第17話 ガッシュ
俺はガッシュ・アドラム。
ただの田舎の男爵家の長男だ。
田舎の男爵家っつったら、ほとんど平民と変わりはしない。
領地の人々より少し大きめの畑を耕し、水をやり、趣味で身体を鍛える。
唯一の誇りはフェルギオール帝国の貴族という事だけ。
帝国貴族である、という点において俺は本当に誇りに思っていた。
我らがフェルギオール帝国は大陸でも強国だ。
様々な国と戦争し、領土を広げ、勝ち取ってきた正真正銘の大帝国。
その一番槍になれれば儲けものだ。
そう思い、帝国第一学院を目指して勉強していた。
幸い、時間はいくらでもある。
こんな筋肉トレーニングが趣味の俺でも勉強の才能はあったらしい。
学ぶ事が楽しいのだ。
帝国の歴史、地学。
帝国がどのようにして敵を屠り、どのような計算で領土を豊かにしているのか。
俺は興味が尽きなかった。
帝国バンザイ、なんてな。
そんな事も思ったりしてた。
畑を耕してるのに何でそんなに帝国を想っていたのかよく分からない。
だが、強いこと。
この点に関して言えば俺は未だに帝国は素晴らしいと思っている。
そんな俺は、気づけば第一学院への切符を手にしていた。
両親は大変喜び、出来た弟二人と妹も俺を褒めてくれた。
「アドラム領始まって以来の奇跡だ!」
「帝国に勝利を!」
そんな事を言われた。
俺は、そんな自分を誇らしく思った。
そう、誇らしかったんだ。
俺は時間が有り余っていたから、第一学院についても沢山調べている。
なんと、貴族と平民の垣根も無く、平等に評価されているというんだ。
「素晴らしい……」
まるで我が領地のようだ。
領民と親しく会話し、互いの畑を耕し合い、熟れた果実を仲良く分け合った。
そんな事が、学院でも起きている。
俺は胸が高まるのを抑えきれず、余計に身体を鍛えていった。
そんな俺を地獄に落としたのは、入学初日の事だった。
「アドラム男爵だと……? 聞いた事もない田舎臭い貧乏貴族が伯爵家である私に話しかけるなど、どういうつもりだ」
第一学生寮とやらに配属され、相部屋となった奴に話しかけただけだ。
どうやら相手は伯爵家らしい。
それに、貴族としての意識が大変高い様子だ。
「なんだって? そんなこと、学院では関係無いだろう!」
俺は激昂した。
栄えある第一学院に来てまでする事が、貴族の位を背景に下のものを貶す事か!
「馬鹿が。貴様のような芋臭い男爵家が何故第一に受かるのか、私はそちらの方が理解できないな」
気づけば俺はそいつを殴っていた。
「き、貴様ッ! 伯爵家の私に対してなんたる……ブハッ!」
二度も殴った。
激怒したんだ。
思わず、新しい身体強化術式の発想を思いついてしまうくらいに怒り狂った。
気づけば俺は停学処分。
寮内で暴行事件を起こした問題児として鼻つまみ者となった。
部屋は一人部屋だ。
学院において重要とされるのは、人脈の構築だ。
当然だろう。
大陸中から優秀な者が集まっているんだ。
そして相部屋となった者とも繋がり、そこから更に人とのコミュニケーションを取っていく。
婚約者や家同士の繋がりなど、家として強化していく為のものだった。
俺の理想とは違う。
学院は、平等なんかではなかったんだ。
気づけば俺は一人だった。
勉強も一人、体力テストも一人。
学院に入った愚かな貴族が人脈を広げている間、俺は己を高める事に費やした。
妥協は一切しない。
俺は無敵だ。
時間が経てば経つほど奴らと俺の差は広がり、己の研鑽に費やす時間は相対的に増えていった。
そんな俺に待っていたのは寮長という椅子だった。
「お前、強ぇだろ? 馬鹿をやった奴をシメてやれ」
セカンド教官はそんな事を俺に言った。
なるほど、寮長とは強さを求められるものなんだな。
ならば、その席は俺の物だ。
二年になるまでに俺に喧嘩を売る奴はいなくなった。
勉強でも実力でも勝てない有象無象に腹が立っていたのは俺の方だ。
全く愚かで、バカバカしい。
そんな中、事件が起きた。
「ガッシュとやら。卒業後は俺の元へ来い。厚遇してやる」
学院領にあの天上人である第一皇子ギルバート。
否、王太子殿下であらせられるギルバート殿下が来訪して下さった。
俺は歓喜した。
ようやく認められた。
俺の努力が、実力が。
俺の家も、少しは豊かになる。
アドラム領はより発展していく。
そう思ったんだ。
「ついて来なければお前の妹の命は無い。拒否権は認めない。徴兵だと思え」
あ?
脳みそからブチッと音が聞こえた。
「極怒鎚」
俺が開発した新しい身体強化術式は、岩をも砕く。
人体の破壊を最優先にした、激昂の拳だ。
だが。
「馬鹿者」
「禁」
四人もいた王太子の護衛に魔術で止められた。
さすがに最側近の精鋭が四人もいれば、俺一人では出来ることは限られる。
俺は地面から現れた魔術による鎖によって全身を固められた。
「グググ……テメェ、俺の妹に何かしやがったらブチ殺すぞ」
微動だにできない俺は恨み言を吐く事しかできない。
「ククク。いいな、やはりいい。お前は私の手駒に相応しい。あのヴィクトールには絶対に渡してはならん」
ヴィクトール?
思い出した。
高等部の編入試験という高難易度のテストを、全教科満点で合格した超天才。
本物の帝国の血だ。
「だが、血の気が多いな。私に対して無礼だ。二度と歯向かうな。それは無駄だ。それに、貴様の妹は元気に畑を耕してる。お前が歯向かわなければそのままだ。よく考えろ」
最悪だ。
人質を取るような、実力も無いクソ皇子の手駒にされる。
俺は望んで強者に付く事を許されず、意志の無いままに操られる。
ただの人形のような人生を約束される訳だ。
最悪だ。
俺は現実逃避するかのように、更に自己研鑽に力を注いだ。
ヴィクトールに出会ったのはその時だ。
「今日から寮に移る事になったヴィクトールだ。私の部屋は何処だ?」
高慢な言い方だが、自分一人で素直に部屋を聞きに来た。
第一皇子はクソだが、本物の天才は一味違うかもしれない。
俺は敢えて口調を崩した。
身分を笠にして脅すようなカスなら興味は無いからだ。
「俺は第一学生寮の寮長を任されてる、高等部三年のガッシュだ。ここでは身分の差は無い。皇族だろうが平民だろうが、卒業するまでは同じ学び舎の生徒だ。忘れんじゃねえぞ」
そう言ったのだが。
「望むところだ。つまり、ナメられないようにすればいいという事だろう」
自信満々の美丈夫は、勇敢にそう言った。
いや、そういう意味じゃねえんだけど……。
だが、望むところというのはかなり好印象だ。
コイツは、試験のように実力で黙らせる事ができる逸材だ。
クソのギルバートとは違う、本物だ。
久しぶりに歓喜した。
こいつは世界を変えるだろう。
あの時もそう思ったんだ。
あの日。
俺を勧誘しに来たあの時だ。
俺は既にギルバートに命を握られている。
そんな事を知ってか知らずか、挑発するようにヴィクトールは言ってくる。
「私の剣になる資格があるな」
ハハッ、クソガキが。
殴って黙らせてやる。
そう思ったが、殴られたのは俺の方だった。
まさか近接戦闘をここまでのレベルで出来るとは思わなかった。
まるで山、まるで大地。
大自然の力と戦っているような……。
俺の無意味な拳を見て、そう思った。
「デメリットは……そうだな。────無い」
ヴィクトールの言葉に、俺は突き動かされた。
学院に来たあの時の絶望を、ギルバートが来た時のあの落胆を。
こいつは全てを塗り替えてくれる。
俺はコイツに全てを賭ける。
人生賭けた大博打。
だが、面白い。
デメリットが無い?
笑わせるぜ。
妹の命も、お前のそのデケェ肩に乗せてやる。
だから頼む。
頼むぜオイ。
「ヴィクトール、対抗戦は見ていけ。俺の覚悟がそこにはある」
俺の覚悟を見せてやる。
お前も、人生賭けな。




