10 私は300年前の魔女
「わ、わたしは......」
魔女だとバレていた。
その事実は、私の中で恐怖となって暴れ出す。
逃げなきゃ──
思わず後ずさりする。
家に穴は開くが背後に風魔法を当ててそこから退路を作ってしまおうか。
そんな考えが瞬時に浮かぶ。
だが──
「デボラ様、1時間経ちました。次の水分摂取の時間です」
全く空気の読めない無機質、無表情な声でカレンが、逃げ道を探す私の前にスッと来たかと思うと、先ほどまでの包丁をメイド服のエプロンにしまい、メイド服のエプロンからサッとお盆を取り出す。
「えっ?」
「本日、1時間ごとに先ほどのドリンクを飲んで胃の調子を確認します。大丈夫そうであれば、本日夕方から重湯を摂取していきます。」
気づけば、先ほどの甘じょっぱい水の入ったコップが、カレンによってドラグラディアスドラゴンの肉5枚の横に準備される。
「さあどうぞ」
この緊迫した場面で、全く空気を読まずに何か変わらない行動をとるのは自動人形だからだろう。
だが、それがこの場面では何よりもありがたい。
私は、グレンからの視線を避け、息を吐く。
「ああ!そうか。すまない。嘔吐させた上にお風呂で体の負担をかけただけでも申し訳なかったのに、更に帰って早々、こんな追い詰めるようにする話ではなかったね。」
グレンは、ハッとしたような表情になり、気まずそうな顔をした。
急いで椅子を引き、それに合わせて、バインも慌てて机の上の肉を片付ける。
そして、バインは重苦しい雰囲気をなんとか変えようと声をかけてきた。
「デボラ、ありがたく、今日はステーキにさせてもらうよ。ソースどうしようかな?やっぱりシンプルな塩とスパイスかな?」
バインは顎に指を置きながら、私に声をかけた。
そして、神妙な顔をしてどう食べるのが一番美味しいのかと悩み始める。
「この肉があるんだったらついでに、俺もピリピリの粒も買ってきたらよかったかな」
ヘンケルも頭を抱えながら、あーっ!せっかくの珍しい肉なのにスパイスはどうするよ!と家の中の調味料を探し始める。
今なら逃げられる?
私は、思わず身構えたのに、あっさり魔女であることの話が避けられたことにあっけにとられ、次の行動のタイミングを逃す。
せっかく、体調を心配されて水分を準備してもらったのに、ここで逃げ出すのは失礼かもしれない。
まずありがたく飲まないといけないんじゃないかしら?
どうしたらいいか分からず、出されたコップを見つめもじもじする。
こういうおもてなしを受けたことがない。
そんな様子を見てグレンは、再び声をかけてきた。
「ね、みんな君の贈り物を喜んでいるし、魔女だからって気にもしない。俺の聞き方が悪かったが、話せるならいろんな話を聞きたいと思っているだけだ。話せないことや思い出したくないことは話さなくていいんだ。さあ、立ち話もなんだからね」
そういうと、私の背後にまわり、ぐいぐい椅子まで体を押される。
そうされてしまえば、ますますグレンを振り切って、家に穴を開ける気にはなれない。
私はすごすご、吸い寄せられるように椅子に座る。
「さあ、ゆっくりと飲んでください。一気飲みはダメです。次回はまた一時間後、今度は量も増やします」」
カレンに促されて、私は頷き再びその甘じょっぱい水を飲み始める。
「美味しい......」
その甘さとしょっぱさがまるでこの環境を表しているようだ。
私は時間をかけて噛み締めるように飲む。
それをみんなはホッとしたような目で見つめるのだった。
◇
「みんな、お肉を持ち上げられないんですか!」
甘じょっぱい水を飲んだら、少し安心して私も少し落ち着いて話を聞くことができた。
どんなに浮遊魔法を使ってないように見せても、ドラグラディアスドラゴンの1000キロの肉を普通の女性が持ち上げられないなら、アウトだったわ。
私は、300年の時の経過に愕然とする。
「私の周りの魔女たちは浮遊魔法を使って持ち上げられてましたし、魔力がなくても、力手袋とかエアーで浮かせるような魔道具は普及していたんです。だから、軽々持ち上げられるものだと考えてました」
それは、おかしいと思われて当然だ。
「目の前であの大きさを持ち上げるんだもの。どうリアクションしようか困っちゃったよ」
バインも、眉を下げて苦笑いする。
ツッコミどころ満載というのはそういうことだったのか。
それはバインが動揺しても仕方ない。
「しかも、ドラグラディアスドラゴンなんて魔物図鑑でしか見たことない伝説の魔物じゃないか。あのサイズ感を目の当たりにして、ましてや、それをたべてもいいだなんて」
バインがじゅるっとよだれを拭く真似をするので、思わず私も吹き出して、思わず笑ってしまう。
「けっこうバランスよく脂ものっているので美味しいと思います」
こうやって笑ったのはいつぶりだろう?
謙遜ではなく、本当にみんな一人一枚しか食べないらしい。
「だけど、すごいよな。魔物を退治したものが、その素材を頂く権利があるという認識は前も一緒だろう?それを持っているのは、それを倒したからだろう?」
グレンはうなって私に聞いてくる。
彼がいうには、同じ魔法使いとして色々知りたいし、聞いてみたいことや教えて欲しいことがあるのだそうだ。
「そうですね。ただ、亡くなった同胞が狩ったのものはみんなで分けました。食糧は大切でしたし、素材は道具にも薬にもなります。そのかわり、彼女たちが生きていた証を最後に生き残ったものが引き継ごうとみんなで決めていたんです。」
「それは、つらく重い任務だな」
そう答えた私に、ヘンケルが痛ましそうな表情で私を見つめ、私も、曖昧に微笑む。
「結局、私が最後でしたからみんなのものをもつことになり、彼女たちの狩ったものも、遺品も全部受け取ってしまいました」
「亡くなるというのは魔物にやられてかい?」
「いえ、魔物が一番多いのですが、病で去ったものもいますし、メンタルがやられてしまったものもいます。その引き継ぐものが欲しくて、同胞の魔女同士が争って命を落としたケースもありました」
口に出すのは辛かった。
なんとかして生きて帰るには、自分の持っているものでは足りない。
あの魔道具が!
あの食料が!
あの薬が欲しい!
お互いを止めようとしても、止まらない。
泣きながら、彼女たちの無念のかけらを集めた。
私は家族も会いたい人もなかったのに。
そういう行動に走ったものには、会いたかった家族や愛する人もいたのに。
「結局、みんなの無念という名の遺品を引き継いでも、地上のその縁故のものたちすらもう生きていません」
再び私の発言で、場が暗く重くなる。
グレンは息を吐き出すように唸った。
「デボラがいたダンジョンは、最難未踏ダンジョンといわれるものだったんだ。
君から見て、いい素材が残っていないという魔物たちですら、他のダンジョンのボスクラスだ。
普通のダンジョンは50階から100階ぐらいだよ。それが、300階までの深さのダンジョンだからね」
私は、なるほどと頷いた。
私たちは、その深さを知って魔女狩りにちょうど良いと閉じ込められたのか?
それとも、普通のダンジョンだと思っていて、魔女たちに一つダンジョンを片付けさせようというぐらいの気持ちだったのか?
今となっては、それを知ってもどうにもならないのだが、やりきれない。
「この世界の常識を、私に教えてください。その代わり、私のわかる過去のことであればお伝えします。あと.....この世界で一人で生きていきたいのです。私にはやらなければならないことがあります」
「やらなければならないこと?なんだい?ここにいる俺たちにもできることだろうか?いっきにあれもこれもやらないとと考えたら、心が参ってしまうよ」
グレンが心配そうに私の顔を覗き込む。
ありがたいことだ。
私の体調を本当に心配してくれている。
私が魔女だと知っても大騒ぎするわけでもなく、話を無理やり聞くこともない。
私は、一息ついて彼ら3人に自分の思いを伝えることにした。
「私は、同胞の無念の分まで生きることにしました。自分から命を粗末にすることはしません。私に、生活力がついたら、彼女たちが、戻りたかったそれぞれの場所にそれそれの思い出を返しにいきたいのです」
「遺品を......か?だが、300年前の国は崩壊して、遺跡のようになってしまっている。現存しているものはもうないんじゃないかな?」
「それでかまいません。もし、墓や思い出のものがあればそのそばに置けるものを。置けるものが無いものは、一輪の花を手向けたいのです」
そう話す私の言葉に、バイン、ヘンケル、グレンの3人は顔を見合わせた。




