76 【グレン視点】やっぱり彼女はすごかった
俺──グレンは、部屋に入った瞬間、おびただしい血の量と鉄臭い匂いで一瞬呆然となった。
「おい、ユリアしっかりしろ」
「アレン、何があった?デボラは!デボラはどこだ?」
ギルド長とレグスタインが悲痛な声をあげている。
急いで、俺も彼らに声をかけるが、アレンもユリアもお互い意識がない。
だが、二人に近づくと、デボラの魔力を感じる。
「待って!何か二人に魔法がかかっている」
部屋の中に、明らかに今も魔法の痕跡が残っている。
今も、魔法が残っているということは……
デボラはここにはいないのに、継続して何かをかけ続けているということだ。
そんなこと可能なのかよ?本人いないんだぞ!
それは、恐ろしい魔力量と技術を意味する。
俺は、背中に汗がつたっていくのを感じた。
それと同時に、デボラの人外な魔法の力に少し恐ろしくなる。
「ただ、なんの術式かわからないな」
魔法は、アレンとユリアの二人にダイレクトにかけているものだ。
みたこともない文字の羅列の帯が、デボラがいた場所とおもわれるところから、発信され、その一本の帯は途中で二つに別れて、スクリューを巻いていた。
デボラの術式は、書いてある文字が古代魔法文字で、それはあまりにも古の魔法で、俺には、それを書き換えることは出来ない。
「バイン、俺の部屋に大量のポーションとマナポーションがある。あれを持ってきてくれ!」
二人の出血は原因が異なり、ユリアは内臓から、アレンは外傷だ。
どうみても、その出血量は致死量で二人とも亡くなっていてもおかしくない。
それなのに命を繋ぎ止めているということは……
「多分、それ以上悪化しないように、魔法で状態を止めてくれている。解除と同時に二人を一気に治療しないと厳しい」
でも、なんで?
大量の魔力を使ってまで維持を?
「デボラが対応できない何かがあった?」
あれだけ力のあるデボラが、二人の回復を完全にできなかった理由があるはずだ。
更に、床に落ちる出血が目に入る。
自分が傷を負いつつ、二人同時に治療をしたから?
それでも、デボラなら二人を助けるぐらいわけがないはずだ。
できないとしたら、治療法がわからないか、デボラが、自分自身を回復できないまま、二人の治療をしたので、二人の維持をするのが精一杯だった可能性が高い。
「ヘンケル、そのユリア殿とデボラの血の中に、何が含まれるか鑑定できるか?」
術式が理解できないので、瞬間魔法を片方ずつ解除することが出来ない。
やるなら一気に、最初の一本の術式の帯を切って、その瞬間にポーションや魔法を流し込んで、二人を助けないといけない。
同時進行になるか……
「おいっ!これで足りるか?」
バインが手に持ち切れるだけのポーションとマナポーションを持ってきた。
「多分、アレンはこのSクラスポーションとマナポーションでなんとかなる。ある程度魔法が使えたら、自分を回復するぐらいの力はあるはずだ。
バイン、俺がデボラの魔法を切ったら、これをアレンに必ず飲ませろ。いいな!」
「あ、ああ。わかった」
S級ポーション二つとマナポーションを準備する。
アレンはおそらく、外傷なのでこれで助かる。
ユリアは?
「なんか毒だな……そこのティーカップの中のものと同じ……
いくつかの材料が混ざっている」
ヘンケルが、匂いを嗅いで分析を始める。
毒……デボラが解毒できない毒……
魔法だと、体内の浄化。
薬だと解毒剤。
ただし、その内容に応じたものでなければならない……
俺は少し思案した。
そういえば、今日、ハイポーションを作ろうとした時に、現代では見たことがない材料があったな……
同じ薬でも、材料が違う……
ハッ!そうか!
「ヘンケル、すべてを出さなくてもいい。300年前にはなかった毒だけだ。魔物は300年の間に変化はないから、あるとしたら植物毒か加工毒のみ……」
「300年前になかった毒?」
ギルド長とレグスタインが一斉に俺を見る。
俺は確信的に頷いた。
「デボラが、ユリア殿の浄化をしているのに、完全に回復していない。おそらくできる毒だけは浄化した状態で死ぬことがないようにそこで止めたんだ。
そして、デボラも同じ状況だから、拉致されたんだ。
アレンは、デボラの残った魔力を注ぎ込んでこの状態……治せないということは、かなりデボラも弱っている。」
「デボラが……」
レグスタインが真っ青な顔で呟いている。
口には出さないが、この中で一番状況がやばいとしたらデボラだ。
あいつの性格は、自分が後回しだから。
「300年前にはなかったとしたら……匂いが、なんか爽やかな独特の香りがするこれか?蒼酸かな」
ヘンケルがクンクンとティーカップを匂い、ギルド長を見る。
「蒼酸は最近、貴族の裏社会で流れている毒薬だよ。女受けする爽やかな香りで、お茶や菓子に混ざっていても怪しまれにくい」
「蒼酸と似た黄酸の解毒をしたことがあるから、なんとかなるかもしれない。ギルド長、俺が浄化する間にユリア殿にもポーションを。どれだけ入れてもいいから」
時間がない。
俺は杖を出し、呪文を唱える。
「止まりし時を解除し、すべての魔力をここに。ここにある生にはばかる物質の除去を──セクティオ!」
俺は目の前のデボラの呪文の帯を切断する。
瞬間、時が動き始め、ユリアとアレンが苦しみ始める。
「アレン!飲めば治るからな!」
バインの叫ぶような声が聞こえて、口に流し込んでいるのだろう、グボッと拒絶するような音が聞こえながらも、アレンの動きが大きくなっているのが見える。
気づけば、レグスタインもその介助を行なっている。
あれだけデボラのことで、冷静さがなくなっていても、今やるべきことにシフトしたレグをすごいと思う。
こっちは任せて大丈夫だな。
一方で、ユリアは更に出血が悪化していた。
「グボッ」
「ユリア!しっかりしろ!ユリア!」
ギルド長が抱き起こし、体を揺さぶりながら、ポーションを流すが、喉を抜けるかどうか。
俺は続けて、ユリアに向けて呪文を唱えた。
「ドレインエクスプルゴ!生きたし力を阻害するものを抜き取り浄化せよ!」
俺は、残っていたティーカップの中の毒を魔法で吸い上げ、同じものを体内から吸い取れと指示する。
ユリアの体から、その毒をつかんだ感覚があり、ぐいっと引き上げようとすると、ごそっと自分の魔力がとられていく。
「ヘンケル、マナポーションを俺に」
ヘンケルは、慌ててマナポーションの瓶を俺の口に運ぶ。
「へへっ!デボラはすごい。俺は、こんなちょっとの毒でも、引っ張られて魔力が空になるのに!」
苦しい!くそっ!
デボラはもっと苦しんでみんなを助けようとしたんだぞ!
笑え!
まだまだいける!
いつもあいつは、飄々と笑顔で魔法を使う!
俺も、デボラみたいに笑いながらうっかり魔法を使うんだ!
苦しい時こそ笑え!
必死で口角を上げようとしては、苦しさで泣きそうになる。
そして、容赦なく、グイグイ俺の魔力が空になっていく。
「まだだ!まだマナポーションを!」
こんな使い方を想定したわけじゃないんだろうけど、デボラはすごい。
これがないと、浄化しきれない。
本当にデボラはすごいよ。
俺、初めて心の底から尊敬する魔法使いに出会えたかもしれない。
先ほどまでの、俺の戸籍状の両親が、魔石に這いつくばる姿が頭に浮かぶ。
俺は平民だけど、魔力が高いから貴族の養子になった。
実の親には、金が支払われた。
お互い、それで幸せなんだと思っていたけど、違うよな。
デボラは、人を大切にする心を持ってる。
魔法で大事なのは心だって、俺今ならわかるよ。
魔法は、貴族のステイタスでも、金のためでもなく、大切な人を守り、笑顔でいられるためにあるんだ。
ボトボト、顔から汗が滴り落ちる。
苦しい。
楽になりたい。
そう甘い誘惑が、何度も横切っては、俺はデボラの顔を思い浮かべる。
「アレン、気づいたか?大丈夫か?」
「はっ!デボラとユリアは?俺が!俺のせいだ!」
後ろで叫び声が聞こえる。
よし!アレンは助かった!
俺は、良かったと安堵すると同時に叫んだ。
「言い訳は後で聞く!アレン、お前も力を貸せ!」
マナポーションは、5本目に入った。
ユリアの毒もだいぶ抜け始めている。
顔色も少し良くなってきた。
アレンは慌てて血まみれのまま、俺の元に寄ってくる。
だが──
「ユリアに触るな!お前は許さん!」
ギルド長が怒りの目をアレンに向けた。
この段階で、毒を浴びていないのはアレンだけ。
切られた出血がドア周辺にあるところをみても、ドアを開けたのもアレン。
「あ……れん、ゆる……し……て」
ユリアが声にならない声で、口を動かす。
「ユリア!ユリア!」
ギルド長が、再び、ユリアの口元に、ポーションを入れる。
「ギルド長!アレンの力がいる。俺だけでは魔力が足りない」
俺は、ギルド長を見つめて叫ぶ。
ギルド長は、悔しそうに目を伏せて、わかったと呟く。
それを確認して、再度アレンに叫んだ。
「ユリア殿の浄化をしたい。力を貸せ!」
「……分かった。お前の術式を半分借りるぞ」
アレンは、杖を取り出し、俺が仕掛けている呪文を増幅させる。
「エクスプルゴ!」
その瞬間、ぞわっとするほどの魔力の流れが、俺の術式を超えて流れ、目視できるほどの黒い澱みがユリアの体内から抜き出されていく。
すげぇ、これがアレンの力かよ!
渦を、ぐるぐると巻くとその澱みはスポッとあっけなく抜けて、瞬時にユリアの顔の血色が戻っていく。
「ユリアさん、すまない!ギルド長、みんな、すまない。俺が、父さんに騙されてたんだ。俺が……ごめんなさい。ごめんなさい」
アレンがボロボロと涙を流して、ユリアの元で謝罪しながら嗚咽する。
「そんなに、謝らないの。あんただって騙されたんだから」
ギルド長に支えられているユリアが、弱々しく目を開けてアレンに微笑みながら言う。
「ジーク、アレンは子供よ。守る大人がいないと……」
「ユリア!話さなくていい」
ユリアの顔色は戻ってきたが、出血は相当であり、今度はちゃんとした医師の診察がいるだろう。
そして、それはアレンも同じだ。ポーションで出血した部分の回復は出来ない。
「ジーク、アレンにはしっかりとしたしつけと愛情がいるの。困った大人ばかりだったから……うちの子にするわ……」
「えっ?」
ギルド長とアレンが驚きの声を上げる。
「アレン、許すけど私に薬を盛ったのは許さない!元気になったら、しつけ直すわよ。ジーク、アレンは今日から息子だから、大事に育てるのよ」
「は、はいっ!」
ユリアの言葉は絶対だ。
ギルド長とアレンの軍隊式の返事がハモる。
アレンは今度こそ、間違えない。
アレンをまだ守ってくれる大人はいる。
ただ、デボラは……
デボラはどこにいる?
俺は、毒が自力で解除できないであろうデボラのことが気がかりだった。




