79 師匠の回想と後悔
「私が皇帝の娘……」
毒のせいなのか、私が自分のルーツを知ることの恐れなのか?
体からは冷や汗のような汗が流れていた。
熱もあったんだった……
今考えるのはそんなことじゃないのに、違うことに意識を向けたいと心が叫んでいる。
もしかしたら、そうなのではと思っていた。
でも、私は捨て子だった。
その話を信じたかったのだ。
でも、それも嘘だった……
憎き皇帝の子供……
私は、加害者の娘だった
それを受け入れてしまった仲間たちに申し訳ない気持ちが生まれてくる。
もしかしたら、私のせいでみんな捕まったんじゃないだろうか?
そんな私の気持ちがわかっているのか、師匠は私の反応を見て、再び触れられない私の体を素通りした。
「兄は君も知っての通り、魔力を持つ女性に異様なコンプレックスを持っていた。でも……本当のデボラのお母さんは、お前を愛して、守ろうとしていたよ」
師匠のため息は、体が避けているのに深かった。
「ちゃんと母からは愛されていたけど、兄から離さなければお前の命はなかったのだ。集落の人たちには、良くしてもらったのに守りきれずに、申し訳なく思う」
そう呟くように師匠は私に告げた。
「そっか……本当の……お母さん」
私は、師匠が養母だと思っていたから、本当のお母さんのことは考えたこともなかった。
皇帝から守ろうとしてくれたんだ……
それは、どれだけ恐ろしいことだっただろう。
本当の母を恋しいと思うことすらなかった………
母に申し訳ない。
私は、その事実にやりきれない思いになる。
でも……
「私の知っている皇帝は、多くの側妃に子供を産ませては、魔力がない息子や魔力のある娘を殺し続けたと聞いたけど……」
師匠も、その通りだと頷いた。
「残念ながら、マーガレット王妃はデボラが3歳の時に兄に殺された。デボラの次に産まれた子が魔力のない男だった。魔力がない子供は、貴族世界では不義の子と疑われるんだ。兄は、王妃も君の弟も切り捨てた」
師匠は、母が殺されたことを私に告げることを苦しそうにしている。
その日、私の元から帰ったらもう亡くなっていた。
止められなかったと……
不義の子……か……
貴族同士の結婚は魔力があるもの同士の結婚だ。
それでも、確実じゃない。
更に、皇帝には魔力はないんだから、起こり得るのにね。
「皇帝は歪んでいたのね……なのに……どうして?」
どうして師匠は母も、魔女の仲間も殺すような男の味方であり続けたの?
皇帝の手下をしながら、なぜ私を育て続けたの?
「デボラ……兄は最初からあんな男じゃなかった。でも、魔力がないことで、どんどん傷つき、壊れていった。本当は勉学や武道に励み、それを弱い人のために使う人だったんだ」
「そうなの?」
皇帝が何をした人なのかは、よく知らない。
知ろうとも思わなかった。
仮に素晴らしいことを成し遂げていても、私たちの仲間を残虐に殺した人なのだ。
でも、師匠にとっては、そんな人でも大事な人だったんだ。
それなのに……最後は、師匠が皇帝を殺すんだよね……
「俺は、そんな兄を切り捨てられなかった。俺は兄と双子で、考えられないほどの魔力を持って産まれた。兄が、そこまで、コンプレックスを持つほど、魔力がないことで起きた今までの不遇な出来事を知っていたから……全て、俺が兄の魔力を吸い取ってしまったからだと感じていたんだ」
師匠は苦悶の表情で、顔を覆っている。
「それでも、俺は気づいていたのに。壊れた物が壊れまま進むように、とにかく魔力のある女を呼び寄せては、魔力のある子供を求め続けた。
俺が、把握できる魔力のない男児は、殺される前に教会に出家させることで手を打ったが……女児で助けられたのはお前だけだったよ」
兄がおかしくなったと気づいていたのに、それを止めることができない。
それどころか、兄の指示に従い、手を汚し続けた。
あの時、兄を殺していたら……
師匠はそう呟いた。
「師匠……普通、皇帝を殺したら、師匠は処刑されるでしょう。私は、小さくて、一人で集落で生きることは不可能だった。師匠が生き続けたのは、私のためだったんじゃないの?」
それなら、私も知らなかったとはいえ、みんなの屍の上で生きてきたんだわ。
結局、最後、始祖は、皇帝を精力剤を使って廃人にしていったとアレンが言っていた。
だけど、この方法は普段から皇帝が精力剤を使ったからこそ、怪しまれず行えた犯罪だったはずだ。
師匠は、罪悪感の中で生きていた。
母を救えず、弟も私も……そして皇帝も……
「師匠が生きている時……師匠の苦しみに気づいてあげたらよかった……師匠……魔法使い部隊で、そんなことしたくなかったってわかるもの」
だって、私に魔法の楽しさも日々の幸せも教えてくれたのは師匠なのだ。
「魔法は楽しくて、人を助けるためにあるって師匠が教えてくれたのよ。師匠から、人を傷つける魔法なんて聞いたことはないわ」
私は、師匠に微笑んだ。
「いつも、朝帰ってくる師匠は疲れてたでしょう。てっきり魔女の仕事で疲れているんだと思ってたけど、毎日、皇帝と私に挟まれて苦しかったよね?」
私は、毎朝、師匠が元気になるように、無邪気に朝ごはんを作って待っていた。
お肉を食べたからって、ポーションの素材のスープを飲んだからって回復するものではない。
もう、ご飯を食べて元気を取り戻すような状態ではなかったのだ。
「デボラのご飯は、とても心が元気になるわね。」
そういってもらって、また張り切って作るけど、あれは心が元気じゃないって私に伝えていたんだよね。
「師匠の苦しみに気づいて、寄り添えなかった私も……同罪……」
それでも、まだ助かりたいと思っている。
レグに会いたいと……
まだ意識が保てるのは、レグに想いを伝えるためだ。
私が死ぬことで、レグに悲しい思いをさせないためだ。
私はなんて浅ましいんだろう。
「デボラ、お前にどれだけ俺が助けられたと思う?お前の綺麗な心に触れて、どれだけ俺が魔力を、魔法を使える自分を呪わずにいられたと思う?
俺の魔力は、お前を幸せにするためにあるのだと、何度そう思ったかわからない」
私は、首を振った。
「ちがうわ。そう教えてくれたのは師匠……それに、皇帝を倒して、なんとかこの世を変えようとしてくれたのよね。
師匠、皇帝を殺した後、師匠は苦しんだんじゃないの?だって、その穴……魔力のコントロールが効かなくなるほどくるしかったんでしょう」
300年経った今も魔力の残滓が残り、師匠の思念体までできるほどの苦しみ。
私がレグがいなくなることへの恐怖で、コントロールできなくなったのなんて比ではないだろう。
「これは、お前を喪失してしまったことを認められなくて暴発した穴だ。
お前は、戻ってこなかった自分に後悔していると言った。だが、それなら俺もだ。時が経っても、ダンジョンは消失しない。それは、デボラは生きていないことを意味した。だからせめて、亡骸を……そう思い、何度も中に入ろうとしては、足が止まった。お前の骸を見つけることが恐怖だった。でも、もしお前を迎えに行っていたら?そう悔やんでならない」
師匠は、悲しそうに触れられない私の頬をなでる。
「師匠と私は、やっぱり親子だわ。似てるの……ああすれば良かった、こうすれば良かったって……師匠、私が死んだと思った後はどうしたの?」
魔力のコントールが効かなくなったのは、私が死んだと思う気持ちを受け入れられなかったからだ。
その後が心配でならなかった。
「俺は思念体だから、残念ながら、ここで記憶は終わっている。」
「そうだった……」
私は、うっすら笑い少し力を抜いた。
もう、ポーションを飲む力すらなくなってきている。
「師匠……きっと本当の師匠はまだ、私が死んだと思ったままなのよね。だから、あの世に行く時には、ちゃんと今の話を師匠にするわ……でも、ここに悲しんでいる師匠はもう成仏してほしいわ」
300年、ここに憎しみと後悔を抱えたまま、師匠の魔力が囚われていたんだもの。
それなのに、師匠は、悲しそうな顔をして私に語りかけた。
「私は、過去も未来もお前を傷つけてばかりだ。未来はこんな国になるはずではなく、力を持ったものが支え合い、奇跡を信じて困難にも立ち向かえる国になることを祈って、7つの宗派に権力を分散させたのだが……」
私は、首を横に振った。
「この後、未来のために、私がいなくなっても、師匠はできることをやってくれたのはわかるもの。それに、先ほども言ったように、師匠は生き残った魔女や魔力を持った女性のために祠も作ってくれたのよ」
師匠は、もう誰もいなくなっても、最後まで生き抜いたのだ。
それは、処刑されるより師匠にとって苦しいことだったのではないだろうか。
師匠は、真剣な顔をして私を見つめた。
「その……魔女たちに遺品を届けることは、彼らへの供養になるとは思う。
でも……そのためだけに、お前が生きることに苦しむのならもう苦しまなくていい」
「もう……苦しまなくて……いい?」
「おそらく私はあの世で今でもお前を待っている。待つのは仕方ない。それだけの罪を背負ったのだから。
それでも、伝えることが許されるなら、私は、お前の成長を祈り、お前を実の娘だと思い、愛していたよ。
お前が望むなら、このまま、静かにお前が誰にも邪魔されず、眠るのを待つ。そのぐらいの魔力は、まだ思念体の私には残っている。その後、私も追うよ」
私は、だんだんまわらなくなる頭を横に振りながら、師匠に告げた。
「少し前なら、師匠の元に連れていってとお願いしていたわ……でも、この世界に、私を探している人たちがいるから。私ね……好きな人が……できた。相手も……好きって……すごいでしょ。でも……言えてない。
きっと……後悔する……遺品を届けるのも……手伝って……くれるって」
師匠は、すごく嫌そうに眉をひそめる。
「集落には、男はいなかったのに……私のかわいい娘は、違う男のものになることを選ぶとはね。
結局、お前を生きている間に迎えに行けなかったのも、お前を最後まで育てられなかったのも、私の業だな」
師匠は、ふーっとため息をついて、私に空間バッグを開けるようにいう。
私は、残った力でバッグを開けた。
「デボラ、罪滅ぼしになるとは思わないけど、残った魔力で万能薬を作ってあげる。それを飲んでその男に生涯幸せにしてもらえ。その場限りの男なら、俺があの世で血祭りにしてやるから覚えとけと伝えろ」
空間バッグからは、先ほど私が解体したユニコーンの角や緑の溶解液、ハイポーションやマナポーションなど、ありとあらゆる薬や素材が浮かび始めた。
「そうそう。元気になったら、そこの羽ペンは、ペガサスの羽だ。それでローブを直せ。最後の私の指導を見ておけよ。デボラ、どうか幸せに」
私は、目の前で浮かび上がる素材が、美しく変わっていく様を見つめていた。
目の前に、師匠の魔法が繰り広げられる。
キラキラと
多くの魔法の粒の輝きが私の周りに飛び回る。
「きれ……い、お星……さま」
「私の魔法を、お前はいつもそう言っていたな……」
そのまま、コトンと薬が床に転がり、急に空気が冷え込んでいく。
「ししょー……し……しょ」
私は探す。でも、もうそこに師匠はいない。
「ししょー……」
もう一度呼びかけた。
やっぱりいない……
でも、これは私が求めたことだもの。
私は、師匠と一緒に逝かずに、レグの元に戻ると決めたんだ。
私は、泣きたくなる気持ちをぐっと堪えて、奥歯を噛み締める。
万能薬……飲まないと……
その視線の先──
私は手を伸ばす。
でも……体が思うように動かない。
その時……
「ここを開けろ!」
大きな声が廊下に響き、私は思わず身を固くした。




