86 仲間の故郷に遺品を届けにいきます
「故郷はなくなり……ダンジョンに……」
私が今の時代の文字が読めないように、この時代の文字をレグは読めない。
私は、師匠の日記を声に出して読もうとしたか、途中から涙が溢れて読むことができなくなった。
「デボラ、読みたくなった時に教えてくれたらいい。」
レグスタインは、師匠の日記をそっと閉じた。
「過去帳も、君がいなくなってからの師匠さんの足取りも分かった。早速明日から、この道のりを辿ってみようじゃないか。その中で、見える景色も、変わった景色もあるだろう。でも、このローブを見てもわかる。月日が経っても、想いはかわらないよ。」
「想いは……かわらない」
私は、レグを見てギュッと抱きついた。
「私は師匠に何も届けられてないわ。こんなにたくさん想ってもらったのに……」
「十分、師匠さんも受け取ったと思うよ。君の成長、君が大好きな師匠への愛情、ちゃんと受け止めていたから、悲しみも深かった。師匠の足跡を追ってみよう。みんなの遺品を持ってね」
私は、涙をボロボロこぼしながら頷く。
レグスタインは、私の涙を指で拭いながら、私の目を見つめた。
「そして、過去をたどりながら、俺と一緒に未来を歩むことを考えて欲しい。今度こそ本当のプロポーズだ。答えは……この日記通りに辿って、終わったところにしようか?」
「すぐ答えを求めないの?レグらしいけど……」
私は、すでに両思いなのに、また返事は先なんだと笑う。
「俺も一緒に、その喜びも悲しみも分かち合って、その遺品や気持ちにケリをつける時にする。」
「わかった。じゃあ、未来の楽しみにとっておく。全部辿ったら、もう一回プロポーズしてね」
私は、レグスタインの腕に手を回す。
レグスタインもわたしの腰を引き寄せ、そのまま熱い口付けを交わし合った。
◇
「じゃあ、一つ一つ回っていくんだな」
ギルド長は、過去帳と、師匠の日記を見て頷いた。
「お前たちが、回っている間にデボラの故郷のことは調べておくよ。俺たちもついていきたいが、ギルドを放り投げるわけにはいかないし、アレンも子供だ。ある程度の年齢になるまでは、ちゃんと屋根のあるところで、安定した生活をさせたいと思う」
そう話すギルド長の横で、ぶーっと膨れるアレンがいる。
「俺だって、始祖の歩んだ道のりを歩みたいのに……」
そう文句を言うが、ユリアに相当説得されたらしく、じろりとユリアから睨まれると黙り込んだ。
さすがユリアさん、しっかりアレンのことも掌握してるんだわ。
わたしは、睨まれるだけでおとなしくなるアレンを見て感心する。
アレンは、家庭の雰囲気を味わったことがないようで、最初の頃は、部屋の端の方でおとなしかったそうだ。
だが、日々巻き起こる流血の惨事の夫婦喧嘩の仲裁をするうちに、なんとなく家族のポジションを得たらしい。
「アレンには、色々教えたいこともあるんだよ。野外で暮らしていけるほど逞しくなったら、むしろ今度はどんどん連れ出してくれ」
ギルド長は、そう言ってアレンの頭を撫でる。
「アレンをお願いします。アレン、師匠のことだから、ダンジョンはあっさり踏破したと思うけど、日記にはその後のことが書かれてないの。ダンジョン消失後の故郷がどうなったか、ここで調べてみてくれないしら?わたしも頑張って文字を覚えるから」
私は、困ったように眉を下げた。
過去帳と照らし合わせた結果、私のいた集落だけは祠がない。
それは、急に出現したダンジョンのためだった
ダンジョンというのは、突然できるものだ。
早めに対処すれば、階層は浅くて済むが、強い魔物が出たり、発見が遅れると、どんどん深い階層になっていく。
私が、処刑されたダンジョンは、その時代、過去一番難関なダンジョンで、300階。
国の端にあって、階層ごとに伝説級の魔物が出て、存在を長く確認されなかったために、手がつけられなくなったダンジョンだったそうだ。
私の集落にできたダンジョンは、すぐに発見されているし、師匠がいるならよほど強くない限り踏破されて、消失したはずだ。
消失後は、普通は元あった景色に戻るものだが、地図上にそれらしきものがない。
「ああ、アレンとしっかり探しておくよ。」
ギルド長はアレンと共に返事を返してくれた。
「デボラ、行こう。魔女たちの故郷に!最初は北の、ルフラン村だな」
グレンが、絨毯を持って立ち上がる。
「アレン、二人の夫婦喧嘩がひどすぎたら、ソフィアを使えよ」
キリフも、アレンの肩を叩いて立ち上がった。
「あーあ、これから俺たち、レグとデボラのラブラブを見せつけられるのかなあ。誰だっけ?パーティーの恋愛を禁止にしたやつは?」
ヘンケルが、含みを持たせて私とレグに笑いかけた。
私は、真っ赤になりつつも
「し、仕方ないじゃない!だってレグのこと、好きになったんだもの」
そう、必死で反論する。
瞬間──シーンと静まり返る。
えっ?何か間違えた?
レグを見ると、真っ赤な顔をして手で顔を覆っている。
ユリアが、私の肩を叩いた。
「バカねえ、素直に言ったらそれ以上突っ込めないでしょ。まあ、私も、あんたの素直さがあれば、私とキリフとジークの関係も変わったんだろうから、羨ましいけどね。」
ふふッと笑うと、レグスタインをチラッと見る。
「で、それを受けて、ナイトはなんて答えるのかしら?」
「あっ!ゆ、ユリアさんそれ以上は……」
私も真っ赤になる。
ここで、愛の告白をしたら困る気持ちがよくわかるわ。
つい、正直に答えてしまった。
「みんなには悪いが……旅が終わったら、俺の奥さんになる人だ。みんな、よろしく頼むよ」
そう、赤い顔をしながらもレグも返答したから、わあああっと歓声が上がった。
「もうそこまで話が!なら、俺が神父をしてやるよ」
キリフも、思わず興奮する。
「えーっ!じゃあ、私はドレスを考えとくわ」
ユリアも、えらいこっちゃと騒ぎ出す。
「マジかよ!これは邪魔できないな」
ヘンケルとグレン、バインも揶揄うのをやめて、手を叩いて喜ぶ。
「ま、まだ先ですから!」
私とレグの二人は、みんなの喜びの声に恥ずかしくなりながらも、幸せな未来を思い描き、旅の一歩を踏み出した。
◇◇◇
「みんな行ってしまったわね」
ユリアが少し寂しそうに呟くのを聞いて、アレンは頷いた。
「アレン、お前が私たちの息子になるにあたって、お前に告げておきたいことがある。ユリアも行くか?」
ユリアが頷くのをみて、ジークがユリアを抱き上げる。
そして、アレンを連れて地下に向かって進む。
「な、何?怖いんだけど……」
アレンは、父親から受けた被害のこともあり、少し恐怖で顔が引き攣っていた。
「安心しろ。ここには、一度デボラも連れてきたことがあるんだ。あのときは、空間バッグの中身がとんでもないことになったがな。」
転移陣を何個も何個も抜けて地下に行く。
「ここは、代々のギルド長が守ってきた場所だ。」
そっとユリアを下ろすと、ギルド長は目の前の大きな穴に視線を注いだ。
「ダンジョンだよね?なんか、ぞわっとする空気がある。まだ、中に魔物がいるんじゃない?」
アレンは、そのまとわりつく邪悪な空気を感じて、思わず後ずさった。
「アレン、ここがデボラの故郷だ」
「えっ?」
ジークのあっさりとした告白に、アレンは驚く。
そして、それを事前に聞かされていたと思われるユリアは、ため息をついた。
「ここは、ギルドの秘匿された空間で、代々のギルド長しか入れない危険なダンジョンだ。その危険度は、デボラが300年いたダンジョンなんて比にならない」
それを聞き、アレンは目を見開く。
「そんな危険なダンジョンがなんでこんな地下に放置されてるの?」
アレンはデボラの気持ちを思い、叫んだ。
「ここにデボラの故郷があるなら、それを教えてあげたらいいじゃないか?」
だが、ユリアがそれを聞いて首を横に振る。
「放置しているんじゃないんですって。危険だから、ダンジョンごと囲って、何重にも魔法をかけて中から魔物が出られないようにしてあるのよ。
あの子が聞いたら、間違いなくここに飛び込むでしょうね。でも、その結果どうなると思う?」
アレンは、そう言われて思わず言葉に詰まる。
デボラが飛び込めば、5人も一緒に飛び込むだろう。
そうした時にどうなるか?
みんな亡くなるか、またデボラだけ生き残るか?
ジークはため息をついた。
「始祖が最期どうなったのか?正式なものは残ってないんだろう?」
「そうだね。枢機院をつくり、祠を作って転々とした後は、そのまま静かにフェードアウトしてる」
アレンは返答したが……嫌な予感に襲われる。
始祖にとって、ダンジョンに変わったこの故郷は、デボラとの思い出で、とても大切なものでないのか?
そのデボラもいなくなってしまった。
しかも、デボラを追いやったのは自分の兄である皇帝と、間接的には魔法使い部隊を指揮していた始祖本人になる。
罪の意識の中で、デボラが消えたものと同じダンジョンが、大切な故郷にできたら……
「始祖は……この中に飛び込んで行ったのか」
アレンの呟きに、ジークは頷いた。
「そう言われている。表には出てこないが、ギルドという制度を作ったのも実は始祖の働きが大きい。魔法使い部隊や兵が行き場を無くして、働き口としてつくったのがギルドの始まりなんだ。その始祖が、最後に言い残した。もし、自分がいなくなったら、このダンジョンは、危険だから必ず囲えとな」
「始祖が、ギルドを?」
アレンは初めて聞いた話に驚くが、権力が集中しないように気を遣っていた師匠ならあり得ると思って妙に納得する。
そして、始祖すら手に負えないダンジョンが現れたら、それはみんなを危険に巻き込むことを意味すると思ったからそう伝えたのか。
アレンはダンジョンを見つめた。
その先は真っ暗で、どこまで続いているかわからない。
「いずれ、アレンにはこのギルドを継いでもらいたいと思っている。だから伝えたんだ。もちろん、デボラもお前も、仲間たちもみんなそれぞれに力はつけるだろう。だが、このダンジョンを踏破できるのか?と言われると無理ではないかと思う。
過去に縋り過ぎて、デボラの未来の幸せを潰すことを、始祖が望んでいるとは思えないんだ」
ジークは、アレンに微笑んだ。
「父さんは、デボラに伝えなかったことに罪悪感があるんだね」
アレンは、そう言ってジークを見て、ユリアに微笑んだ。
「そういうこと。一人で背負うにはしんどい嘘だから、私たち3人で……ね」
ユリアも寂しそうに微笑んで、3人でもう一度そのダンジョンを見つめる。
「わかった。みんなに伝えなくてはいけないと思う時までは、俺も言わないよ。だけど、そうなった時のために俺も始祖ぐらい強くならないとね」
アレンは、そういってジークとユリアに頷いた。
3人は、再び地下空間から出て、その場を閉める。
施された魔法陣を何度も抜け、魔物が出てこないようにと守られたその先は、いつもの300年後の世界だった。
《完》




