71 すれ違いのプロポーズ
「避けていないと、レグがいなくなってしまう気がして不安になったの」
そう渋々答える私に、レグにとっては予想外の答えだったらしく、えっ?という顔をされる。
「デボラが予想外なのは知っているけど、普通は逆じゃないの?避けていたら、俺がいなくなるんじゃなくて、一緒にいたらいなくなるってこと?」
私はそう言われると、確かにおかしいけど事実なんだから仕方ないと頷く。
「そう。レグがそばにいると仲間がいるっていう気がして安心できるの。レグの匂いを近くに感じたら守られている気がするの。でも、それが、突然なくなるんじゃないかと……師匠と私は突然離れ離れになったから……」
正確に言うと──
レグが違う人に触れて、
違う人に微笑み、
違う人に愛を囁く……
それが、他の人に与えられた瞬間、私からは離れていく
それが嫌だと叫びたくなった。
でも、それはただレグを独り占めしたいという私の欲求だ。
そこまでは私も目をつぶるわ。
でも、欲求までは恋心だとして、いなくなることが恐怖にまで発展してしまうのは、トラウマみたいなものよ。
「前にも伝えたけど、これは誰かの手を借りることじゃなくて、自分で乗り越えないといけないことだわ。だから、見守っていてくれるだけでいいの。
今日は、私の考えだけではどうしようもないことを相談したかったの」
レグは、私の顔を見てもっと私が抱える物をなんとかしたいように、口を開きかけては止めていた。
でも、更に、私が何かを相談したいというので、その話は一度やめることにしたらしい。
「じゃあ、手を握って話をするのはダメかな?体臭は……体を洗ったから、残念ながらない予定なんだ」
そういって、わざとらしく自分の体を匂って笑う。
「そばにいることを不安にしてほしくない。どうか、安心に変えて欲しい。触れることでここにいるから安心なんだと思ってほしい。もちろん、ハグも大歓迎だ」
そう言って、レグは手を伸ばす。
その手は、少し動きが硬く、不安そうに彷徨うフリをするので私はおかしくなった。
「ありがとう、レグ」
私はその彷徨う手に自分の手をのせた。
ふんわり暖かく包まれる大きな手に、レグはやはり男の人なのねと思う。
それと同時に、綺麗な手をしていた師匠も、こんなふうに大きかったな……と。
◇
「えっ!キリフのそんな話、俺は聞いてないぞ」
レグスタインは、素っ頓狂な声をあげて、驚愕のあまりに表情が固まっていた。
「そりゃ、言えないわよ。部屋に帰ってきたら、私があんな状態だったんだもの」
(そして、その前に私から恋愛相談を受けているんだもの)
私は、キリフを一人で悩ませてしまったのではないかと思い、不安に駆られていた。
私は、その不安感から、レグに触れる手に力を込める。
すると、レグは、握っていた手をそっと両手で包んで私に頷いた。
「いや……デボラだけじゃない。俺にも……おそらく原因がある。心当たりがあるから……うん……」
レグスタインは歯切れが悪いが、キリフがレグに言えなかった理由に思い当たるものがある様子だ。
「レグ、私はどうしたらいいのかしら?キリフと家族の関係が悪くなってほしくないわ。
でも、ギルド長にいろんな物を融通するのと違って、枢機院に便宜を図るのは私が望む結果にならない気がするの」
そう伝えると、レグスタインも真剣な目で頷いた。
「そうだろうな。でも、ユリア殿の時とは違い、家族のことで、便宜を図れとは言わないと思う。
ましてや、愛のない結婚を迫るような男じゃない。ただ、君がキリフを好きなら……それは……変わるかもしれないが……」
そう言って、突然、少ししどろもどりになり、私を握っていた手に心なしか力が入る。
だが、私は即座にそれを否定した。
「キリフは、どちらかというと師匠に歳が近いの。だから、私にとっては頼りになる大人で、そういう目で見たことがないの。キリフもそうだと思う」
そう伝えると、ほっとしたように「そうか」とレグスタインは頷いて、掴んだ手を少し緩める。
しばらく、お互いに触れる手の感触と体温に意識が向かう。
私は、もっと触れたい気持ちになったけど、それをする理由が見つからなくてガッカリする。
ただ、私の手を見つめるレグとその手を見つめるだけだ。
レグの長くてごつごつとした指や、爪やしっとりとした肌は、師匠とは違うけど、やっぱり綺麗だ。
一方で──
ユリアさんがいう通り、もう少し見た目を気をつけようかしら?
爪がないだけでなく、作業でボロボロになった私の手は……
見るに耐えないわ。
次に手を繋ぐまでに、ユリアさんに肌のケアを徹底的に学ばないと……
そうだ!究極の皮膚回復薬を作ればいいのよ。
だって、こんな肌でも触れて欲しいのだもの。
時々、レグが親指を私の手のひらの上に這わせる。
その時に、きれいな手でいたいわ。
私は、そんなことを考えると恥ずかしくなって、会話を続けた。
「キリフの家族は、そういう関係ではないと理解してくれるかしら?私のせいで、関係が悪くなったらどうしよう……」
そういいつつ、もしそれがキリフではなく、レグから家族のためにと頼まれたら、融通をきかせてしまうかもしれない。
そう思うから、余計に罪悪感が増してくる。
「キリフとは、俺が話をしてみるよ。デボラは、アレンと話し合わないといけないだろう。
さすがに300年前の魔女とは思われないだろうけど、アレンが実の親元に戻りたいなら、君が魔女であることは時間の問題でバレるだろうね」
それについては仕方ないと私は告げた。
「魔女については、隠し事をせずに生きたいと思う自分もいるの。隠せる限りは隠すけど、時間の問題かな……とは思う。」
ギルド長のプラチナカードの発行理由も納得されるだろうし、アレンの力を奪った理由は、神ではないとわかるだろう。
私が魔女であろうとなかろうと、枢機院やみんなの親族は動き始めている。
プラチナカードを持つ、アレンよりも力を持つ利用価値がある女ということに変わりはない。
「以前と違って、レグのおかげで、所有物の売買や管理はギルド長にお願いしているの。だから、何か取引を持ちかけられても窓口になってくれると思うわ」
むしろ、持っているものを使って貧しい人や事情がある人たちに活かしてもらえている。
私の作るものも、他の冒険者たちが使ってくれるようになれば嬉しいことをレグに伝えた。
「そうか、じゃあ、ギルド長を頼ったのは正解だったな。良い結果になってよかった」
そうレグも笑顔が広がる。
私自身に、一対一で力ずくで私を手に入れようとする人は追い払える力もある。
問題は──
「ただ、昔と一緒なの。昔は情を利用して魔女を捕らえたり、迫害したけど構造は一緒。今回のキリフみたいに、今度は情を利用して私の魔法を使おうとする人や魔力を持つ女との繋がりをつくろうとするものは変わらず出てくるわ」
私は、それが嫌でみんなから離れようとしたんだもの。
「それなら、アレンも、情を利用されて家に戻るだけということにならないか?正直、一度でも子供を捨てるような親の元には戻したくないな。アレンが戻りたいと強く願うなら別だが……」
私も、レグが握ってくれる手に力を入れて彼を見つめた。
「私もアレンを利用しようとしているのよ。
シャルバンポールに連れて行って、城の中の過去の魔女関連のものを、アレンの案内で探そうとしているんですもの」
子供なのに、実の親からも、私からもどちらにも利用されてしまう。
だから迷いが生まれていた。
「だから、無理に魔女の情報を得ようとせず、遺品を故郷に返すのは諦めようかしら?って迷い始めたの。
だって、故郷に遺品を返してくれとみんなから頼まれたわけじゃない。みんなは、自分たちが故郷に戻りたかっただけなんだもの。
それができなくて、私が生き残ってしまった罪悪感なの。みんなから受け取ってしまった遺品を、あるべき場所に戻したいのは、私の自己満足だわ」
私が最後に生き残ってしまった。
その遺品を受け継いでしまった。
それをただ燃やして終わりにしたくない。
あるべき場所に、みんなが戻りたかった場所に……
でも、これを持っていってねと言われたわけじゃない。
ダンジョンで生き残った結果、みんなの未練を、私が一人で抱えただけだ。
「遺品を受け取れる人ももういないだものね。すべてが遅すぎたんだわ。黒竜に、外に出してと最初から言えばよかった。
そうしたら……始祖という人が魔女狩りを止めてくれていて、私はみんなのものを持って、遺族にそれを渡せたのかもしれない。私も……師匠と会えたかもしれない」
もし、始祖が師匠だったら、師匠になんて、酷なことをしたんだろうと思っていることをレグスタインに告げた。
「デボラ、抱きしめていいかい?」
レグスタインがそう聞いてきて、私は震えながら頷くと、手を離してそっと優しく私を抱きしめた。
「みんなみたいに突撃して抱きしめられたらいいんだけどね」
そう言われて、グレンやアレン、ヘンケルやバインは気軽に抱きついてくることを思い出す。
彼らのは、家族や仲間の親愛のハグだ。
でも、レグのハグは、わたしにとっては好きな人からのハグだ。
再び、レグの香りを吸い込み、一気に心が安定するのを感じ取る。
レグは優しく私を抱きしめながら、髪を撫でた。
「それでも、俺はデボラと会えてよかったと思っている。俺とデボラが出会えたのは奇跡だ。君が願った結果、俺たちは出会った。君は落ち込んでいるのに、その奇跡に感謝してしまう」
「そうね。新しい出会いもあったわね」
過去の喪失の後には、新しい仲間との出会いが待っていた。
過去にはありえなかったが、私にも好きな男性ができたのだ。
それは、300年時を超えたから……
「デボラ……考えておいてくれないか。俺は、パーティーが終わっても、デボラと一緒にいたい。デボラは離れないでと言ったけど、俺も離れたくないんだ」
私は、えっ?と顔をあげて、レグスタインを見る。
「家からは廃嫡をしてもらう。そして、俺たちが結婚して、アレンを養子にとらないか?アレンだって、親から離れて、さらに居場所がないとなれば不安しかないだろう。今後、俺たちに横槍が入る時も、俺たちがギルド所属の冒険者になれば、枢機院や他の貴族からは守ってもらえばいいと思うんだ」
そう言われて、結婚!とその生活を思い浮かべ、レグが私のものになってくれるという期待のような、独占欲のような自分でもわからない気持ちが駆け巡る。
でも待って!
これは、そうなればみんなが丸く収まると言う提案だわ。
私の気持ちを守り、アレンの居場所を作り、みんなに言い訳が立つという提案よ。
一瞬レグスタインから告白されたのではないかと勘違いして恥ずかしくなり、一気に心の温度が下がる。
私が、この間、レグに離れてほしくないと言ってしまったのも影響したかもしれない。
結婚でレグを縛ることができるんだから……
だけど、そうしたらレグは本当に好きな人のことを諦めることになるのよ。
私は、悲しくなって首を横に振った。
「レグ、私は大好きな仲間に好きな人を諦めてまで、私の犠牲になってほしくないの」
私は、レグが自己犠牲すぎるところが心配になり、思わず顔を覗き込むと、真っ赤な顔をして、「ちがう」と一言言われて、ぷいっと顔を横に向かれてしまった、
「困ったわ。そんなプロポーズみたいなこといわれたら、私だってますます縋りたくなるわ。本気にしたくなるわ。だって……」
だって、私はレグが好きなんだもの。
レグを好きな人から奪えるチャンスなんだもの。
だけど、一生悔やんでしまうわ
そうだ!
私は手を叩いた。
「レグ、好きな人には告白したの?そんな自己犠牲じゃなくて、ちゃんと想いを伝えないとダメよ。その、うまくいかなくってもちゃんと気持ちにケリはつけた方がいいわ。
もしうまくいかなかったら、レグこそ、私と一緒に過ごすことを考えてくれないかしら。その時はきっと私、失恋したレグを慰めるわ。こうやって抱きしめてくれるみたいにね」
そう笑って返す。
だが、レグの表情は固まって、思考が停止したように見える。
「レグ?」
「あっ!いや、絶対だぞ。言ったな!俺が失恋しても、俺と結婚して……くれるんだ……よな?」
結婚して……そう言われると恥ずかしくなる。
「レグならきっと恋が叶うわよ。応援……してるわ」
私がそういうと、なぜかレグは「ははっ」と空笑いのような笑顔になったかと思うと、どんどん暗くなるのだった。




