77 師匠の魔力がここにある
私がうっすら目を開けた時──
「死ななかった。いや、死なないレベルの解毒をされてるんだ。うー、気持ち悪い」
あの焼け付くような喉や内臓の痛みと手足の痺れが、身体中を支配する。
周りに人はいるのかしら?
私は、そーっと薄目を開ける。
どうやら私は、手枷足枷をつけられている。
わざとガシャンと音を立てて、目をつぶる。
待つこと1分。
誰か飛んでくるか思ったけど──
少なくとも近くに人はいないみたい。
私は、ゆっくり起き上がった。
「手枷と足枷はとりますよ?いいですか?」
私の声が響き、シーンと静まり返る。
それを確認して頷いた。
「……いいですよ」
一人で二役しながら、少し回復した魔力で切ろうとする。
「ん?これ、魔法封じの手枷だ」
大昔、魔女狩りに使っている時に、みんながつけられたものだ。当時、なんで抵抗なくつけられていたんだか?
こんなもの、私の魔力の前ではなんの意味もない。
「ウィンドカッター」
指に風を乗せて、風の刃で、一気に手枷足枷を切断する。
チューーン
金属音が、少し高い音を立てて、ぽろっと取れる。
ほら、昔もこうやって魔法で切ればよかった。
その手枷、足枷の裏に描かれていた文字は……《D》
「なんで、魔法使い部隊の文字が……」
私は、周囲をぐるっと見回す。
臭く汚い石張りの部屋にネズミが走り、汚れたトイレの便器が外から丸見えの場所に置かれている。
酸っぱい独特の臭いと、ジメジメと汚れたカビ臭い匂いが混ざり、暗い中でも、触れたくないほど、床が汚れているのがわかる。
ベッドは……うっ!かゆい!
ダニかしら?
どれだけ使われてなかったんだか?
「とりあえず、ハイポーションとマナポーションを飲んで回復させよう」
眠って少し回復した魔力や体力は、今の手枷足枷を外しただけで一気に削がれていく。
空間バッグを開けて、ごくごくとハイポーションとマナポーションを飲む。
しかし、体力、魔力は最大回復するが、少しするとその力は再びじわじわと毒で削れてきているのがわかる。
「とりあえず……こんな部屋で寝るのは嫌だわ。掃除するわ」
私は、室内に清浄魔法を施した。
瞬時に、石のゴツゴツしたタイルが艶やかな棘を含んだ石タイルに変貌する。
ネズミが急に綺麗になって居場所がなくなったように、急いで檻の扉を抜けて走り去る。
「汚い布団だわ。この間アレンに使ったグリフォンの羽毛布団に変えてしまおう」
汚い布団は、瞬時に焼却し、消し炭にする。
ふかふかの布団を敷くと、小さなベッドからはみ出た布団が、完全にベッド枠を覆ってしまった。
「ベッドが小さすぎるわ……私、贅沢に慣れてしまったのかしら?捕えられた身なのだから、ベッドの大きさに文句をつけるなんてわがままなのかしら?」
首を傾げるが、体力が削られていくんだから、体力の回復が目覚ましい部屋に変えたいに決まっている。
それに、ダンジョンの魔物の巣窟だって、意外と巣の中は広くて綺麗だったわよ。
おかしくないわよね?
これはきっと普通の感覚のはずよ。
捕えられたのは二度目だけど、前はすぐにダンジョンに放り込まれたからよくわからない。
「せっかく掃除したけど……敷物が欲しいな。どうせならここで、ついでにユニコーンの解体をしてしまおう」
私は、ユニコーンを浮遊させて取り出し、手から魔力の糸をユニコーンに巻き付ける。
「スライスカッター!毛皮、立て髪、尻尾、角、目、肉に分けよ」
その瞬間、風の刃がくるくる回り、生々しい血飛沫が飛ぶ。
ボトボトボトッといろんなパーツが床に転がっていく。
ふふっ!やっとユニコーンを分解できたわ。
私は、自然と顔が綻び、分解されたパーツを、洗浄しながら、一つづつ空間バッグに戻して、毛皮だけにする。
「うんうん、虹色光沢毛皮は、絨毯にうってつけじゃないかしら?足が痺れているから、怪我しても感覚が弱いのよね」
石のタイルは尖っていて棘のようになっているので、私の足のところどころから血が滲んでいる。
ユニコーンの毛皮を絨毯代わりに敷けば、グリフォンの布団と共に、部屋の中でそれなりの存在感になるわ。
再度、床をきれいにして、キラキラと光り輝くオーロラの敷物が、牢屋の部屋を一気にゴージャスにした。
「ふう、もう魔力が半分削れてしまったわ」
私は、再び、マナポーションをごくんと再び飲み干す。
「あとは、トイレが外から丸見えなのは良くないと思うの。どうしようかな?姿が隠れればいいから、砂のカーテンでも使ってしまおうかしら?」
かつて、魔力のある海砂を師匠からもらったことがあるはず。
「海砂どこにあるかな。わわわわわっ!」
空間バッグは、求めたものが出てくるが、砂を求めた結果、私の頭の上からざーーーーっ!と音を立てて砂が降り注ぐ。
「うぺっ!砂が口に入っちゃった。ああ、毒のせいか舌の動きも悪いのに……」
私は、そのまま山になった砂が、循環して立ち上がるように天井と床に、それぞれ雷獣の魔石を取り付ける。
「魔石から魔石へ!サンドストーム!」
山盛り砂は、そのまま上の魔石に向かって上がり、上がった砂は下の魔石に向かって落ちる。
「うんうん、砂嵐完了。これでおトイレしてもみえないわね」
私は頷いた。
そして、グリフォンの布団に横になる。
だが……
再びむくりと起き上がる。
「何かが足りないわ……」
首を傾げて考える。
この部屋で療養する上で足りないもの……
「なにかしら?私は大切なことを見落としている気がする。何かが不足しているわ。」
部屋作りに大事なもの……
そうだ!
連れ去られる前に、ユリアさんの部屋で自分の趣味の壁紙に変えたという話をしていたわよね。
ここは、暗すぎるから、壁紙を貼ったところで……
そうだわ!ダンジョンを彷徨って、更に300年眠っていた私が断言するわ。
人には光が必要なのよ!
壁は、ざらついた無機質な石しか見えない。
壁紙が貼れるような壁じゃなくてもいいから、せめて光を入れたい。
でも、牢の中を改造するのはともかく、光を勝手にいれてもいいのかしら?
「すいませーん!光を入れていいですか?」
数秒待つ。
誰もいない。
「いいですよぉ」
再び、自分で答えてみる。
うん、やっぱり光を入れたいわ。
暗いと、ダンジョンの中と一緒で良いことを考えないもの。
窓が欲しいから、ちょっとだけ外壁に穴を開けさせてもらおう。
「では、いきます!サンダークラッシャー!」
私は、両手を掴み、遠心力で遠くに何かを投げるように、雷の球を作り上げる。
「せーのっ!トリャーーーーッ……とあらっ」
作り上げた雷属性サンダーボールは、毒による足の痺れと手の痺れで、遠くに飛ぶ予定が、体勢を保てず数メートル先に転がった。
「あっ、しまった!」
その瞬間──
激しい光と爆風に吹っ飛ばされる。
瞬時に浮遊して、衝撃を緩和させる。
「しまった!囚われの身なのに、目立ってしまったわ。か、隠れなきゃ」
目の前の床に、とんでもない穴が空いている。
私は、バッグからハイポーションとマナポーションを取り出し一気飲みする。
「なんだ!何をした!」
檻を開けようとする見知らぬ男たちが、何人もやってくる。
ヤバい!!
私は、浮遊して、目の前に空いた穴に飛びこむ。
「逃げたぞ!」
いや、逃げるつもりはなかったんだけど……
あ……お布団と、ユニコーンの毛皮を残してきちゃった。
勿体無い……
とりあえず、ここはどこなのかしら?
逃げたって言われたから、もう逃げてしまおう。
下に降りて、玄関を探して……
また馬車を捕まえて……レグに会えるかな?
レグ、私がいないことにもう気づいているかしら?
あれから、どのくらい時間が経ったの?
急に不安になって、自分が一人、何もわからない世界に放り込まれた気持ちになる。
ううん、絶対前みたいに探してくれているはず。
私はここにいるよ……そう伝えられたら。
「でも、ここってどこ?」
伝えるも何も、自分も居場所がわかっていない。
それに、本当に逃げていいのかしら?
だって、私は今、猛毒に侵されているのを、薬と魔法薬でなんとかしているだけよね?
「こうなった今、ポーションとマナポーションが大量にあるのは強みだわ。問題は……この解毒効果がいつまで続くのかよね。」
まずは、ここの場所はどこかを調べて……
いいえ、先に、私を攫ったやつを捕まえて、解毒剤を手に入れた方がいいわ。
そいつに、ここはどこかを聞いたらいいわよね?
私は落下しながら着地点を探す。
その時──
師匠??
どこかに師匠の魔力がある。
どうしよう?解毒剤を先に手に入れた方が……
だって、時間がない。
一気に体に毒が回り始めたら死んでしまう……
ただ、先ほどの手枷足枷の《D》があるということは、懐かしい師匠の魔力がどこかにある
私は吸い寄せられるように、その魔力の残滓を求めて近寄っていった。
◇
「どこだろう。もう、逃げながら30分は動き回っている気がする」
空間バッグからポケットにマナポーションを忍ばせる。
歩けないので、浮遊し続けないといけない。
そうなると、魔力は、毒と浮遊で削れて予定外に減りが早い。
それだけではない。
「明らかに、体力の削りも早まっている。気づかなかったけど、熱もあるみたい。体が重い」
肩で息をしている自分に気づく。
ふわふわ浮く力が弱くなっていく。
「みんな……どうしよう……」
それなのに……
「壁から離れると、師匠の魔力から遠ざかってしまう。階が違うのかしら?」
ぐるぐる回るが、ここまでうまく逃げ通せているのは、この建物の広さのおかげだ。人が近づいたら脇に隠れるを、繰り返すがそろそろ焦り始めた。
「相当広い建物だわ。先ほどから私を捕まえようとする人数まで増えてきたけど、私を捕まえてどうするつもりなんだろう?」
自分でも馬鹿だと思う。
解毒が先だと頭でわかっているのに、いないとわかっている師匠を探してしまう。
昔、皇帝の時代は、魔女を弄び、魔力のある男児を産む道具にすることを企んでいたと言っていたけど……
あれから、何か変わったのかな?
300年前と同じ後悔をしてしたくない。
生きているのに帰ることを諦めた300年前と同じ。
師匠を悲しませてしまったに違いない。
待っていてくれたのに、私は戻らなかった。
だからだわ。
魔力を感じたから師匠に会いたくなって、ごめんと謝りたくなったのだ。
◇
少し、息を整えて、もう一度ハイポーションを口にする。
こんなに、頻回にハイポーションを口にするのはおかしいわよね。
それだけ、解毒剤の効きが切れ始めているということだ。
ふっと、レグスタインの顔が浮かぶ。
せっかく、私を好きだと言ってくれたんだもの。
ちゃんと、私も好きだったと伝えたいの。
レグは失恋したくないって言ってきたわ
私も、両思いになってみたいの。
レグは、喜んでくれるかしら?
好きな人は、デボラだって言ってくれたお返しよ。
私も好きな人はレグなの。
それを伝えるまでは、捕まってたまるものですか。
もう一度大きく深呼吸する。
このまま死んだら……レグを悲しませてしまう。
今度は、何がなんでも大切な人を悲しませない。
レグを悲しませてたまるものですか。
私は、壁に頬を当てる。
ざらついた岩に、ふんわり時々伝わる残滓……
あれ?何かに引っ掛かる。
師匠は、始祖かもしれないんだよね?
壁に伝う魔力の残滓……
アレンの言葉を思い出した。
《シャルバンポールの壁の一部に穴が空いていて、始祖の魔力が暴発したものだと言われているんだ》
穴が空いて……
魔力が暴発……
まさか、ここはシャルパンポール城の中じゃないの?
それなら合点がいく。
広い建物、ドマイン教の幹部が出入りしている場所、かつての魔女を閉じ込めるための檻。
壁に伝う師匠の魔力は、壁に穴を開けた始祖の魔力……
師匠は、やっぱり男の人で……枢機院の始祖。
ぐらりと体が揺れ、急いで壁に手を当て体を支える。
自分の中で、決定的になった気持ちの気づきに、弱った体が悲鳴を上げた。
この魔力の先にいきたい。
私は、目を閉じて魔法陣を構築する。
転移の陣、行き先が明確で、緯度経度、細かい設置が必要なものだ。
普通は、行き先に陣を置いて飛ぶのだが──
いけるわ
行き場所は……師匠の魔力の源。
距離が遠くなく、緯度経度がほぼ変わらない。
私は、空間バッグから師匠のローブを出して身に纏った。
「転移の陣、このローブの持ち主の魔力の元へ、我を移動せよ」
私は大きく手を挙げて、持っている魔力をその発動させる陣に流し込んだ。
「あっ!いたぞ!」
声が近づき、慌てて男たちがかけよってくる。
「飛べ!」
激しい光が目の前に広がり、私は大きな穴に転がり込んだ。
エンディングまで書き終えたので、本日二回予定でしたが、がんがん更新していきます。明日までには完結予定です




