84 【レグ視点】どんな香りでも愛おしい
振られるのが嫌で、視線を逸らして、極力二人きりにならないようにしていたのに……
キリフのやつ!
絶対わざと俺とデボラを二人きりにしたな!
どうするんだよ?
今日俺は、この間の告白の返事を聞くことになってるんだよ。
全く脈がないのをこっちは知ってるんだ。
一晩失恋したショックを隠しながら、デボラと過ごすのか?
デボラだって、やりづらいだろ!
俺はデボラをチラッとみる。
あんなに絨毯の上から飛び降りる勢いで暴れていたのに、ボロボロの箒を見つめた後は、なんだか大人しくなって、前みたいにグッタリしなくなったな。
いっそ、今日だけは、前みたいに俺に抱きついたまま眠ってくれたらいいのに……
俺は、ため息をつきながら、風呂の準備を始める。
デボラの綺麗だったワンピースは、俺が告白した時のまま、みる影もなく薄汚れて、胸元には吐血の大きな血の痕が残っていた。
グレンの話では、デボラは自力で解毒が出来なかったはずと言っていたし、アレンが血まみれなのを回復しきれなかったところを見ても、彼女自身弱っていたはずだ。
見た目よりかなりのダメージを受けているんだろうけど……
俺は、デボラを探し回っていた時のことを思い出す。
「こっちから強いデボラの魔力を感じる。匂いも!」
ヘンケルが、鼻を効かせて上に行こうという。
「最上階の五階?」
「ポンセも五階にいるって連絡鳥が反応していたよな?」
アレンが頷くので、そのまま玄関を蹴破り、階段を他の冒険者と駆け上がる。
「何事ですかな?」
「アレン殿ではないか!」
いろんな部屋から、護衛や枢機院の職員が出てくるところを、ギルド長が一喝する。
「ギルドへの不可侵協定を破ったドマイン教のポンセにたいしての緊急発動を行う。我が妻、そして子供への殺害未遂、管理下にあるプラチナカードの女性に対しての誘拐だ。」
「そ、そんなポンセ殿が?ジークフリト殿、これで何かの間違いだった時にはただではすみませんぞ」
スヴェン教のマルコが声を震わせて、入ってくる冒険者たちを睨む。
「間違いない。俺もポンセより殺されかけたのだ」
「私の兄はクストス教総長のレイルだ。私も証言する」
アレンとキリフが前に立つ。
「ポンセを庇うならそれでも良い。ギルドに対しての敵対行為に協力したと判断するまでだ。スヴェン教本部、教会、そしてその信者も含めて対象にさせていただこう」
ギルド長が、血まみれの服のまままのユリアを抱き上げ、これでもいうのかと目をカッと開いた。
そうなると、誰も抵抗するものはいない。
「みんな、ポンセと誘拐されたデポラを探せ!金髪の痩せ型の少女だ」
そうギルド長が伝えると城の部屋という部屋にみんなが雪崩れ込み始める。
最上階の牢の周辺は、なぜか大勢の兵がいる。
ぱっと目に入ったのは、暗く汚く異臭を放ち、人が過ごす環境とは思えない牢屋。
ゾッとしたし、ここにデボラがいたのだと思うだけで、血の気が引く気がした。
その牢が並ぶ中で、一つだけ、異様なほど、きれいに輝く牢の部屋の床に、焦げた穴が空いているのを見た時は、今度は、デボラに何が起こった?と血の気が引いたのだが──
「ギルドだ。ドマイン教ポンセの報復措置を行う。抵抗すれば、ポンセと共にギルドに刃を向けたと判断して斬る」
俺は、ギルド長の声に合わせ、剣を握り直す。
カシャリ
無機質な剣の音が響き、目の前の兵にどよめきが起きる。
「お、俺たちは、ポンセ殿が捕らえた脱獄犯を探しているだけだ」
指示されたことをしているに過ぎないと床の穴を指差す。
「それは脱獄犯じゃない。ポンセが我々の管理している少女に毒を飲ませた上に誘拐したのだ。抵抗するなら、こちらも容赦しないが?」
そういうと兵は首を振ったので、俺たちはその穴から再びデボラを追いかける。
その脱獄した時の床の焦げ、その後、デボラがいた始祖の部屋の荒れ果てた壁や床……
全てを思い出しても、むしろこの程度の汚れと傷で済んだことが奇跡だと思える。
俺は、ボロボロになったデボラが愛おしくなり、再び見つめた。
「頑張って60は数えてお湯に浸かろうか」
汚れと汗だけでも流した方がいいだろう。
今は、妙に元気だし、如何にして風呂に入らなくてもいいかをアピールするし、突然神に祈りを捧げ出すし、なぜか正座だし……
なんか様子がいつもと違うが、疲れと興奮がそうさせているのかもしれない。
それとも、万能薬って、体を治す代わりに挙動不審にさせる副作用でもあるのか?
いや、もしかして、デボラは俺の告白のことを覚えていて、無かったことにしようとしているから挙動不審とか?
それなら、俺も……無かったことに……してしまおうかな?
そう一瞬考えて、ブンブンとその考えを打ち消す。
魔女ってバレたんだから、魔力の高いデボラは引く手数多か。早く、振り向いてもらわないといけないし……
むしろ、もう一度、俺は逃げずに告白し直した方がいいのかもしれない。
俺は、どう話をしようかと少しオロオロしながら、再びデボラを見つめる。
だが、デボラの様子はいつも以上に変じゃないか?
風呂に60秒入るのに、ここまで固い決意を持って浸からないとダメなほどお湯がだめなのか?
「デボラ……いくらなんでも風呂入るだけで大袈裟だよ」
調子悪いんだったら、やっぱり風呂はなしにして眠らせることを優先するか?
そう言おうとしたら、突然デボラが立ち上がり、無表情でつかつか俺の方に向かって歩いてくる。
やっぱりおかしい!
なんか、鬼気迫っている。
そう思ったら、俺に胸ぐらを掴む勢いで近づいてくる。
えっ?なんだ?
俺は、デボラと一瞬目が合うが、デボラは無表情のまま、そのまま俺の耳元に視線を向けた。
そして、俺が欲しかった爆弾を投下する。
「戻ってきたので、返事を返します。私が、心から好きなのは、レグです。師匠とあの世に逝かずに、レグと一緒に生きるので失恋させないでくださいね。
返事は、風呂から出て聞きますから!」
へっ………
きき……間違い?じゃないよな。
その呆然とする俺を見て、してやったりと、にこっと笑ったかと思うと、デボラが猛ダッシュで浴室に。
お、おい!きちんと確認させてくれ!
風呂から出た時に、俺の勘違いだったらセクハラになる。
間違いなく、両思いなら、抱きしめてキスぐらいするよな?
えっ?するよな?
自分自身に意味のない問いかけをしてみる。
「で、デボラ!お願いだ!ちょっと話をさせて」
俺は、再度、浴室のドアを急いでノックした。
ああ、俺がこの間逃げるような告白をしたせいだ。
自分にしっぺ返しが来るなんて!
「デボラ!開けて!」
ちゃんとデボラも本当に俺のことを好きでいいのか確認したいのに。
俺は呆然と、浴室の前でデボラが出てくるのを待つしかなかった。
◇
それから一時間が経過する。
なぜか浴室から激しい音がするのだ。
だから生きてはいるんだろうけど??
少しフローラルな香りが漂ってくる。
それから二時間が経過する。
やっぱり浴室から激しい音がするのだ。
二時間は、さすがにおかしいよな?
なんか、フローラルな匂いも香水並みに強くなってきたんだが?
「デボラ、ちょっと話をしよう。今、俺に何か手伝えることはあるか?」
「…………」
「あるんだな?」
俺は確信する。
これは、デボラにとって想定外の出来事が起きた時だ。
デボラにとって想定外?
先ほどの告白は、どう考えても俺にとって想定外だが?
「裸です。手伝って欲しいけど、手伝ってもらえません」
中から、泣き声に近い悲鳴のような声が聞こえる。
「デボラ、まずは落ち着け。夜着を着て、後で乾かすことは君なら可能だろう?夜着をきたらここを開けてくれる?」
「…………ぐすっ」
泣いている。
風呂で泣く要素なんてなかった気がするんだけど、どうなぐさてたらいいんだ?
俺の頭の中は、先ほどの感動的な告白は吹っ飛んで、どうしたらいいのかが頭の中を支配する。
カチャッ
俺は恐る恐る浴室に入った瞬間、床に足を取られツルッと滑る。
うわあああっ!ててっ!
ツルッと滑り転んだ瞬間、目の前には羊のように泡まみれになったデボラがいた。
「それっ、どうしたの?」
俺はぬるぬるの床も、泡がぶくぶくになって変わり果ててしまった浴室にも驚愕する。
「レグ……ぐすん……どれが……どれを使うのかわからなくて……」
デボラが指を指す先には、満タンだった四つのボトルの空が転がっている。
「ん?全部使ったの?」
デボラはこくんと泣きながら頷く。
だが、全部使ったからってこんなふうにはならないはずだ。
「お風呂に上がった時に、いい香りでいたかったの。だから、それを使って洗おうとしたんだけど、いつもしてもらうみたいに泡が立たなくて……」
指差す先はヘアオイルだ。
泡は立たないだろうな。
「違うんだって焦ったわ。だから、次のこの透明のボトルを使ったんだけど、今度は前に使ったぬるぬるが落ちないから、効果をアップさせたの」
次に使ったのはトリートメントか?
アップさせても、よりベタベタになるよな。
「そうしたら、さらにベタベタになって違うってわかったの。だから慌てて、これを使ったわ」
シャンプーか?体に?
なんとなく見えてきたぞ
「それも、効果をアップさせたんだな。」
「落ちないんですもの。そして、頭もベタベタになったから、それで洗ったわ」
ボディーオイルを頭に……
「なのに、うまくいかなかった、効果を高めたら高まるほど上手くいかないの……頭はサラサラじゃなくて、バリバリになったの」
デボラは、夜着を着ても消えない泡に、子供のように泣き続ける。
その様子を見て、デボラだなと思わず微笑んでしまう。
「文字が読めなかったことを忘れていてごめんね。大丈夫、すぐ泡は取れるよ。いい香りにしようと思ったのは、俺のためだったかな?」
デボラに目線を合わせると、思うようにいかなくて悲しいだけではなく、次から次に泡が目に入って痛いらしい。
デボラは泣きながら、目をつぶったまま答えた。
「レグが、いい香りだと喜ぶと思ったし、私もあのままの匂いは恥ずかしかったの。
だって、私はレグの香りが好きなんだもの。レグにも私がいい香りだと思って欲しいでしょ」
そう答える姿がさらに愛おしい。
「ありがとう。でも、俺はデボラがどんな香りでも愛おしいよ」
そう答えて、思わずそのデボラを抱き寄せ、その震える唇に、軽く唇を重ねた。
ビクッとデボラがして、目を見開く。
俺は、そっと唇を離してデボラに伝えた。
「泡が取れるまで、目は瞑ったままだよ。きちんと目が開いたら、もう一度キスとハグをしようね」
デボラは、目を閉じたまま、うんうんと頷き、泡だらけのまま俺に抱きついた。




