第14話 ジョン
ヒイロに新しく手足ができたようだ。
と言っても新しく見つけた訳ではなく、幼馴染と学院の数少ない友人らしい。
まさかヒイロに友人がいるとは思わなかった。
若干の衝撃を受けたが、思えばヒイロは初等部からの第一学院生徒だ。
むしろいない方が稀と言えるだろう。
私とはそのうち顔を合わせるというので、合格かどうかはそれまで保留だ。
ヒイロの手足というのは、かなり重要だ。
その手足次第でヒイロの考える情報の鮮度が変わる。
幼少からの繋がりや、ただの友人というだけでの繋がりだけでは破綻する恐れがある。
私が直接見極める必要があるだろう。
閑話休題
ヒイロによると、平民で特待生の枠を勝ち取った天才がいるらしい。
調査によって、そやつが革新的な商業知識と考え方を持っており、将来に期待が持てるとの事。
「正直、考え方が革新的過ぎて僕には扱い切れないかも。ヴィクティー、どう思う?」
そう言われても、話してみないと分からんが……。
ヒイロが期待するという点で既に評価が高い。
ヒイロは自覚が無いが、実は他人に厳しい。
常日頃、脳内では物凄い勢いで他人を勝手にプロファイリングしてしまっているせいだ。
目が肥えている為、ただの秀才ではヒイロのお眼鏡に適わない。
代替可能な存在である人間は、価値が薄いと思ってしまっている節がある。
だが、それは用途次第だ。
自身の側近をどのような存在にしたいか、という考え方次第で、代替可能な存在である事に価値がある事もある。
ヒイロにはまだ少し難しいだろう。
他人を支配した事も、その実感も無いからな。
だが、覚えてもらわなければならないだろう。
「ヒイロ。代替可能な人材である事は、場合によっては長所だ」
「え、どうして?」
素朴な疑問だろう。
考え方の違い、というのをまだ理解し切れていない。
「替えが効かない存在が、何らかの理由で倒れたり、死んだりした場合に困るのは我々だ。そうではなく、代替可能な人間を沢山集め、同時に教育していく方が効率が良い」
「……あぁ、そっか。教育というのを忘れてたよ。どうにも僕は完成された人を探す癖があるかもしれないなぁ。ごめんよ、次からは気をつけるね」
謝る必要は無いがな。
替えが効かない存在も、勿論必要だからだ。
ヒイロ、お前のようにな。
「気にするな。全ては適材適所、目的次第だ」
ヒイロが間違っている訳ではない。
そう言うと、ヒイロは眉を下げて笑った。
「えへへ、ヴィクティーは優しいね」
や、優しい……?
この私が、優しい?
「……あまり言われた事がない言葉だ」
「えぇ!? ヴィクティーはとっても優しいと思うけどなぁ……。リズベットさんは見捨ててないし、僕の事も拾ってくれるし、平民相手に直接スカウトしに行くし」
それは私が能力主義だからだ。
能力の低い貴族より、能力の高い平民を手足にした方が良い場合が多いだろう。
これも、適材適所だ。
能力が低くとも貴族の家が名家だと変わる。
横や縦の繋がりがあるだけで、良縁のみで上手いこと出来る事もあるかもしれない。
貴族は、本人の能力だけではなく背後関係、友人関係、家長の質まで考えて総合的に評価するべきだろう。
だが、それを踏まえても────ジョンは異常だ。
ヒイロに新しく出来た手足からの情報によると、彼は『イルシアン商会』という名前の商家の生まれらしい。
それに特待生であると。
平民の特待生というのは、前例がほとんど無い事だそうだ。
成績も、高等教育を幼少期から受けさせられていた高位貴族の、更にそのトップ層に紛れ込んでいる。
毎日授業終わりに講堂に残って机に齧り付いているようだ。
何をしているのかというと、商売について毎日毎日考えている様子だそう。
衝撃的なのはその内容。
地球でもかなり近代的なチェーンストア理論を、この十六世紀前後の文明で構築しているときた。
時代が三百年ほど早い。
異端扱いされても仕方の無い事だろう。
その才能、この時代には先進的過ぎる。
今の文明では埋もれてしまう才能だろう。
私がいなければ、の話だがな。
「今日ジョンとやらに会いに行く。私一人でいい」
あまり実用的ではない薄い講義が終了した後、ヒイロにそう伝える。
「うん、分かった。多分だけど、何の問題も無いと思うよ」
微笑みながらそれだけ言うと、ヒイロは講堂を出て行った。
ヒイロの太鼓判があるならそれに越した事は無い。
楽しみだ。
◇◇
この学院は地球の一般的な大学と似ており、自分で授業を選んで出席するタイプの方針だ。
故に『魔術基礎論A』や『広域地理』は一年向きだが、二学年の生徒でも受けることができる。
ジョンは今日『応用商業A』という授業を取っているはずだ。それで今日の講義は終了。
いつもの行動パターンであれば、そのまま一人講堂に残っているか、もしくは食堂だ。
いた。
アレだ。
浅いベージュ色の短髪に、くたびれた制服。疲れた顔だが、追い詰められてはいない。
どうやら集中しているようだ。
私は堂々と近づき、声をかける。
「おい」
そう言うと、後ろを振り返り。
「…………えっ?」
とこぼした。
おい、と言っただけだが、かなり困惑している様子だ。
口をぽかんと開け、瞬きすらも忘れて私を見入っている。
「ジョンよ。私の部下にならないか?」
「え、あっあの、えーと、あっあっ、はぃ……」
なんとも情けない笑顔と返答だ。
これは接客には全く向いてないだろう。
いや、だからこそ新しい目線で考える事ができたのか?
この時代、人見知りなどという存在は生きてはいけない。
全てはコミュニケーションから始まり、コミュニケーションで終わる。
特に貴族社会では言葉の他に、手足の一挙手一投足まで見られ、心の内で点数を付けられる。
「ジョン、お前のその能力が欲しい。ひとまず、今夜私の寮に来い。第一学生寮、4-Dだ」
「わ、私如きがよろしいのでしょうか……?」
何を言っている。
「私が直接スカウトしたんだ。突き放したりはせん。自信を持て。お前は唯一の才能がある」
そう言うと、ジョンは目に自信が戻り始める。
「そこまでおっしゃるなら、かしこまりました。今夜伺わせていただきます」
「あぁ。よろしく頼む」
私はジョンの肩に左手をポンと乗せ、そのまま引き返す。
ジョンは平民だと聞いた。
いくら身分の差が無い学院と言えど、平民相手に皇族が話しかける事はほとんど前代未聞だろう。
だが、そんな前例など知らぬ。
下らん。
この学院の前例など、私が全て破壊する。
全ては私の前にひれ伏す。
経済も力も、私のモノだ。
すぐに、準備に取り掛かろう。




