感謝の一つもしないクズめが。
今殴り飛ばされない事を感謝するべきだ。
「待ってろよ、ヴィクトール」
こんなつまらん大会、直ぐに終わらせてやる。
第三も第二も、第一すらも俺の敵ではない。
俺に指先を触れられるのは、ヴィクトール。
お前だけだ。




