82 これが最後です
「誰かここにいるのか!」
「灯りがついている。おい、ここを開けろ」
ドアを殴る音がする。
私は、身を固くして、その反応を伺う。
声に聞き覚えがあるわ。
急がないと!
あれは、私を攫った時の男の声と同じだ!
手をぐっと伸ばして、なんとか万能薬まで……
あと少し……
指先が薬瓶に触れる。
お願い、師匠!協力して!!
ガチャガチャ ガチャガチャ
ドアノブが動く。
それを目の端に追い、ぞわっと焦る。
「急いで鍵を持って来い」
「もういい、壊すぞ!壊した方が早い!」
私を見つけたと言うより、この部屋に用がある感じだけど……
何を、ひどく、何を焦っているのかしら?
いや、そんな事より早くしないと!
ドカンッ
指にかする薬瓶を引き寄せるのと、ドアが壊されるのが同時だった。
ゴクリ
私が、万能薬を口に含んだ瞬間、男と目が合う。
なんか動きが固く、動きにくいのか、兵におんぶされている。
態度は勇ましいが、見た目は間抜けな格好だ。
「お前……こんなところに隠れていたのか!!」
そう憎々しげに睨みつけ、吐き捨てるように怒鳴ったかと思うと、今度は、突然にんまりと笑い始め、師匠の肖像画に向かって恍惚と笑う。
「はははっ!これは始祖が、悪しき魔女を捕えるようにお膳立てをしてくださったということか?やはり始祖だ。神は我々に味方してくださっている」
そう言いながら、床に浮かび、更には、壁にかかっていた剣と盾を浮かばせる。
「始祖様!どうか、子孫を傷つけるこの悪しき女に制裁を!」
私は、その笑いながら、叫ぶ男を見据えた。
子孫??
師匠の子孫ということは、私の子孫でもあり、アレンの……
いらないわ!こんな子孫!
「だれが制裁よ!私こそ、お前に直接、師匠の代わりに制裁してやるわ。お前が、子孫ってことは、アレンの父親なの?」
私は、再びアレンは親に裏切られただけではなく、親に斬られたことを知り、怒りで体が震えていく。
こんなところだけ、クズの皇帝の血をひかなくていいのよ!
アレンは大丈夫なの?
連れ去られた時の出血を思い出し、アレンの状況が心配になる。
「ダメな息子を粛清しただけだ。そうなるきっかけを作ったのはお前だよ。神から与えられた素晴らしい魔力に傷を入れたのだから」
ふんっと、荒い鼻息で当然な顔をして、私を視線で殺せるなら殺してしまう勢いで、手元の剣を構えた。
なんてこと!
私の体は、万能薬の効きと共に、私自身の怒りに合わせるように体力も魔力も復活していく。
万能薬って、本当に万能に効くんだわ。
未来の毒にさえも……
師匠、凄すぎる……
私は、その師匠からの最後の授業に感謝する。
これなら、いけるわ!
私は確信して、自身に最大防御をかける。
「お前も大人しく私に従うなら、神の教えに従ってその魔力を最大限に活用してやったのに。あの毒の影響を受けないなんて、化け物だな」
「化け物みたいな心を持った奴に言われたくないわ。あなた、アレンの親なんでしょう?アレンがどんな気持ちでいるか分かる?二度もお前に裏切られたのよ」
一度目は、魔力が使えなくなった時に、着の身着のままで放り出されて重傷を負った時──
二度目は、親の愛を信じていたのに、嘘の薬を私たちに服用させた上、その親から刃で斬りつけられた時──
それを思い出し、胸が締め付けられるような苦しさが襲う。
こいつだけは許さない!!
私は、全ての指に、自身の魔力を集中させ、一斉に男を吊し上げようと、その手から魔力の糸を放った。
しかし──
パシン、パシン
男の構える剣が、私の魔力の糸を切断し、その切られた反動で私の体が吹っ飛ぶ。
えっ??
かろうじて、防御で耐性を整えるが、これは一体?
「さすが始祖の作られた剣だ。ではこちらから攻撃させてもらおうか。」
男が剣を構えると、その剣から炎が噴き出す。
「魔法剣?」
私は、ここで初めて気づく。
これは、【魔法使い部隊である始祖】と、【私】の戦い。
魔法使い部隊で魔女狩りの責任者だった始祖が、魔女を倒すために、あらゆる工夫をして作った武具だ。
魔女の攻撃が効きにくいし、防がれてしまう。
「なるほど、じゃあ私も物理攻撃でいかせてもらうわ」
私は、魔法を使いつつ、なんとか物理攻撃が効くように、石造りの床タイルに触れて土魔法を放つ。
「最大防御!土魔法、シャトルビルガー」
ズダダダダッ
その瞬間、激しい音を立てながら地面が針のように隆起し、男に向かって襲いかかる。
男は少ししか体を浮かせる力がないらしく、足を貫通しひっくり返る。
「うわあああっ!くそが!」
私はその体制が崩れたところを、間髪入れずに、氷魔法で追い打ちをかける。
「アイスビルド!土から氷に!」
その瞬間、土魔法から氷魔法に!
私の魔法が炸裂し、床の石から隆起した塊が、鋭利な氷柱に変わる。
だが──
火を宿らせた魔法剣を男が一振りすると、その激しく尖った氷の先が、まるで槍のようにヒュンヒュン音を立てて、私の方に一斉に飛んでくる。
私の防御を突き破り、私の頬を擦り、血が飛び散る。
私は狭い室内を飛び回り、その氷槍から逃げる。
逃げた先の、氷槍は、激しい音を立てながら、壁に突き刺さっていく。
困ったわ。
どう、物理攻撃をぶつけようかしら?
私は手に、水魔法を施し小さな水のトルネードを作った。
これで火を放つ魔法剣を、押さえ込んで対抗しようとする。
だが、その瞬間、男の持つ盾からとんでもない風が吹き荒れる。
部屋の中は、風が吹き荒れ、師匠と読んだ思い出の本が部屋の中に散乱し始める。
机に置かれていたインク瓶が吹っ飛び、壁に叩き割られ、床に淡い藍色のインクが飛び散る。
そして、ペガサスの羽ペンも……
「あっ!」
私は、飛んだ羽ペンを思わず追いかけ、その手に掴む。
「死ね!!」
男の声にハッとしたが、もう遅い。
視線をペガサスの羽に取られた瞬間、足元が男の風魔法に取られ、浮かび上がり、体の自由が効かなくなる。
そのまま、吹き上げた風に煽られ、トルネードの渦の中に。
防御魔法が、スピンがかかったように削れ、私の体を同時に傷つける。
「うがああああああああ」
その痛みに、叫んだ瞬間──
「デボラ!!」
「こっちに、デボラの魔力がある!」
廊下から、私を呼びかける叫び声が聞こえた。
レグなの?
「レグ!みんな!ここよ!」
トルネードから抜けるために、私はそのトルネードに向かって魔力を当てる。
「ウィンドストーム!逆回転!」
男が巻き起こす風と私の巻き起こす風が拮抗し、無風になった瞬間──
私は天井から急激に落とされる。
完全に防御魔法が削れてしまった状態で、頭から落下する。
その急激さに、受け身が取れない!
「しまった!」
その時──
「フローティングウィンド!」
体にふわっと干渉がかかる。
アレンの声だ!
そして、地面にドサッと叩きつけられる前に、私は受け止められる。
この香りは……
レグだ!!
「デボラ!よく辛抱したな!もう大丈夫だ!」
ぎゅっと体の暖かさが伝わる。
思わず、ぐっと胸に込み上げるものがきて、抱きつきそうになる。
でも、まだダメだ。
このおとこをなんとかしないと!
「あの男は、アレンの父親なの!」
アレンを守らないと……
私が動き出そうとすると、アレンの横にギルド長が立つ。
そして、私の周りには、5人の仲間が。
「土魔法!ラウンドキープ」
グレンが、男を守る兵の動きを止める。
更には、ユリアが、杖の先の刃を男に向けている。
「これからのアレンの父は俺だ。お前がポンセだな。ユリアとアレン、そしてデボラに手を出したカスめ!」
ギルド長が、剣を構える。
「宣告通りだ。報復措置に入らせてもらう」
私はハッとする。
「ギルド長!相手の剣や盾は、魔法付与がかかったものです。そのままでダメ。アレンもユリアさんも離れて!」
私は声の限り叫び、ユリアとギルド長に防御魔法を、放つ。
「アレン、防御を最大にして!」
「デボラ!お前もだ!」
レグスタインが、私の前に盾を掲げる。
「つまり、魔法は効かない相手で、お互いに魔法付与のある武器を持っているということだ。」
レグスタインが、ポンセを見てニヤリと笑う。
「こんな腹のでたおっさんに、負けるとは思えないよね」
バインも斧を構える。
「しっかり回復してやるから暴れろよ。みんな!」
キリフもメイスを掲げる。
「あら?この杖の刃物は、ブーメラン式なんだけど?」
ユリアも、微笑んでニンマリする。
「アレン、デボラ!俺たちは回復と防御に専念するぞ!単純に物理攻撃の殴り合いだ。【閃光の頭】の戦いを見ておけ!」
ヘンケルがそういうと同時に、一斉に全員ポンセに飛び掛かる。
ポンセは、火をまとった剣を振り回すが、それをレグスタインの持っている盾で防御される。
更には、レグの激しい剣の乱打で、ポンセの持っている魔法剣はあっさり弾き飛ばされる。
「なっ!」
ポンセは慌てて魔法呪文を唱える。
が、その間に、バインも斧を振りかざしてきたため、再度、盾を構え直した。
だが──
カパーーン
金属が転がったような音がする。
見ると、バインの斧で真っ二つに割れている。
「始祖の武器が……まさか……始祖が負けるなんて」
ポンセは、その持ち手周辺だけ残った盾を呆然と見つめる。
「どんなに物理防御と魔法防御してもお互い拮抗する武器なら、あとは純粋に強い方が勝ちに決まってるよな」
バインは口笛を吹きそうな勢いで、ニヤッと笑う。
そして、ブン、ブンと斧をわざと空振りしなら、ポンセを壁に追い立てる。
「あら?それだけしか浮かないなら、私のブーメラン刃があなたを、削り取ってしまうかもよ」
ブンッ
ユリアが、杖のボタンを操作すると、回転した刃が飛び出していく。
その刃は、くるくる回りながら、ポンセの足元を掬い、カチッと杖の下に戻っていく。
「うああああ」
ドサッ……
少し刃が掠ったのだろう。
少し浮いていた部分から、床に膝から転げ落ち、ポンセはうめき始めた。
あらあら、一方的にみんなが強いんだけど?
あんなに私は押されていたのに……
私は目を丸くする。
「そりゃ、デボラと始祖の武器が拮抗したら、後は、単純にみんなの方が強いよね」
床にのたうち回るポンセを、寂しそうに見つめながら、アレンは呟いた。
「ポンセ、お前の処分は、残った6つの代表の枢機院にさせよう。これで、お前やお前の一族に甘い判断をするようならば、今度は枢機院全体が私たちギルドの敵とみなすことにする。アレン、お前が縄をかけろ」
ギルド長が、アレンに視線を送って、声をかける。
「ま、待って!アレンにさせるのは酷だわ。私が……」
そういって、私が代わりに束縛のための術をかけようとすると、アレンから止められる。
「いいんだ。デボラ、これは俺と父親の最後の決別のために必要なことだ。俺は、もうこれで関わりを最後にする」
アレンは、そう私に声をかけて杖を父親に向ける。
「マジックベルト!」
杖を下ろした瞬間、何重ものアレンの魔力が輪となり、ポンセを締め付けた。
「父さん、これで終わりだ!」
アレンの声がその場に響き渡った。
◇
「このあと、枢機院の代表と話し合いをして、シャルバンポールの風通しをよくさせないとダメだな。なんだあの牢は!あんなものにデボラを閉じ込めるなんて」
私がいた牢以外は、最初と同様に汚れ、ネズミが走り回る汚い鉄格子の部屋が並んでいたらしい。
もちろん、魔女狩りの名残の手枷や足枷、拷問道具も残されたままだった。
ギルド長が、怒った顔をしながらも、こっそり私にささやく。
「ユニコーンの毛皮とあのとんでもない布団、あと天井の国宝級魔石を回収しておけよ!あれをギルドに回してくれ!」
「お世話になりましたからね……でも、ギルドってすごいのね?」
シャルバンポール城に雪崩れ込んできた冒険者たちに、ポンセを見張るように声が聞こえる中、私は城の窓から外を見る。
外には、赤い光を帯びた列が、空にも、道にも、どこまで見えた。
「あれは……なんの明かり?」
「デボラのプラチナカードは光ってないの?」
バインが、ギルドカードが赤く光っているのを見せる。
「ああ、空間バッグに入れていたから……」
流石にみんなの前で空間バッグを開けられず、むしろ、手に握りしめていたペガサスの羽を、そっと師匠のローブにかくす。
「全く、生きた心地がしなかったよ。毒の解毒ができないんじゃないかと思ったけど、どうやったの?」
グレンが、私に聞いてくる。
そう言われて、私は戦いで、元の原型が壊れてボロボロになった始祖の部屋で、壁の肖像画を見つめた。
「師匠が助けてくれたの……私も……アレンと一緒。これで、お別れね。お父さん」
師匠、ちゃんと好きな人に想いを伝えて、好きな人と仲間と一緒に、この時代を生きるわ。
全部が終わったら、私は幸せに暮らした話をたくさん聞いてくれる?
それまでは、少しの間お別れよ。
「デボラ、始祖の机の中から取ってきたよ。これが魔女の過去帳だ」
アレンが、年季の入ったボロボロの本を机の引き出しから出してくる。
そこには、私の知っている魔女たちの出身地とその後が書かれていた。
多くの犠牲者の名前と、その家族。
その後、魔女狩りから運良く逃れて、普通に暮らした魔女もいたようだ。
「これで、やっと、みんなに会いに行けるわ。ここからが、スタートね」
私の頬から、一筋の涙がこぼれ落ちた。




