80 【レグ視点】ギルドの緊急発動
俺──レグスタインは、怒りとデボラを失う恐怖で体が震えていた。
それを抑えるように、拳を固く握りしめる。
落ち着け、できることから考えろ。
俺は、ふーっと息を吐く。
部屋には戻ってきたキリフとカレン、ソフィアがいた。
手には、俺たちの家からの廃嫡届とそれを了承する枢機院の一人である、兄レイルが認める印がついてある書面があった。
書き換えもできないように、レイルが魔法誓約した書面なので奴らはもう撤回することも出来ない。
これで、あいつらとの縁は切れたってわけだが……
親と縁を切った複雑さはなく、ただ、あんな奴らが親だったことが悔しくてならない。
そして、それに対応している間にデボラをまんまと掻っ攫われたことも……
アレンの話によると、魔力が復活した後、親に連絡してしまったらしい。
「魔力が復活したら、考えが変わっているかもしれない。ドマイン教の総長じゃなくても、家にもう一度迎え入れてくれるんじゃないかと思ったんだ」
アレンはすっかり、しょげかえっていた。
正直、あんなに良くしてくれたデポラに何で相談しなかったと怒鳴りたくなる。
でも、デボラならそんなことを言わない。
親の愛情を求めるのは当たり前だと受け入れるだろう。
だから、ぐっと堪えた。
「お前は神から嫌われた子供だと言われた。汚れた魔力は不要だと。実際に、俺が戻れば、後継者との間にいらない災いのタネが生まれるだけだと。
だから、俺は言ったんだ。神の仕打ちじゃない。俺の力を奪ったデボラは、俺よりも後継者よりもすごいって。俺なんか太刀打ちできない、始祖の作った魔法をたくさん使えるって言ったんだ。」
「それは……デボラが望んでいないことだと知っていたよな?」
俺の問いに、怒りを抑えていることを感じたのだろう。
アレンは涙を流しながら「ごめんなさい」と呟いた。
「やめなさい。あんただって、自立していても、くそ親と縁を切るのに25年かかったでしょ。この子は10歳で、まだどうやって生きていけばいいかを教えてくれる大人だっていないのよ。私が、この子の立場なら同じことをするわよ」
ふんっとユリアは、俺を一喝する。
そして、アレンを手招きして、自分の元に座らせた。
「あんたの親は、どうしろと指示してきたの?」
ユリアは優しくアレンに聞くと、アレンはポロポロ涙をこぼし始める。
「俺が言ったことを全ては信じていないようだった……でも……ぐすっ……俺がギルドに守ってもらっていることを告げたら、お前を迎えに行くからみんなを眠らせておけって」
アレンはそういって、薬の瓶を机に置いた後、持っている杖に、魔力を注ぐ。
「杖なる器から、我が願いを届けし鳥となれ」
アレンが空中にくるくる杖を回し始めると、その勢いは大きくなり、回転が早く杖が見えなくなる。
そのうち、羽音が聞こえ、黒い鳥が現れる。
「これだよ。これは、俺の連絡鳥なんだ。これで連絡を取ったら、薬が送られてきた。俺は、みんなが眠っている間に、そっとここから抜け出すんだと思っていたんだ」
アレンの目には涙が再び溜まった。
ユリアが、俺の尋問を止めた理由はわかる。
迎えにきてくれたと思った親は殺しに来たのだ。
そして、アレンを保護していた者の息の根も止めるつもりだった。
そんな酷なことをアレンはされたのだ。
ユリアを手にかけられたギルド長も、アレンには何も言わずに、ただ思案していた。
彼らにとって予定外だったのは、目の前でデボラが魔法を使ったからだ。
アレンの言う通りだとしたら、300年生きていたとは思わないまでも、300年ぶりの魔女として、十分、利用価値があると思ったのだろう。
「デボラの魔力も匂いも、この建物を出てすぐに消えている。絨毯で飛び立ったんだろうな」
ヘンケルが、俺の力ではわからないと告げる。
「可能性があるのはドマイン教の施設か、シャルバンポールか?」
ありとあらゆるところに突撃したかったが、時間がない。
「その連絡鳥はデボラに連絡することはできないのか?」
ギルド長が鳥に変わった杖を見つめる。
「デボラを連絡先として登録していないから……でも、父さんの居場所なら分かるかもしれない。父さんとは連絡をしていたんだから……」
ギルド長は頷いた。
「それなら、それを利用しよう。これから、俺は枢機院、ドマイン教の不可侵協定が破られたことに対しての緊急発動を行う。
その宣言を送りつけよう」
俺を含めて、みんなえっ?と顔を見合わせる。
「ユリアをこんな目に合わせたんだ。ギルドと枢機院は別組織で、お互いに不可侵の関係だ。だから、対等の権力を持ち合わせている。ここで、泣き寝入りをしたら、示しがつかない。ドマイン教に対しての制裁、それを支援する他の6宗派に対しての警告だ」
ギルド長は、奥の部屋に入り、ギルドが使う専用インクで書かれた書面をアレンに渡す。
「これを送れ。それは宣告書だ。」
アレンはそれを大切に受け取り、連絡鳥の足に仕込む。
そのまま呪文を唱えると、瞬時に鳥は消えた。
アレンは、そのまま目をつぶって数秒待つ。
「見つけました。シャルバンポール五階です」
キッパリ、そしてハッキリギルド長に伝える。
この瞬間にアレンも親を見切ったのだとわかった。
アレンの目にはもう涙はなかった。
「でかした。じゃあ、ここからは大人のケリをつける時間の始まりだ。ユリア、緊急発動を!」
ギルド長は、満足げに大きく頷く。
ユリアはニンマリと微笑むと、ベッドのそばに置いてある杖を持ち上げ、頭をカチッと回転させる。
杖といっても、アレンの魔法杖ではない。
まさにユリアの歩行を支える杖──それに、何がある?
その杖の先を回転させると、杖の上の宝石が外れて、赤ボタンが出てきた。
キリフが、あっ!と思わず声を漏らす。
「ま、まさか、緊急発動ボタン!」
俺も、思わずのけぞるように、その杖を見つめる。
緊急発動とは、ギルドに危険性があった時、もしくはギルドが攻撃を受けた時に、その全登録者にギルドを攻撃するものを攻撃、もしくはギルドそのものを防御するというものである。
杖の上にはそのギルドの全登録者を動かすボタンを委ね、下には暗器が隠されているって、どれだけユリア命なんだよ。
俺は、「デボラへのお前の愛なんて、俺の前では軽くすぎる」と言われたような気がして唖然とする。
今までの恋愛が失敗したのも、俺の愛の浅さ故か……
いや、どっちがおかしいんだ。
国が崩壊するレベルのボタンを、愛する妻に委ねるって……
そんな呆然とする俺たちの前で、「うふっ♡」とユリアは微笑むと、プチっと軽くボタンを押す。
その瞬間、自分たちのギルドカードが突然真っ赤に光り始め、サイレンがなった。
ギルドカードには、緊急発動と書かれたものが……
「さあ、久しぶりに思いっきり暴れるかな?ユリア、どうする?」
ギルド長は、ユリアの支えに手を差し出す。
「あら?手なの?あなたが抱き上げて私を運んでくれるんでしょう?かわいい私たちの息子に手を出したアレンの実の親に天誅よ」
ユリアはツンとすると、自分を抱き上げろと要求する。
「仰せのままに」
ギルド長は慣れた手つきでユリアを抱き上げた。
その瞬間にユリアが持つ杖の先がキラリと光った。
◇
「俺たちもいくぞ!」
俺は、それぞれに武器の準備をして、ポーションを詰めるように指示する。
が……
「おい、これなんだよ?」
防具が紙みたいに軽い。
盾が……おい、風船みたいに浮いてないか?
「そういえば……デボラがマナポーションを狂ったように作っていた時に、みんなの武器に付与してたよな」
「何が付与されてるんだ?」
俺たちは顔を見合わせる。
ヘンケルが、鑑定スキルを発動すると
「わああああああああああ」
腰を抜かす勢いで、思わず尻餅をつく。
「俺、鑑定スキルおかしくなったんだよ。きっとそう!だって、レグの剣なんて、物理防御50%、魔法防御50%アップで、物理攻撃……100%……100%アップって何?」
「なんか、俺の杖もおかしくない?勝手に俺に吸い付いてくるんだけど!」
「全属性魔法攻撃50%アップ……全属性ってどうやってるの?」
「キリフのメイスなんて、回復魔法出したら、ピンじゃなくてオールヒールに変わってるぞ」
俺たちは、その国宝級の武器に思わず震える。
そして、デボラの無邪気な付与に胸が熱くなる。
「こんな困ったやつ、早く迎えに行ってやらないとな」
「自分のことを二の次にして、みんなの事ばかり優先しちゃってさ」
ヘンケルとバインが思わず涙ぐむ。
俺は、自分の武器に大量に付与を施したデボラの気持ちに胸が痛くなった。
この付与をしてくれた時、デボラは俺たちがいなくなるんじゃないかという喪失の恐怖と戦ってたんだよな。
この付与は、デボラのために使うから。
迎えにいくまで、無事でいてくれよ。
俺は、その付与された剣を握りしめて、緊急発動のかかったギルドへ向かう。
「敵はシャルバンポール城、枢機院。
メインターゲットはドマイン教、ポンセ。
ギルドへの攻撃とその妻ユリア、子アレンへの殺害未遂、プラチナカード所持者のデボラの誘拐に対しての報復攻撃を開始する」
ギルド長の宣言と共に、一斉にS級冒険者から、腰が曲がった老人までシャルバンポールに向かって移動を開始した。
空には多くの絨毯が舞い上がり、道は何百kmも離れたシャルバンポールまで続く長い馬車の列が伸びる。
その列は、街を通過するごとに増えていく。
全てのものが持つギルドカードがシャルバンポール城まで赤く光り、城の中に多くの冒険者が突撃していくのだった。




