第16話 勧誘
学院での生活はそこそこ満足できるものだった。
私の手足は充実し、ヒイロやジョンの部下も育ちつつある。
素晴らしい成果だ。
もうすぐ一年も終盤。
終盤に存在するのは、帝国に存在する各学院対抗戦。
第一から第四までのフェルギオール帝国の学院が精鋭を集めて、学院同士で対決するらしい。
なんとも退屈なイベントである。
だが、この対抗戦に選ばれる選抜メンバーというのは栄えある称号のようだ。
選抜メンバーに選ばれること自体は学年の中盤辺りに判明するため、就職に有利だとかなんとかヒイロが言っていた。
まぁ、私には関係の無い事だが。
当然私にも対抗戦の選抜オファーが届いていたが、断ったんだ。
私が勝つのは当然だし、目に見えている結果に楽しむ事もできない。
ただまぁ、見学くらいはしてやろうと対抗戦を見に行く事は決めたのだ。
どうやらガッシュが三年の大将の枠らしく、対抗戦は大盛り上がりだ。
私が辞退したのは、結果が目に見えていることだけじゃない。
盛り上げる自信はあったが、そうじゃない。
私がいなければ選ばれたはずのメンバーがいるからだ。
栄えある称号はそやつにくれてやる。
私にはやるべき事がある。
アルファの手紙によってとある事実を知った私は、ガッシュの元へ足を運んだ。
「ガッシュよ。お前の力、私の為に使わないか?」
「おぉ? 何だァ?」
学院寮の庭でいつものように筋トレをしていた、ガッシュの勧誘である。
単純に第一学院の学院寮長という存在がどういうものか分かっていなかった私には衝撃の事実だったのだが……。
どうやらガッシュは三年の首席生徒であるらしい。
それも勉強だけでなく、実力まで私を除く全生徒の中でナンバーワンだ。
特に戦闘に関して言えば戦闘特化の教官とも張り合えるほどだそうで、あのセカンド教官が満点を付ける程だ。
あの飄々としたおっさんがどれほどの実力なのか未だよく分かっていないが、実力があるのは間違いないだろう。
わざわざ第三皇子の担当をする程だ。生半可ではないはず。
学院寮の前でパンツ一枚で筋トレをしていたガッシュ三年生がそこまでの実力とは思わなかったが、好都合。
私の手駒にしてやろう。
「丁度、戦闘担当が欲しかったんだ。現状戦闘を任せられるのは未熟なリズベットだけだからな」
「何言ってんだお前?」
ガッシュは訳の分からないという顔をしている。
まぁ、簡単な話だ。
実力で分からせてしまえばいい。
「俺のモノになれと言っているんだ。
――――爆縮」
「――――ッッ!!!」
さぁ。
ある程度は手加減したが、本物の真空術式だ。
どうする?
「極怒鎚ッ!」
ガッシュは私ではなく、魔術反応のあった場所へ術式を展開。
アレは……身体強化の一種か。
凄まじい轟音と爆風が私を襲う。
私の爆縮に対して放ったガッシュの拳には、人には向けられない程のとんでもない力が宿っている。
あんなものを対抗戦で出したら、相手生徒は一瞬で肉片に変わってしまうだろう。
空気のハンマーを見事に無効化したガッシュは恐ろしい目つきでこちらを睨んでいる。
「てめぇ……なんのつもりだ。今の魔術、殺す気だっただろ」
「だから勧誘と言っているだろうガッシュ。その程度の魔術で死ぬのならお前に価値は無い。そう思ったが、やはりその力は素晴らしい。私の剣になる資格があるな」
「剣……?」
ガッシュは険しい顔を解かない。
「……つまり、お前は力を示して俺に従えと言ってる訳だ」
おぉ、ガッシュの割には頭の回転が早いな。
いや、奴は見た目に反して勉強でも首席だ。頭は圧倒的に良いはずだ。
筋トレしている姿からは想像もつかないが。
「その通りだ。で、どうする?」
ガッシュはにやりと笑みを浮かべた。
「当然、ぶっ飛ばす!」
筋トレしていた汗が、そのまま身体についている。
私の術を受けてもまだ高揚しているな。
こいつは探していたハズだ。
強者を。
「じゃあ、行くぞ。"部位強化"、爆縮」
「来い、ハナタレ」
安い挑発だな。
私はこの数年で更に鍛え上げた身体強化術式を用いてガッシュに接近戦を仕掛ける。
「極怒鎚……ッ!?」
ハハハ、油断したなバカめ。
さっきの爆縮とは威力を変えた。
先程の力が全力だとは思わない事だ。
爆縮とは二つの手段で威力を変えられる。
真空とはつまり、周囲との気圧の差によって規模が変わるものだ。
よって気圧の差を変化させる事で爆縮の威力を変えられる。
それが一つ。
もう一つは、距離だ。
私は瞬時に必要な筋肉に魔力を通していく。
爆縮を完全に抑えられなかったガッシュは、術式の余波を受けている。
動けないだろう。
「フンッ!」
ガッシュの顔面に私の拳が突き刺さる。
爆発的な初動を生むための下腿三頭筋、地面を強く蹴る為の大腿四頭筋をメインに魔力を送る部位強化を施す。
「ブハッ!!」
吹き飛んだガッシュに対して私は更に近づき、術式を発動させる。
「爆縮」
爆縮の威力は周囲との気圧の差によって決まるが、もう一つの要因は距離だ。
魔術師だと思って油断をするな。
私は近接戦闘の方がやり易い。
「グオオオオオ!!!」
強大な爆縮の威力をまともに受けたガッシュは地面に激しく叩きつけられた。
私の前に跪くようにして倒れ込んでいる。
やはり、美しい。
魔力とは、魔術とはかくも美しく私の願望を叶えてくれる。
全てが私にひれ伏す。
それは比喩でもなんでもなく、事実として頭を垂れるのだ。
「さて、ガッシュ。一瞬で敗北した気分はどうだ?」
「あ、あぁ。……案外、悪ィ気分でもねぇな」
――――こいつは何を言っているんだ。
私はバトルジャンキーでもなんでもない。
必要だと思った時に暴力装置を使うだけ。
負けて気分が良いとは中々理解に苦しむが、こいつが身体を痛めつける筋トレが好きだというのは前から知っていた事だ。
極度のマゾヒスティックな性格だと思えば……いや、気持ちが悪いな。
これを考えるのはやめておこう。
「そ、そうか。」
倒れながら笑っているガッシュに、私はそう答えるしかなかった。
「はぁ……認めなきゃならねえな。お前についていけば、面白いことになりそうだと思う自分がいる」
「当然、ガッシュ。お前にもメリットのある話だ。私についていれば強い相手と戦う機会も多い。それに、第三皇子の側近ともなればお前の家も喜ぶだろう。デメリットは……そうだな。――――無い」
そう言うと、ガッシュは疲れた笑みを零した。
「デメリットは無い、か。ハハハ、自信満々にそう言えるお前が羨ましい。俺には、言えなかった言葉だ……」
?
何やら裏のありそうな話だが。
「どうでもいい。お前の苦悩も、苦痛も、苦難も。全ては過去の物となる。いつまでうじうじ悩んでいるつもりだ」
「ダハハ! 分かった分かった。お前の言葉に嘘は無い、そうだな?」
当然だ。
嘘を吐く必要がない。
「ヴィクトール、対抗戦は見ていけ。俺の覚悟がそこにはある」
回復して立ち上がったガッシュは、真剣な顔付きで私にそう言ってきた。
覚悟のある顔だ。
反故にする理由は見当たらない。
「分かった。お前の覚悟、見せてみろ」
それに、アルファからの手紙も気になる所だ。
対抗戦までには、間に合わせないといかんな。




