78 私は誰の娘?
「うわぁっ!」
バァサッ
振り落とされるように転移した先に落っこちた場所は──
「真っ暗……なのに、師匠の魔力だけは見える」
転移に師匠の魔力の元を設定したからだろう。
ここが目的地といわんばかりに、自分のローブや、その周辺に、師匠の魔力を示す金色の粒が舞う。
「ふあわあぁ!師匠だ……」
久しぶりに感じた魔力は、間違いなく師匠のものだ。
私が着ている師匠のローブも、ところどころ切れつつも動くと金の切れた魔力の糸が、まるで星の粒のように見える。
「ここが師匠のいた世界?」
私は急いで、片手に小さな火の魔法を灯す。
目の前に、ぼんやり部屋の入り口が見える。
「鍵をかけておこう」
少しは時間稼ぎになるかもしれない……
カチッ
ドアノブにかけられる鍵の音に、少しだけホッとする。
ぼんやり温かい火の灯りが周囲を灯すが、手の平では小さな灯りにしかならない。
「蝋燭がある。借りようかしら?」
300年前にもあった、魔物の脂を転用した蝋燭だ。
それに、火をつけると部屋はふわっと明るくなり、自分の置かれている場所がわかった。
温かみのある絨毯に、重厚な木製の机と椅子、そして魔法陣を描く時の大きな羽のペンや文鎮、インク壺。
いくつか読ませてもらった見覚えのある本がある。
思いっきりその空気を吸ってみるが、さすがに300年経つと師匠の気配を感じ取ることはできない。
それでも──
「懐かしい……」
ぐるっと見回すと、壁には存在感のある肖像画があった。
「これは……誰?」
そう呟いているが、私には分かっていた。
これは始祖だ。
そして、私の知らない師匠だ……
私の知っている師匠は、この人が見せた幻だ……
急に、私の好きだった師匠には会えないと分かって、ポロリと涙が溢れる。
「……師匠……なんで?……なんでこんな姿でこんなところにいるの?」
300年経って会いに来たよ。
でも、師匠じゃない。
こんなに、この部屋には師匠が溢れているのに、ここには最初から師匠はいない。
いるのは始祖だけだ……
目からは本格的に涙が溢れて、同時に、毒に蝕まれた足の感覚が完全になくなっていく。
「師匠……会いたかったんです。ただ、会いたかった。でも、師匠は?」
私は目の前の肖像画を見つめた。
師匠は始祖で、始祖は魔女狩りの実働部隊のトップだ。
先ほどまでいた牢屋の手枷足枷には、魔法使い部隊のマークが入っていた。
デボラの《D》じゃない。
魔法使い部隊のマークの《D》だ。
それを開発して、捕まえた魔女にとりつけるように仕組んでいたのも、始祖である師匠──
「ううううっ………」
こんなに、胸が苦しくて辛いことがあるだろうか?
ここに来て私は、解毒剤を探さず、師匠の魔力を辿ったのは、私が勝手に期待したからだと知った。
その魔力の先には、何か師匠が私を待っていた証拠が残っているのではないかと……
私は、師匠から愛されていたという証があるのではと期待したのだ。
でも、そこにあるのは、穴だけだ。
最愛の人を失い、悲しみのあまり始祖の魔力が暴発した痕跡がある穴……
でもその穴は、私のことを悲しんで空けられたのかなんてわからない。
ここで決定的に分かったのは、師匠の魔力は始祖の魔力で、師匠は最初から存在しなかった。
ただそれだけ……
そう知ってしまうと、急に足に力が入らなくなり、手も……感覚はもうなくなって、力が抜けていく。
私は、そのままどんどん力が抜けて、そこに横たわる。
師匠の魔力だけ感じる……
まるで、300年前の集落にいるみたいね。
師匠のローブに包まれて、眠っていた昔みたい。
次に目覚めた時、私はあの世だろうか?
それとも、私を捕らえた奴らの慰み者になっているのだろうか?
私は、目をゆっくり閉じていきそうになった。
その時──
「デボラ!なんでこんなところに。生きていたのか!」
目を再び頑張ってこじ開けると、目の前に出会ったことはないが、見たことがある男性がいて、目を見開いた。
「あなた……は……」
私は、必死に体の眠気とだるさに抗おうとするが力が入らない。
目の前には、その先に見える肖像画と同じ人物がいる。
「ここは、あの世?」
「何を言って……ああ、そうか。すまない」
男は、自分の顔を撫でるように手を当てる。
顔も、声も知らない人。
それなのに私は知っている。
小さい時から触れてきたこの魔力は……
私が待っていた師匠の魔力だ。
倒れたままの私は、じっとその目を見つめる。
どんなに姿に認識阻害をかけても、性別を偽っても変えられないものがある。
ひとつは、自身の魔力。
そして、もう一つはその目だ。
どんなに魔法を使っても変わらないのね。
「師匠ね……師匠……会いにきたの……でも、師匠は……私を殺したいほど憎んでいるのよね?でも、あの世だから……許して……よく頑張ったって……言ってよ」
私は、一生懸命微笑もうとする。
それを見て、行動が止まり、今にも泣き出しそうになる師匠がいた。
「デボラ……俺は、謝って済むことではないことを、お前にたくさんしてしまった。俺は……」
そういいながら、師匠は震える指で、何度も私を抱き上げようとする。
でも、何度やっても、その腕は空を舞った。
師匠に困惑の色が広がり、自分自身の手と私の体を見つめる。
「どういうことだ?デボラ、どこかに体を置いてきたのか?それとも幽霊なのか?」
私に必死に話しかけるその師匠の姿は少し透けている。
でも、師匠はそれに気づいていない。
ということは……
「多分、私はまだ生きてます。幽霊なのは師匠ですよ」
手を動かし、なんとかハイポーションを口に流すと、瞬時に楽になるが、ハイペースで生命力が削られていくのがわかる。
あの世じゃない。
まだ、私は死んでいない。
ただ、毒が回り始めた。
……ダメだ。諦めそうになってる。
レグに会いたい……
帰らなければならないのに……
不安になって、必死に自分の体を保とうとポーションを飲みつづける。
「どういうことだ?俺は死んだのか?魔力が暴発して穴を開けてしまったところまでは覚えているが……」
師匠は困惑しながら、私のそばにしゃがみこみ、何度も何度も手を伸ばし、私の中をすり抜ける。
「いまは私たちが生きていたときから300年後です。私は、ダンジョン処刑で助かったんですけど、時を止めて眠っていたんです。この間戻ってきたんですけど、このザマです」
私は強がって、苦笑いしながらそう言って、師匠に今までの経過を伝えてみる。
そして、私の着ているボロボロのローブを見せる。師匠も、じっとそのローブを食い入るように見つめる。
「確かにこれは、俺の魔力を含んで、作りも俺のものだな。同じものは二枚ないはずだ。ただ古いな。正確に言うと、俺も着ているのだが……」
そういって、師匠は自分のローブを見せる。
外も中もきれいな艶やかなローブが、透けて見えても懐かしく美しく見える。
「復活させたかったんですけど……裏布はペガサスでしょう?私、師匠から触らせてもらったことがあるぐらいで……ペガサスは持ってないから復活できなくて……」
私は、毒で震える手で、師匠にローブの補修をした部分を見せた。
「よく分かったね。外はワイバーン、中は、ペガサスの加工で正解だ。上手に直している」
その優しい師匠の声は、前みたいに女性の声じゃないのに自然で、今までもこうやって話していたんじゃないかと錯覚する。
でも、師匠と話したのはすでに300年も前のことなのだ。
しかも女性の声で違う声だったのに懐かしい。
「自分のローブを見せられると300年経ったというのが、本当だと認めざるを得ないな。おそらく、俺が幽霊というより、ここに俺の身に起きた時の思念体だけが残ったんだろうな。」
「思念体?幽霊じゃなくて?」
目の前の師匠が生きていないことはわかる。
だって、透けているんだもの……
「そこの穴は、デボラがもう生きていないと言う悲しみで、魔力がコントロールできなくなって、空けてしまったものなんだ。その穴に、お前の魔力が注がれたから、一時的に、その時の俺の思念が反応して現れたと思う」
師匠は、頷きなら少し穴の周りに反応する魔力の金の粒を見つめてそう答えた。
「じゃあ、やっぱり私はまだ死んでないのね。師匠、私、なんとか助かりたいの」
今、体が蝕まれている感覚も、目の前に幽霊のように見える師匠もどちらも実際に、今起こっていることだと知り、まだ、レグに会える可能性は残されていることを知る。
師匠なら、未来の毒への対処法を知らないかしら?
「昔、お前に万能薬をやっただろう?あれなら何にでも効く魔法薬だから、解毒できるはずだ」
師匠が、それを出して飲むように伝えたが、そう言われて、万能薬はどうしたか思い出し、首を横に振った。
「この世界に来て、私の仲間の大切な人が幻惑蝶にやられたんです。心臓が、魔石化していたので、万能薬を使いました。だから、もうありません」
私は、泣き笑いの状態で師匠を見た。
そして、私と同じように毒にやられたユリアのことを思い出した。
時を止めておいたけど……
私の魔力がこれだけ弱っているのだから、ユリアとアレンの時も止まらないだろう。
ユリアとアレンは助かっただろうか?
少し油断すると、目が重くなり意識が遠ざかりそうになる。
「こら、諦めるな!何かやりたいことがあって、助かりたいんじゃないのか?」
師匠は、私の泣き顔を困ったように覗き込む。
「この間までは、無理矢理生きる目的を作っていたの。
魔女狩りで、みんな散り散りになった。知っていた人も、ダンジョンに一緒に入った人もみんな死んだ。
私、みんなの遺品を受け継いだの。だから、戻れなかった人たちのためにその遺品を、故郷に届けたいって……」
私は、流れる涙が止められなかった。
「だけどっ……もう、誰もいない。魔女の仲間も、なくなった魔女たちを待っていた家族や子供も……300年経ったら、だれもそんなもの求めてないわ……」
うううっっ……
私の嗚咽が響く。
「……デボラ……」
「……わざわざ師匠が魔女たちの故郷に祠を作ってくれていても、それが誰の故郷なのかもわからない。だって、私が悪いの。私が帰ることを拒んだの。助かったのに、みんなと一緒に死なせてって黒竜に頼んだの。すぐ出れば、師匠にも会えたのに……魔女狩りだって終わっていたのに……家族が生きている間に、遺品を届けられたのに……」
師匠は、困ったように何度も私の顔に触れるが、その手は何度も通り過ぎる。
「師匠だって……魔女、嫌いだったでしょ。私のことも……それなのに、懐いちゃって……師匠が、親だと思ってた……私のこと……愛して……くれてるって……どうして?」
それを見て、苦しそうに師匠も顔を歪ませた。
「お前を嫌いになったことはないよ。だが、俺は兄を止めるのが遅すぎたんだ。
お前は私の双子の兄である皇帝レオグラードと正妃、マーガレットの第一子だよ。俺は、お前の命を助けたくて、魔女のふりをして集落に入り込んだのだから……」
師匠は、悲しげにわたしを見つめて話し始めた。




