68 【キリフ視点】当て馬の受難
デボラが無事に普通の夜着に着替えるのを確認して、俺、キリフは、立ち上がった。
「じゃあ、ちょっとユリアと話をしてくるよ」
そうデボラに伝えると、レグとデボラは二人きりになることを意識しているのか、突然俺を引き止めに入る。
「馬が……夫婦の時間は馬に蹴られるってソフィアさんが言ってました。意味はよくわかりませんが、行くことはダメなのだそうです」
デボラは、先ほどの話の後でもあり、涙目で俺を引き止めようと腕に縋ってくる。
コラコラ、レグが俺を殺しそうな目で見るだろ。
どっちの恋路を邪魔しても、俺は馬に蹴られるんだよ
俺は、腕からデボラの手を離してレグに視線を送る。
「デボラ、しっかり楽しむことにしたんだろ。レグ、デボラを頼んだよ」
俺は、レグスタインにデボラの話し相手をバトンタッチすると、今度は俺を睨みつけていたレグが、挙動不審になり始める。
「あ、明日でいいだろう。もうソフィアも帰ってしまったし、夜になったし……」
お前が、そんなに動揺してどうするんだか……
二人の初々しい動揺は、変な駆け引きがなくて微笑ましい。
「ユリアはどんどん仕掛けてくるぞ。何度もいうが、先ほどの服装なんてユリアの日常だからな。今から思えば、その度にジークが慌てる反応を見るのが彼女の喜びだったんだろうな」
俺は、その姿でユリアが歩いていても、美人は3日で慣れるというけど、露出も3日で慣れるんだなと淡々としていたが……
そう思うと、レグとジークは似た人種だな。
二人を残していったからって……
ま、大丈夫か。
俺は、縋る二人を無視してジークとユリアの部屋に急いだ。
◇
「あら?ジーク、もしかして、私にまだ未練でも?ダメよ、ジークと濃厚な夜を過ごしてるんだから、馬に蹴られたいのかしら?」
「ジークはユリアに甘いからな。体を心配しすぎてまともに手も出せない状態かと思ったが?」
そういうとカッとユリアの目に怒りが浮かぶ。
「やっぱりな。そっちの関係の不満を、若いウブな二人に八つ当たりしてどうするんだ?ジークは?」
ちらっと、部屋を見ると慌てて部屋の奥から出てくる。
どうやら、家に仕事を持ち込んでいたらしい。
「キリフ?どうしたんだ?」
「良かったよ。ユリアだけだったら、襲われるかもしれないからな」
俺は軽口を叩きながら、部屋に入る。
ジークは、ユリアの不満がわかってないな。
ユリアは大事にされすぎて寂しいんだよ。全く。
だから、昔も当て馬が必要だったということか。
不思議な友情だが、怒りも嫉妬もない。
「早速本題だ。ユリア、デボラの性格をわかってあの格好はないよな?何が狙いだ?」
俺は、何のことだときょとんとしているジークに事のあらましを説明する。
「そ、それは性格的に無理だ。色仕掛けするような体型じゃないし、レグもよだれを垂らすような性格じゃないし……」
ジークは困惑の目でユリアを見ると、ユリアのまなじりが釣り上がる。
「ジーク!なんだかんだ言いながら若い子の体型に目がいくわけね。キリフもそうじゃないの?昔は、私のジークへの想いは知らなかったとはいえ、私のことを好きでいてくれたわ。私を一番に考えてくれたじゃないの。
そりゃ、助けてくれた子だから、協力するわよ。でも、みんなあの子を庇ってあの子中心じゃないの」
ふぅ、ユリアの嫉妬が炸裂している。
さすがのジークも、目を彷徨わせて、どうしたものかとおもったようだ。
「要は、ジークがデボラだけを、地下のギルド施設に案内したり、俺がデボラのためにこうやってユリアに抗議することが許せないんだよな?女王様?」
そう茶化すと、ユリアの杖に仕込んだ刃が俺の方向に向けられていく。
おお、怖え!
「ユリア、今回の仲間の共通項は、みんなデボラに命や怪我から助けられ、そのデボラを守るために結集したということだ。デボラが中心なのは当たり前だよな」
「それは……わかってる」
ユリアは唇を尖らせて、不満気に俺を睨む。
「そしてジークとユリアの関係が変わったんだから、俺も当て馬じゃなくて、今度は親友として二人のそばにいるつもりだ。今後、恋愛をユリアと語ることはない。俺を介して、ジークに自分の愛を伝えるんじゃなくて、不満なことは自分で言わないとダメだよな」
俺は、ユリアが何でこんな行動をしたのか、なんとなく予想がついていた。
一方でジークはまだ分かっていないようだ。
「俺のことで不満?俺はユリアを愛しているし、できる限りユリアのサポートができるようにと思っている。
君が欲しいものは、なんでも手に入るように努力するし、君が行きたいところは、これから元気になったら連れていくつもりで……」
「それよ!それ!私はジークに大事にされたいんじゃないの。以前なら、怪我しても動けって、だめならおぶってやるから一緒に行くぞって言ってくれたわ。手だって出してくれないじゃないの!」
いよいよ、本題に入ったか?
俺は、ふーっとため息をつく。
「手……だ、だって無理をさせたくなかったし、好きな女性を守りたい。それだけだったんだ。でも、俺はまた、ユリアを不安にさせてしまったのか!」
俺の目の前で親友夫婦がパニックに陥り、ラブラブな雰囲気に突入し始める。
俺からすれば、夫婦生活の不満を俺が代弁しないと、こっちに被害が及ぶのを何とかしてもらいたいんだが……
当て馬というのは、ここまで面倒を見ないとだめなのか?
俺はじろっと二人をみて、ユリアに更に詰め寄る。
「で?レグを焚き付けた理由を聞こうか?」
ユリアは、ぐっと言葉に詰まった。
「我ながら酷いとは思うの。ジークという旦那がいて、あなたにはずっと、当て馬になってもらって、しかも新しいあなたの仲間たちの邪魔をしているんだから……」
ユリアは、少し落ち込んだようにぽつりと話した。
「私は、昔みたいに戻りたかったの。私とジークの関係が変わったんだから、キリフとの関係も変わるのは分かっているけど、あまりに、私を優先してくれた二人がデボラを優先させているのが、悔しいの。でも、意地悪したいとかじゃないわ」
ユリアはそう言って、ジークと俺を見て誤解がないようにと付け加えた。
「意地悪じゃないけど、絶対着たことがないような夜着をデボラに着させ、男の前に立たせたと……すぐ、レグスタインはふつうの夜着に着替えさせたけどね」
十分、意地悪だろうと俺は呆れたように言うと、えーっと言う顔をする。
「じゃあ、二人に進展はないってこと?」
そうユリアに見つめられて、少し目が泳ぐ。
レグは間違いなく、反応したし、デボラからはレグへの恋心の相談を受けるし……
大進展だよな??
やり方はともかくユリアの目論見は、大当たりだ。
「一部の効果があったことは認める。でも、あの二人を一緒にして、身分の問題もあって、将来が見えないまま煽るのはかわいそうだろう」
俺はジークとユリアを見つめたが、その話を始めると急にジークが真面目な表情になった。
「レグスタインと、デボラを急いで引っ付けようとした理由は、キリフとデボラが引っ付く可能性も考えてのことだと俺は思うが……」
俺は、はあっ?と眉をひそめて、ジークを見る。
「お前はレグの気持ちを知っているだろうに何を言ってるんだ?あいつらは当て馬がなくてもちゃんともがいてるぞ」
何で俺がデボラと?と聞くと、ジークは少しきまり悪そうな顔をしたが、再び話し始めた。
「ここ数日の急な話だ。お前の兄、レイルが今度クストス教の枢機院代表に選ばれるらしいという話を知っているか?」
そう言われて、瞬間、頭が止まる。
今なんて言った?兄貴が枢機院に?
「いや、ダンジョンを出て実家には帰ってないんだ。もういい歳になったし、教会を持てとか継ぐように言われても困るからな」
そう誤魔化すが、ダンジョンから出てすぐはデボラのこともあったし、当時は、まだユリアへの過去の想いが残っていて、良縁を結ばされそうになるのが嫌で避けていたのだ。
ただ、俺はレグのように、実家との関係は悪いわけではない。
だから、突然の寝耳に水の話に驚いた。
「どういうことだ?レイルは、信心深いが、そんな野心高いポジションにはいなかったはずだが?」
俺とデボラが引っ付く話と兄が枢機院に入る話がどうつながるのかわからない。
俺は、何が起こっている?と二人に聞いた。
「だから、デボラがアレンを辞任させた話から、急転直下よ。アレンを辞任させた女が、キリフと行動を共にするプラチナカードの女だとクストス教の奴らが気付いたのよ」
そうユリアに言われ、ヘンケルやバインの家まで動き始めているし、俺の家も反応してもおかしくはないと思い始める。
「だけど、なんでレイルが枢機院に?」
「レイルを枢機院に、その弟の妻をデボラにしてしまえば事実上クストス教の支配下にデボラを置けるでしょ。だから、急いでレイルを枢機院に担ぎ上げようとしているの」
そう言われてギョッとする。
兄だってと自分の関係は悪くないだけに、俺がデボラに融通をきかせてくれると思ってもおかしくない。
それだけじゃない。
勝手な周囲の期待がレイルにかかり、期待通りいかなくなれば、一族揃って俺に何とかしてくれと縋るに決まってる。
俺だって、もし、旅が終わった時、一人ぼっちにデボラがなっていたら……
見るに見かねて、恋愛感情がなくても結婚して家族になる提案をしそうな気がする。
その時、兄が枢機院だったら……
「これは、外堀を先に埋められるような気持ちになってきたな」
「レグは相当本気だと思うの。デボラはウブだから、レグに迫られたらその気になるんじゃないかと思ったんだけど……そうすれば、二人に入る余地はないと言えるでしょ。それに、キリフがデボラと一緒になるのは、なんか……嫌なの。わがままだけど……」
俺は、ため息をついた。
そんなことしなくても、デボラは、もうレグからハートの胸に矢を射抜かれちまってるよ。
全く……
「ユリア、わがままを叶えるのは夫だけの特権だ。全てが元通りになれば幸せだけど、時の流れは残酷だ。デボラを見たらわかるだろう。300年経って、彼女には前みたいに……というものが一つも残ってない。でも、時が経つというのはそういうことだとデボラは受け入れ始めている。ユリアは大事なジークが残った。俺は前と同じではない。過去に縋るなら、デボラと接触させないよ。あの子は、未来に向かっている」
再度釘を刺しておく。
ジークの愛が空回りしたのが原因だから、仲良く二人でやってくれたら俺まで巻き添えを喰らうことは減るだろう。
ただ──
厄介だな……
宗派の期待に応えられなかった兄がどうなるのかも心配だ。
俺は、部屋に戻ろうと立ち上がる。
ジークは、ユリアの頭を撫でて慰めていたが、ユリアが申し訳なかったと俺に頭を下げて、一つ提案をしてきた。
「いっそ、兄に顔を出したらどうだ?兄の就任の祝いににみんなでシャルパンポール城に顔を出すんだよ。アレンが部屋の中を把握しているなら、魔女狩りの資料も手に入るかもしれない。少しデボラの師匠のこともわかるんじゃないか?もちろん、俺たちも同じパーティーの一員として行くよ。な、ユリア?」
そう言われて、ユリアは、ジークを見て、ぱあっと花が咲いたように笑い、俺も次の故郷探しのことを考えるとそれもありかと思案するのだった。
◇
やれやれ、激しい馬だった……
俺は、ユリアをジークに任せて、再び部屋に戻る。
正直、寂しい気持ちはある。
恋愛は終わっても、変わらない友情は続くけどさ。
過去に囚われるなとユリアに語るが、俺もスパッと未来を見られているかというとそうじゃない。
否応なく、レグやデボラの甘酸っぱい恋に触れていると、懐かしさを覚えるから、あれは過去のことだったんだなと思うだけだ。
さて、レグとデボラはどうしてるかな?
あいつら、不安そうな目で俺を見ていたから、無事話が終わったことを告げて、二人の空気を少し和らげてやるか?
そう思いながら、部屋のドアを開ける。
ん?……
「へっ?うおっ!」
うぉぉぉぉぉーっ!
レグとデボラが抱き合っている!
離れないでとか、離さないとか言ってる!
やばい!
お前たち!手を出すのが早すぎだろう!
俺は呆然としながら、次の馬に蹴られる覚悟をしたのだった。
明日も一日2回更新予定です。
朝と21時10分を予定しています




