9 君は何者?
「なるほどね。デボラ、とても貴重なお肉をありがとう。」
なぜかグレンの顔が笑顔なのに引き攣っている。
その横で包丁を直角に持ったままのカレンが立つ。
全く嬉しくなさそうに見えるんだけど、気のせいじゃないよね。
どうしよう──
何なら喜んでもらえるのかしら
私が肩をがっくし落として落ち込んでいたからか、バインが慌てたように、あわあわと無意味に手を動かしながら、カレンに声をかけた。
「カレン!せっかくのおいしそうなお肉だから適度なステーキサイズ5枚にカットしてくれる。あのさ、多分、デボラが思うよりみんな少食だから、あとの残りはデボラのバッグにしまってよ。」
「えっ!でも5枚だけなんて!」
「そ、その!デボラはまだ胃がびっくりするからステーキは難しいし、それだけあれば満腹だよ。食べない間に腐ってもいけないし、厚切りでもらうから5枚で大丈夫!」
そうバインに促され、カレンが切り出した残りのお肉を仕方なく周りに気づかれないように肉を浮遊魔法で軽くして、持っているふりをしながらバッグにしまう。
だが、その私の様子をみていたグレンとヘンケル、バインの顔がさらに固まっていることに私は気づいていなかった。
「その......魔石も...とても興味があるし、ゆっくり見せて欲しいが、そこまではいただけない。それもバッグに戻そうか?」
グレンが、少し名残惜しそうな顔をしつつ、魔石も片付けろと言う。
だけど、今までの話を聞いた感じ、魔石はこの時代にも使っているという。
それなら、これぐらいしか金目のものはない。
どうしよう?
何なら受け取ってもらえるのだろうか?
「もし本当に興味を持っていただけるのであれば、これを宿賃として納めてもらえませんか?それに、服も買っていただいたとか......300年前のお金ならあるんですけど、ここじゃ使えないでしょう?」
魔女狩りにあっても、魔女しか作れない薬や魔法付与した武具などを欲しがる人たちはそれなりにいた。
300年前なら裏でこっそり売買した時のお金も多少ならある。
だが、国が滅んでしまったのだ。
そんな貨幣、紙切れや金属の塊に過ぎない。
「う、失われた貨幣まで持ってるのか!!いやいや、あの、うん、貨幣も魔石も、それをもらっちゃうと、こっちもお返しできるものが何も無くなるか出さないように!」
ヘンケルが、有無を言わさない笑顔の圧で片付けるようにいうので、私はしょんぼりしながらドラグラディアスドラゴンの魔石も空間バッグに入れた。
机の上にはちんまりと厚さ5センチしかないステーキサイズのお肉が5枚残されたのみだ。
.......ああ、足りない。
絶対これでは、ここ二日のベッド代にもならない!
どうやって、ここに居させてもらおうか。
「わたし、本当に行く当てがないんです...」
グレンが、私を労るように肩に手を置いて声をかけた。
「何度も言ったように君は僕たちの命の恩人なんだ。お金を求めることはないよ。今回のダンジョンで多くの素材も手に入れたしね」
「で、でも、それは残った魔物で300年前にすべての階層のボス魔物はすべて駆逐したはずです。だから素材と言ってもそんないいものはないはず!」
「.......いや....それはボスよりは良くないかもしれないんだが」
グレンが、困ったように言葉を濁した。
多くダンジョンに投げ込まれた魔女狩り対象の女性たちと私は、中で全員武器を作り、持ち、魔物と戦っていった。
最初はなんとか出口を探して、この国を脱出しよう!
これはいい機会だ!
そう言っていた。
でも、ダンジョンは、穴を開けたからといって地面に出られる仕組みではなかった。
階層が下がるにつれて魔物に襲われるものも増えてきた。
食べるものはあったのだ。
魔物を狩ればいい。
でも、それをゆっくり食べる場所も落ち着いて眠る場所もなかった。
同胞の数が減るにつれて、みんなギスギスしはじめ、結局生き残ったのは自分だけだった。
150階を過ぎたあたりでもう一人だったと思う。
それ以降のボスは、私がすべて狩りとったはずだ。
「デボラ、見ないふりをしようと思ったけど、君のためを思って話をした方がよさそうだ。話の前に、先に言っておこう。ここにいる5人、そしてカレンは君の敵にはならない。それを信じてくれるかい?」
グレンは私にそう言いながら、バインやヘンケルと目を合わせて、頷いている。
「もちろんです。300年前、私の敵はみんな私の命を狙ってきました。ですが、二日間、皆さんは、私の身の回りの世話をしてくださったじゃないですか。私、生まれてからこんな素晴らしい体験をしたことはなかったんです。」
私は、久しぶりに安心して眠ったのだ。
300年眠っていた時は、黒竜に殺してもらったつもりだったから、眠っていた感覚もない。
暖かい布団、あれを人生で体験できてよかった。
先ほどまでのことを思い出し微笑んで、3人に告げる。
「皆さんが、敵ということはありえません。あったとして、命がなくなっても、それは私の判断のミスです」
私は、大きくうなずいて当然のように答えた。
ヘンケルは苦笑いする。
「いや、敵がみんな命をとりにくるわけじゃないからね」
「デボラほどかわいかったら、騙して彼女にしようとかするやつもいるかとしれない。そんなのだって、敵だよ!」
バインが、拳を握りしめて
「世の中には詐欺っていう敵もいるんだからね」
と強く訴えてくる。
「そうだ。今までのデボラの敵というのは、魔女を排除するものや魔物だっただろう。俺たちがいうのはそういう意味ではない。君をあらゆる意味で害そうとするものだ」
グレンは、私の顔を困ったようにまっすぐ見て言った。
「その上で、言おう。君の言動は危なすぎるんだ。デボラ、正直に話してほしい。君はただ、魔力が強いから魔女狩りにあったんじゃないよね」
そう言われて、私は思わずびくっとして息が止まる。
「わ、わたし......」
「いや、もう聞いてるんじゃない。確信だよ。君は魔女だね。それも、ただの魔女じゃない。君は300年前、史上最強の魔女だったんだろう。だから、最後に生き残ったし、下層300階まで降りることができた。そうだよね?」




