85 ローブに込められた想い
「どうしたらいいと思う?」
レグスタインと両思いになり、数日後──
私は、ペガサスの羽を前に、師匠のローブの再現に唸り始める。
「へえ、デボラでも悩むことがあるんだ?表と同じようにワイバーンのペーストを塗って魔法固定じゃダメなの?」
「一発勝負だもんね。これ失敗したらもう羽は手に入らないんだよね」
グレンとアレンもペガサスの羽をじっと見つめた。
私はコクンと頷きながら、恨めしそうにペガサスの羽を見つめる。
「師匠ったら、どうせなら復元の仕方も教えて欲しかったわ。触ったことしかないのに、どうやって成功させたらいいんだか?」
ドロドロに溶かしてペーストにすると、この内側の布のふんわりした暖かい感じがつぶれてしまう気がした。
ふんわり……かあ……
「とにかく軽い生地感を活かしたいんだよね」
「それなら、薄い生地をたくさん作って魔法で最後に一枚の布に加工するとか」
グレンが、ローブの生地とペガサスの羽を両手で触る。
「それだと、ペガサスの羽が一枚って訳にはいかないよね」
3人は顔を見合わせ、はぁーっとため息をつく。
その時──
「あら、それが噂のペガサスの羽?」
ユリアが、私たち3人の落ち込む様子を見て声をかける。
「はい。一枚手に入ったことは奇跡なんですけど、扱ったことがないし、一枚で上手くいくとは思えなくて。一発で成功する自信もないんです」
「へぇ、あんたが魔法で自信がないなんてことがあるのね」
ユリアもグレンと同じような反応をするが、300年前にどれだけ私が多くの失敗を繰り返したことか?
「今の魔法は、失敗の積み重ねの先にあるものですよ」
私は、むーっと頬を膨らませた。
ユリアも、ペガサスの羽に興味があったらしく触ってみる。
「どこにでもありそうな羽なのにねぇ」
そう言いながら、首を傾げてギルド長に見せる。
ギルド長もペガサスの羽に関心があるらしく、じーっと鑑定しながら、おや?という顔をした。
「なあ、ユリア、これユリアに昔プレゼントした羽の扇子に似てないか?ほら、ブルーのドレスに映える扇子が欲しいっていうから羽のコートとセットで……」
「ああ、そういえば……調子悪くなった頃だったから、着たことがないんだけど……えーっ!あれは魔力が高いけどなんの羽かわからないって言ってなかった?」
ユリアはソフィアにそのドレスを持って来させる。
ギルド長は、モノクル眼鏡をかけて、じーっとペガサスの羽と比べる。
「俺には同じに見える……が、そんなことってあるのか?ただユリアに最高級の羽のコートと扇子を準備しようと思ってギルドの倉庫にあった羽を使ったんだが……」
みんなで、嘘だろ?といいつつも、顔を見合わせる。
「こんな身近にですか?」
「もし、これがペガサスならその羽はお前にとって師匠さんの大事な羽ペンなんだろう?とっておいたらどうだ?」
ギルド長の提案に、ユリアも、頷いている。
「そうね。私もあれから痩せてしまってドレスを作り直さないといけないし。いいわ、それあげる」
そう、ユリアにあっさりどうぞといわれて、私は混乱する。
「えっ!いや、なんかお返しさせて欲しいです。ペガサスですよ?」
あげると言われて、いただきますと言えるものじゃないのはわかる。
わたしは、ブンブンと手を振り代わりのものを請求してくれと頼んだ。
「それを言ったら、デボラには万能薬をもらったし、この間も助けられたでしょ。私、以前言ったわよね?借りを作るのは嫌いなの」
ユリアはふんっとそっぽを向きながら、ピシャッと言い放つ。
「お礼も謝罪もしたくないわ。そのかわり、それで手を打ってよね」
わたしは、どうしようとグレンとアレンの顔を見つめる。
二人は、それ以上逆らったらダメだと言うように、無言で首を横に振る。
そうよね。
ユリアなりの不器用な愛なのだ。
ありがたく使わせてもらおう。
「ユリアさん……わかりました。師匠のローブを直すのに使います。」
私は大量にペガサスの羽ががついたゴージャスなコートと、扇子を受け取った。
◇
「羽を溶かす……羽を刻む……羽を伸ばす……」
ペガサスの羽を、いろんな形に変えては、色んな溶解剤を試していく。
だが……
「うーん、喧嘩しあってしまうのよね。」
目の前の羽は、燃えたり、飛び回ったり、ぺたんこになったり……
「ベースになる布がいるのか?何かを混ぜるのか?」
私は、師匠のローブに触れてはため息をつく。
「デボラ、少し休まないか?」
唸り続ける私に、レグスタインが声をかけた。
「こうやって、かつても悩んでたの?」
そう聞かれて、わたしは過去を思い出しながら首を横に振った。
「昔も、こうやってやってごらんと言われてたの。ただ、目の前には師匠がいて、私が悩んだり、困ったりする様子を見守ってくれていたわ。こうやって一人で悩むのは初めてね」
もう、そのヒントを与えてくれる人はいない。
レグスタインは、そうかと呟き、私の横に座った。
「俺はアドバイスはできないけど、師匠さんの代わりに君を見守る役目を引き継ぐよ。だから一人だと思わないで」
そう、微笑むレグスタインに、ぐっとこみあげるものがある。
「あの……レグは本当に、私のことが好きなのよね?」
私はやっぱり、夢心地で、ある日目が覚めて、ただの夢になってしまうのではないかと不安になる。
両思いになっても、喪失体験の恐怖は消えるわけじゃないことを痛感する。
「もちろんだよ。師匠さんの愛情と、俺の愛情は少し違うと思うけど、愛しい気持ちはむしろ強まっていく一方かな。」
「そ、そういうことを面と向かってサラッと言うから不安なんだわ」
私が同じセリフを言おうと思ったら、一晩練習しないと無理ね。
「そう?じゃあ言い方を変えよう。君のこれからの人生で、暑い時には日陰を作ってあげたいし、雨が降れば君の傘になりたい。風が吹けば、風除けになってあげたいし、寒ければ暖かくくるんであげたい」
そう、レグスタインは私に微笑んで、そっと髪を撫でた後、私の顎に手を当てる。
そうして、ゆっくりと顔が……
だがわたしは、今のレグの言葉に何かが引っ掛かる。
「待って!なんかすごく今しっくりきたんだけど」
私は、レグスタインとわずか10センチの口元で、思い付いたように立ち上がる。
レグスタインは、えっ?今一番いいところだよね?と困惑を隠せない。
「なにがしっくりなの?」
「師匠が、あのローブをどんなつもりで着ていたのかに気づいたの」
私は、確信を持って頷いた。
「レグが私に向けた愛情そのままの世界を、師匠も持ってくれていたんだわ」
わたしは、もう一度師匠がくれたペガサスの羽を見つめた。
「師匠からのヒントだったんだ。羽はたくさんいらない。一枚でいいの。大切なのはこのローブが作られた想いだわ」
「想い?」
レグスタインも、羽の横に置いてある師匠のローブを覗き込む。
「そう、わたし思い出したの。この師匠のローブの思い出……」
今のレグの話の通りだわ
幼かった頃から、このローブを着た師匠といた。
お昼寝はこのローブに包まれて眠ったわ。
暑い時には、涼しい風魔法で気持ちよく過ごしたわ。
雷が怖い時には、このローブに隠れたわ。
服が薄着だったから冬の寒い時には、このローブに。
大きくなっても手足を入れさせてもらったわ。
このローブは、きっと私を想って作られたローブ──
だとしたら……
私は空間バッグから、私が小さかった頃の服を取り出す。
私の服はすべて師匠が、私のために準備してくれたものだ。
既製品もあるが基本的にはすべて師匠が作ってくれたものだった。
「へえ、デボラが小さな時の服か?可愛いサイズだな」
当時は何も思わなかったが、師匠なりに女の子が着るものだと意識していたのだろう。
ポケットや服に、所々レースを入れたり、可愛い刺繍をしたり……
目立ちにくくするため、茶色や迷彩といった柄が多かったが、師匠の思いやりが、ここにもあちこちに詰まっている。
わたしは、ふーっと息を吐いて、一気にそれにハサミをいれた。
慌てるのはそばにいるレグスタインだ。
「デボラ!布が欲しいなら持ってくるよ!それは大事な思い出なんだろう」
悲痛な声を上げながら、わたしの手を止めさせようと、ハサミを掴む手を抑える。
「いえ、わかったの。師匠が私のことを考えてくれたものが詰まっているのよ。それを使うことに意味があるの」
そう言って、わたしは師匠のローブの内側の破れに合わせて、自分のために作られた服を切った布をのせた。
更に、一枚、師匠が毎日使っていた羽ペンの羽を上に乗せた。
わたしは、懐かしい師匠からもらった杖を出す。
もちろん、師匠がかつて私に話したような2倍になる効果のある杖でないことはもうわかっている。
でも、私に対しての想いがたくさん詰まった杖、これを利用するわ。
わたしは、軽くその杖を持って構えた。
「久しぶりだわ。この感覚……師匠、最後の私への魔法、全てここに使わせてもらうわね」
集え、風の魔法──
集え、火の魔法──
集え 土の魔法──
集え 水の魔法──
集え 雷の魔法──
私を守るその想いよ。
私をそれで守りたまえ。
魔法の層がふわり、ふわりと降りていく。
ペガサスの羽にそれが伝わり、羽が光りそれぞれの魔法に吸収されていく。
「このローブに宿れ!」
私は、師匠のローブに向けて杖を振りかざした。
その瞬間、大きく5つの層がローブに広がり、穴を埋め尽くしたいく。
やがて傷はなくなり、破れも消え、残されたローブはかつてと同じ輝きが甦っていた。
「うわああ、すごいじゃないか、デボラ!元通りだよ」
レグスタインが感嘆の声を上げる。
「へへっ、だって私は師匠の弟子だもの。」
私は、ホッとして少し力を抜いた。
◇
「空間ポケットの中身は……お菓子ばかりね?」
300年前のお菓子ばかりだ。
魔女の集落には甘いものなんてなかったから、師匠はたくさん持ち歩いていたのね。
お菓子をねだっても、もうないよ。って言っていたのに……
きっと、一人甘いものを食べれば、集落で魔女たちから浮いてしまうからだ。
お菓子はたくさんあったのに、誰も見ていないところで、時々そっと私にくれていた理由を考えた。
「あとは……日記?」
その中身は、私がいなくなってからのことだった。
皇帝を廃人にして殺したこと
毎日毎日私のことを探し続け、毎日ダンジョンの前で私が帰ってくるのを待っていたこと
戻ってこない私を死んだと認めたくない心の葛藤
これから、どうしていったらいいかの自問自答
そして……
「師匠も、魔女狩りの被害者のところに旅したのね」
魔女狩りにあった魔女たちの故郷に祠を作る。
何があっても、そこが彼女たちを守ってくれるように。
過去帳を書きながら一人一人……
時には、生き残った魔女や遺族から罵られながら……
私は、それを読んで、一緒にその悔恨の旅に付き添えなかったことに心が痛む。
そして最後に衝撃の言葉が書かれていた。
「デボラと私の思い出の故郷は無くなってしまった。私への罰だろうか?全てを埋め尽くすようにその場は無くなり、ただ、深く大きな穴が誕生してしまった……」




